570.野営地
オーランドに連れてこられた第二王子のカディアンに、春から竜騎士団に入団するニックやグラコスも加わって、カーター副団長が保護者代表みたいになっている。
竜騎士団は雪の中でもサクサクと圧雪を済ませ、雪原に杭を打ち込むとロープを張って、野営用のテントを設営した。
「ほほう、中は広いな。それに暖かい」
テントに入ってきたカーター副団長に、学園生のニックとグラコスがあいさつした。
「ええと……メレッタのお父さん、よろしくお願いします」
「副団長と呼べっ!」
「「はいっ、カーター副団長!」」
ビシッと背筋を伸ばした学園生たちに、竜騎士団の副官デニスは穏やかにほほえんで、副団長へと手を差しだす。
「カーター副団長、今回はよろしくお願いします。後方支援にあたる錬金術師団まで参加されるとは心強いです」
「ふはははは!私はネリス師団長から、留守中の錬金術師団を任されておりますからな。よろしく頼みますぞ!」
がっしと握手を交わすふたりの横で、ヤーンが軽口を叩く。
「カーター副団長が来ているなら、たこパも楽しみっすね」
「ふっ、期待しておるな。まぁ、見ておれ」
たこパの普及……それはすなわち、錬金術師団開発の魔道具グリドルがアルバーン領でも売れるということ。カーター副団長はニタリと笑う。
(カディアンが成人すれば、紳士が集うカードゲームの場に、グリドルを持ちこませてもいいかもしれん……)
なんといってもグリドルで調理したものは、酒のつまみとしても需要がありそうなのだ。ヤーンは目をキラキラと輝かせた。
「おっ、その表情は……楽しみっすね!」
「ふん、まずは仕事を済ませてからだ。輝雪結晶などの稀少素材はしっかり採集するぞ。それから同行する魔道具師を紹介しよう」
栗茶色の長い髪をきちんと巻いた、メロディがにっこりして立ち上がる。
「ニーナたちから依頼されて参りました。メロディ・オブライエンです。軍服に採用された収納ポケットの耐寒性能を調べます。あとはグリドルの報告を魔道具ギルドに提出します」
「ありがとうございます。今回は調査を兼ねた訓練ということで、学園生たちには初級メニューを用意しています。雪上への野営や行軍といった、生活面の改善も考えて頂けるとありがたい」
「承知しました。グリドルの改良についても、カーター副団長と案を出していきましょう」
デニスは学園生たちに向き直った。
「きみたちにはまだ、竜を乗りこなすだけの技術がない。雪中で行動するための術式を習得し、野営地の整備などに取り組んでもらう。大切なのは悪天候下で戦える状態を保つことだ。意識を失い、行動不能に陥れば死に至る。決して油断するな」
「はいっ!」
「でも私まで参加できるとは思いませんでした」
竜騎士たちだけだったら、メロディもためらったろう。魔道具ギルドの実習で相手をした学園生たちも参加すると聞いて、彼女の迷いは吹っ切れた。
副官のデニスはうなずく。
「むしろ実戦も想定した危険な訓練に、よく同行して頂きました。実際の戦場には、軍人だけがいるわけではありません。竜騎士たちにも、より安全に配慮するよう伝えます」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「荷物はそれだけですか?」
デニスがメロディの鞄に目を留めると、彼女はにっこりして鞄の表面をぽんと叩いた。
「収納鞄ですし、たっぷり入ります。それにコートの裏地には収納ポケットもたっぷりつけていますの」
「ああ、そういえばネリス師団長も、王都にやってきたときは身軽でしたね」
彼女自身もいくつか、魔道具を持参していた。新しい魔道具のヒントになるかもしれないし、記録石も大量に用意していて、荷物は増えてしまった。
それを聞いていたカーター副団長が、興味を持ったように身を乗りだし、じーっと彼女のコートを眺めた。
「ほう、収納ポケットか。話には聞いているが便利そうだな。私の服にもあればいいのだが……」
