574.ベテラン竜騎士のつぶやき
野営地に張られたテントの中では、グリドルからいい匂いが漂っていた。メロディが慣れない手つきで串を持ち、ツンツンとタコ焼きを丸める。
「最初、グリドルのタコ焼きプレートを見たときは、どう使うのかさっぱりわからなくて。カーター副団長、これでいいかしら」
副団長はにこにこと上機嫌にコツを教える。
「メロディさん、『カーターさん』でかまいませんぞ。そうそう、ブツ切りにしたタコを置いてから、焼けた生地が上になるよう、くるっと回して包むのです」
「あらっ、崩れちゃった」
「なに、火さえ通れば食えます。竜騎士たちは問題なく食すでしょう」
そこへ学園生のニックがグラスを差しだす。
「もちろんです。俺だって喜んで食います。メロディさん、飲みものどうぞ!」
「ありがとう、ニック!」
礼を言って差しだされたグラスを受け取り、メロディはごくごくと一気に飲み干した。
「ふーっ、知らずにノドが渇いていたのね。おいしいわ!」
ふふっと笑って唇をぬぐうメロディを、ライアスはグラスを手につい見てしまう。
(話せといっても……彼女と何を話せば……夜会なら瞳の色やドレスをほめればいいが、ここは野営地だし。まずは仕事の話でも。いや、それでは雰囲気がぶち壊しだろう……)
彼女から視線をそらせば、オーランドと目が合う。兄は銀縁眼鏡のつるに手をあて、レンズをキラリと光らせた。
(変なプレッシャーをかけないでくれ!)
なぜこんなことで悩む羽目になったのか。いっそのこと、アルバーン公爵からの申し出にうなずいてしまおうか……すっかり弱気になって、ライアスはグラスを手にため息をついた。
そこへレインたちが戻ってきて、デニスの隣に陣取った。湯気をあげるプレートを見て、グラコスは目を輝かせる。
「あ、カーター副団長、俺も手伝います。家だとグリドルをさわらせてもらえなくて。竜騎士団でもよく、たこパをするって聞いて……覚えたいんです!」
「よかろう。私とかわってやる」
「グラコスも飲めよ。おまえのは酒じゃないけどな」
「おっ!ニック、ありがとな!」
ライアスが話題について考えているうちに、メロディのまわりは副団長とニック、そしてグラコスで固められた。副団長がガハハと笑う。
「焼きながら飲みながらも、いいですな!」
「ですよね。メロディさん、グラスのおかわりどうぞ!」
「ありがとう!」
学園生たちも実習で世話になったメロディとは話しやすいのか、彼女のまわりはどんどん盛り上がっていく。
(あそこに割って入るのは……)
なおもライアスがぼんやり眺めていると、さっさと副団長からゲットしてきたタコ焼きの皿を抱え、アベルが彼に声をかけた。
「団長、食べないんですか?」
「えっ?」
「せっかくカーター副団長が用意してくれたんです。これ、食べます?」
差しだされた皿には綺麗に並んだタコ焼きが、ホカホカと湯気をあげている。甘味のある茶色いソースがかかり、マウナカイアから取り寄せたという、魚の削り粉や砕いた海草の粉までかけてある。
(そうだ、タコ焼き。タコ焼きの話をすればいい!)
