50.試作品が届いた
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数日後、『研究棟』の工房でユーリと作業していたら、『収納鞄』の試作品が届いた。嬉しいけどミーナ、徹夜してないかしら。
試作品第一号というか、『収納鞄』の術式の開発者であるわたしへの献品になるらしい。作業を中断していそいそと箱を開ける。
「おおお、可愛い!」
キャメル色のヌバック生地にフリンジと刺繍があしらってある、可愛いポシェットだ。中を見ると、『ニーナ&ミーナの店』のロゴのタグの他に、内ポケットにちゃんと錬金術師団の天秤と錬金釜をあしらった金色のマークも入っている。ユーリも気になったらしく覗き込んできた。
「へえぇ、さすがプロですねぇ、これ、男物とかユニセックスの物ってないんですか?」
「ふっふっふ……ユーリも欲しくなった?なるよね!絶対!」
「うわぁ、凄いニヤニヤしてる……認めたくないけど、欲しいです」
うっふっふ。可愛いよね、お洒落だよね、わたしが自分でチクチク縫った帆布製の肩掛け鞄と全然違う!この小さいポシェット……今でもバランスボール1つ分ぐらいは入るけれど、後で術式書き換えて大容量に改造しよう。うふうふ。
「そうだねぇ……ユーリ君には先日の契約の時にも世話になったし、特別に頼んであげてもいいよ?」
「うわぁ、凄いドヤ顔……でも結局、僕話についていけなくて聞いているだけでしたから、あんまり役には立ちませんでしたけどねぇ」
「そんな事ないよ!ユーリがあの場で『師団長にふさわしい』って明言して、書類を書いてくれた!本当に有り難かったよ!」
ユーリは契約の場でほとんど発言しなかったことを気に病んでいたらしく、眉を下げたユーリの言葉をわたしが慌てて否定すると、ほっとしたように目元を和らげた。
「そうですか……それは良かったです。なら、僕の欲しい鞄は色は黒で……」
「それでね、鞄を作るかわりに、ユーリにぜひお願いがあるんだけど!」
「え」
ユーリの顔からすとんと表情が抜け落ちたかと思うと、いきなり渋面になり、両手で頭を抱えた。
「うわぁ、僕の純情もてあそばれた……『ネリアのお願い』来たよ……怖すぎる」
「えっ?たいしたお願いじゃないよぉ、簡単なやつだよ!」
「こないだも、心細いから魔道具ギルドについて来て欲しい……なんて言ってたくせに、ギルド長室で怒鳴り合うわ机は殴るわ、大立ち回りだったじゃないですか!」
「殴ったんじゃないもん!叩いたんだもん!それに心細かったのは本当だもん!」
「あーはいはい」
「もうすぐ、シャングリラ魔術学園は『夏季休暇』じゃん。五年生は『職業体験』をするって聞いたよ?」
「『職業体験』?……ああ、あれのことですか」
『シャングリラ魔術学園』とは、十二~十六歳までの魔力の伸びざかりに、志に溢れた少年少女が魔力の扱いや制御の仕方などを学ぶ学園だ。学園を巣立った者達は、錬金術師や魔術師、竜騎士、魔道具師など、魔力を活かしたさまざまな仕事に就く。
そして、最終学年の五年生は『夏季休暇』の時期に、それぞれ希望する師団に出向き、実際の業務を体験する。
いわば『職業体験』だ。
つまり、魔術学園の卒業生を囲い込むためにも、五年生の職業体験で『錬金術師団』を希望してもらいたい!
「それでね、ユーリは人当たりもいいし、年も近いでしょ?学園の生徒たちへの窓口になってもらおうと思って」
これは以前、師団長会議でもアーネスト陛下の前で話したことがある。ユーリには今話すけど!
「まぁ、『錬金術師団』を希望する生徒なんて、ほとんど居ませんけどねぇ」
「ふっふっふ、『不可能』を『可能』にするのが錬金術師でしょうが。わたしには秘策があるのだよ」
「うわぁ……ネリア、また良からぬ事を考えてる……」
「そこで不安そうな顔をしない!とりあえず今度、魔術学園で開かれる『職業体験』の説明会に参加するわよ!」
「……ふたつ」
「ん?」
「オーダーメイドの『収納鞄』ふたつです。それで手を打ちましょう」
「むむ……足元を見てきたわね……仕方ない、錬金術師団の未来のためだものね!」
話がまとまったところで、作業再開だ。ユーリも集中しだすと手際よく、次々に仕事を片付けていく。
魔道具を使い慣れているんだろうな。魔導回路を書くのも手慣れている。
ユーリの手元を感心しながら見ていたら、工房のドアがもの凄い勢いで開いた。
「私は第三部隊隊長モルグである!ネリス錬金術師団長殿はおられるかっ‼︎」
「はっ、はいっ⁉︎」
あ、こないだ携帯ポーション作って渡したとこ!
「おおお、ネリス錬金術師団長!我ら第三部隊に!あれほど貴重な素材を惜しみなくつぎ込んだ最高のポーションを用意していただけるとは!」
モルグ隊長は、ぐわしっとわたしの手を両手で包むと、上下に勢いよくブンブン振る。
「あれほどの品揃え!あれほどの品質!あれほどの量!第三部隊の遠征に提供していただくのははじめてであります!感激のあまり、『研究棟』に押しかけた次第であります!」
え?え?え?
わけも分からず、ユーリの方を振り向くと、ユーリは苦笑していた。
「ネリアって素材に対する金銭感覚ないですもんね」
うん……一緒に仕事していればバレるよね。はい……素材に対する金銭感覚……まるでないです。どれが幾らするのか見当もつきません。
「ありがたい!本当にありがたい!」
「ええと……皆さんが無事に帰ってきていただくのが一番ですから」
ほほほ、とごまかすとモルグ隊長は感極まったように声を震わせる。
「おおお!ネリス新師団長!なんという心意気!お礼と言ってはなんですが、今回の遠征で採れた素材を幾つかお持ちしました……研究のお役に立てば良いのですが」
それから工房の素材庫には、続々と遠征部隊の隊員さん達が持ってきた素材が運び込まれた。……うん、麻痺毒のポーションは山のように作れるね。
隊員さん達は口々にお礼を言ってくれる。今回の遠征はポーションも豊富だったため、皆後遺症が残るような大きな怪我もなく、大成功だったらしい。
「『アタック二十五』大変役に立ちました!あれのおかげで紙一重の差を制して黒鉄サソリに勝つことができました!」
えええ、洒落で作ったポーションだったのに……。
こっちの世界にこの駄洒落を分かってくれる人が居ないのが、ちょっと寂しいネリアでした。