「あらっ、じゃあ予備の収納ポケットを、ローブに取りつけましょうか?」
メロディが提案すると彼の目がギラリと光る。
「助かるが、そんなにすぐできるのか?」
「術式の刺繍まではできませんが、ワッペンのように取りつけるだけなら」
「ほぅ……ふむ、拝見してもいいかね」
「どうぞ。色は白いローブに合わないので、内側につけたほうがよさそうですね」
そのままでは縫いつける前の、ただの四角い布切れを、副団長はじっくりと眺める。
魔法陣を小さくまとめるために、刺繍糸の色や文様の配置にも工夫が見られるし、ただの装飾とは違う仕上がりになっている。
「いかがですか。これ以上小さくするのは難しいと思いますよ」
「確かにそうだな。あの師団長め……」
「はい?」
毒づきそうになった副団長はメロディが首をかしげたので、あわてて咳払いをする。
「うおっほん。いや、なんでもない。ではローブを預けるとしよう」
「かしこまりました」
収納ポケットの術式を書くために、ネリアが頭を抱えて悩んでいたときも、副団長は手伝いもせず観察していただけだった。
(ラクガキばかりして遊んでいると思ったら、収納ポケットの術式だったとは……)
ネリアを師団長として認めたとはいえ、やはりおもしろくない。けれど〝収納ポケット〟など副団長は思いつかない。
以前なら悔しくて歯ぎしりしただろうが、今の彼は少しだけ気持ちに余裕があった。グラコスがうらやましそうに、メロディが収納ポケットをローブに縫いつけているところを見ている。
「いいなぁ……竜騎士団に入団すれば、俺たちの制服にも取りつけてもらえるんですよね」
「そうねぇ、まだ予備はあるから自分でつけてみる?」
「いいんですか!」
うれしそうに瞳を輝かせたグラコスを見て、メロディは自分の裁縫箱を開ける。
「ええ。全員分をつけるのは大変だから、自分でやってね。やりかたは教えるから。針と糸は使えるでしょう?」
「あ……」
まずはそこからだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アルバーン公爵へのあいさつを済ませて野営地に戻ってきたライアスは、テントの中でみんなが裁縫をしているのに目を丸くした。
「みんな、何をしているんだ?」
「あ、お帰り団長。魔道具師のメロディさんから収納ポケットの布地をもらったんで、せっかくだからチョチョイとね……」
ヤーンが元気に片手を挙げる横で、デニスが苦笑してライアスに説明する。
「最初はカーター副団長や学園生たちだけでしたが、雪上訓練が終わってもそのまま使えるため、みんながほしがって……」
「そのかわり、自分でつけたぶんは補償対象外ですからね。耐寒テストのデータ集めにも協力してもらいます」
「こういうのはベテラン竜騎士の俺に任せなさいって。ほらできた」
さっさと仕上げて満足そうに服を掲げたレインに、ヤーンは不思議そうにたずねる。
「レイン、なんで腹に縫いつけてんだ?」
「子どもたちと遊ぶときにウケそうだろ?」
「あ、そっち?」
横ではグラコスが針を指先に刺して悲鳴をあげた。
「ひー、アイリの刺繍ちゃんと見とけばよかった……あっ!」
うっかりアイリの名を出してしまい、チラッと横目でカディアンを見れば、意外と器用にチクチク縫っている。
「メレッタからリザラの護符をもらったから、それを入れるつもりなんだ」
「ふん。おまえのはついでで、メレッタは私に護符をよこしたのだ!」
ギッとカディアンをにらみつけたカーター副団長に、メロディが収納ポケットを縫いつけたローブを渡した。
「はい、カーター副団長。できましたよ」
「おお、すみませんな。ほぉっ、これが収納ポケットか!」
渡されたローブをほくほくと受け取り、副団長は荷物から外したリザラの護符を眺めて目を潤ませ、だいじそうにポケットにしまった。