ライアスはすっくと立ちあがった。
「いや、俺は自分で取りに行く。それは戻ったばかりのレインにやってくれ」
「おおっ、もらうもらう!」
「じゃあ、そいつはレインとデニスで食べてくれ」
ライアスがグリドルへと向かうと、レインはタコ焼きをつつきながら副官のデニスに打ち明けた。
「俺……アマリリスをグラコスに継がせようと思う」
デニスは意外そうに眉を上げる。
「もう決めたのか?」
「なんとなくだけどよ。アマリリスがヤツを気に入りそうなんだ。それに俺も自分の引退を考えるトシだしな。まぁ、モノになるのに五年はかかるだろうが」
「そうか。では俺のツキミツレは、ベンジャミンかニックだな」
「デニスこそ、まだ早ぇだろ」
そういってタコ焼きをポンと口に放りこみ、熱さに目を丸くしてハフハフと唇を動かすレインに、デニスはとくりとクマル酒をグラスに注ぎ、押しやった。
「そんなことはない。竜王戦でライアスに負けたときも考えた。まぁ、俺にはツキミツレのほうが合っているし、副官の仕事も楽しくやっているが」
きつい酒をそのままあおれば、ノドから胃へと灼けるようなヒリヒリとした感覚が落ちていく。
「ライアスには負けてもしょうがねぇかって思えるよなぁ。あの強さはただもんじゃない」
「もともと俺たちなど眼中にない。あいつの目に映っているのは、魔術師団長のレオポルド・アルバーンと……錬金術師のオドゥ・イグネルだ。対抗戦の反省を聞かされたよ」
「ほほぅ?」
「もう、竜騎士団の中だけで、強さを競う時代じゃないのかもな……ん?」
「どうした」
デニスは副官をしているため、ときどき団長のようすを確認するのがクセになっていた。いつも冷静沈着な彼の眼光が鋭くなる。
「団長が……面白いことになっている」
「は?」
レインはぐるりと首をめぐらせると、ライアスはグリドルのそばに立ち、タコ焼きができるのを待っている。
「いつもどおりじゃね?」
「よく見てみろ」
グリドルのプレートからタコ焼きを皿に載せ、グラコスが顔を真っ赤にして尊敬する憧れの竜騎士団長に差しだした。
「団長、よっ、よかったら……おっ、俺の焼いたタコ焼きを……どうぞ!」
「ああ。いただこう」
さわやかに受け取って、ライアスはちらりとメロディの手元を見る。
「あらっ、やっぱり崩れちゃった」
「だいじょうぶですよ、俺が食います」
「俺も!」
ニックが言えば、皿を手に待機していたヤーンもうなずく。
「俺も……」
ライアスが何か言おうとすると、メロディは困ったように首を横に振った。
「さすがに失敗作を団長に食べていただくのは……グラコスのがじょうずですよ」
「味は変わらないだろう」
そう言ったものの、瞳を輝かせて見守っているグラコスの手前、ライアスも皿のタコ焼きを食べるしかない。
「うん、うまい」
「うおぉ、よかったぁ!」
拳を握りしめて喜ぶグラコスにニコッとほほえみ、ライアスはまたメロディの手元を見る。彼女はニックとヤーンの皿に失敗作を載せて、空になったプレートにまたタネを注いでいる。
(次こそは彼女のタコ焼きを……)
もぐもぐもぐ。タコ焼きは熱い。ひとつひとつなるべく急いで食べ、彼女がまたタコを生地に載せはじめたとき、ライアスの青い瞳がひそかにキラリと光る。
ところが彼女の白い指が串を持ち上げたところで、カーター副団長が声をかける。
「メロディさん、作ってばかりで食べておらんではないですか。かわりますぞ」
「あら、すみません。じゃあ、お願いします」
そして彼女はグリドルの前にいたライアスににっこりした。
「副団長のタコ焼きなら、ちゃんと丸いです。おいしいこと、まちがいなしですわ!」
(いや、俺は丸くなくてもいいから……)
そう言いたいのに、カーター副団長が腕まくりをして、ライアスは何も言えなくなてしまった。
「はっはっは、任せて下さい。メロディさんは、よく見ておくことですな!」
ギラギラした副団長が鼻息も荒く、メロディに講釈を垂れながら焼いたタコ焼きを食べる羽目になり、ライアスはまたもぐもぐと口を動かす。
その横でメロディはニックとヤーンに謝っている。
「ごめんなさいね、そんなの食べさせちゃって」
「うまいっすよ!」
「そうそう、味は変わんないです」
(俺だって食べたいのに……)
たかがタコ焼きだ。それなのにメロディの崩れたタコ焼きを食べる、ニックとヤーンがうらやましい。
そんなライアスの背中をじーっと観察して、レインとデニスはうなずき合った。
「うむ。面白いことになりそうだ」
「団長もこういうトコはまだまだだな。実にほほえましい」
「しかし、ヤーンどころかニックにまで先を越されるとは……団長ぉ……」
「そこが可愛いんだろう」
ふたりのベテラン竜騎士はニッと笑って、たがいのグラスをカチンとぶつけた。










