49.初めての契約
よろしくお願いします
アイシャ・レベロはテキパキと話を進めていく。
「魔道具ギルドにもぜひ登録してちょうだい。錬金術師団長がウチの会員なら、こっちもハクがつくし。必要ならギルド員を紹介するわ」
「わたしの信用については、もういいんですか?」
「そうね、これから積みあげていけばいい……だったかしら?私もあなたの考えが気に入ったわ」
「はは……じゃあ、契約は無事できるんですね……」
力が抜けて、わたしは立っていられなくなり、椅子にへたりと座りこむ。ニーナとミーナがアイシャに抗議した。
「もぅ!ひどいよアイシャ姐さん!黙って見ていろっていわれたけど……ネリィにきつく当たりすぎ!」
「おぃちゃんのバカぁ!黙って見てるの、つらかったんだからねぇ!」
「ごめんよぅ、ニーナぁ、ミーナぁ。おぃちゃん、これが仕事なんだよぅ……」
「悪かったわね。駆けだしの魔道具師って、製品にどんなに誇りを持っていても、商人に買いたたかれたりするの。それに売りだしたら、お客様に対しても責任が生じる。事業を続けるなら従業員の生活も守らないといけない。そういった覚悟があるか知りたかったの」
「そうか……試されたんですね……わたし……」
「それに信用のことは、あなたの弱点ね。師団長就任の際、王城でひと騒動あったのは、こちらも把握しているわ」
「弱点……そうですね」
そこをつつかれたら、どうしようもない。困っていたとき、ユーリが口を挟んだ。
「ネリア・ネリスのことは、僕が保証しましょう。現時点で、彼女は誰よりも師団長にふさわしい。僕自身もそう考えています」
「あなたが保証を?」
「ユーリ?」
眉をあげたアイシャに、ユーリはうなずき、わたしに向かって、にこっと笑う。
「これでも僕んちは歴史ある名家なんです。黙って見ているつもりでしたが、ネリアにここまでされたら、僕だって役に立ちたい」
ユーリは紙と見たことのない銀色のペンを取りだし、さらさらと何かを書いた。書き終わった上から術式を重ねて魔力を流し、紙に固定すると全体がパァッと光る。
術式の固定された紙は、それ自体が改ざんも破損も許されない、正式な書類なのだという。
「さあどうぞ。ネリア・ネリスが信用に足る人物だと、《《僕》》が保証する書類です」
受け取ったアイシャがさっと目を通し、驚いた顔になる。
「……まさか!」
「どうしました?書類に何か不備でも?」
「いいえ、いいえ……書類は完璧です。文句のつけようがない……」
「なら、問題ありませんね」
にっこりしてたたみかけるユーリに、アイシャは静かにうなずいたけれど、青ざめた顔は緊張に強張っている。
「ええ……まったく問題はありません。では変更点を反映し、三者で正式な契約を結びましょう」
わたしとメロディ、ニーナとミーナがそれぞれサインして、錬金術師団とメロディの魔道具店、ニーナ&ミーナの店は契約を結んだ。
それを今度は本物の公証人が確認し、ギルド長のアイシャが魔道具ギルドの印を捺す。
「それとビルをしばらく貸しだすから、融資を受けて七番街で大きな倉庫を借り、工房にして生産体制を整えなさい」
「でも私たち、まだそこまでは……」
ミーナがいえば、アイシャが首を横に振る。
「五番街の店では手狭よ。収納鞄が売れてから慌てて物件を探すのでは遅いわ。それなら最初から準備をしたほうがいい。前倒しでやるぐらいで、ちょうどいいのよ」
「そうですね、それがいいです」
わたしが同意すると、アイシャの目が鋭くなった。
「ネリア・ネリス、あなたまだ何か考えがあるみたいね」
「ええ、量産化のめどが立ったら、新たに保冷と保温の術式を組むつもりです」
「保冷と保温……」
「つまり冷たいものは冷たいまま、温かいものは温かいまま運べるってこと?」
「それ、すごく便利だわ……」
「できたての料理をそのまま届けられるなら、王都で出前がしやすくなりますね」
収納鞄の『容量が大きいものをコンパクトに運べる』という特性を使えば、弁当箱ひとつのサイズで、家族全員ぶんの食事だって運べる。
「それに、王都を見学していて気づいたんですけど、シャングリラ中央駅から転移門を使って人は移動するのに、貨物は環状線で運ばれていました」
「そうよ、手荷物なら人が持ち運ぶけれど、貨物みたいな大きい荷物は環状線を使うわ」
転移門でも物を移動させられるけれど、大量の荷物を送るのに毎回、魔素を魔法陣に流すのは効率が悪い。
「魔導列車は駆動系を動かすのに魔石のエネルギーを使い、魔力がなくても操作できる。三十年前に実用化されてから、物資の輸送は飛躍的に進化したの」
「それをさらに一歩進めましょう。貨物駅で下ろした荷物はどうするんですか?」
「いったん貨物駅の倉庫に保管され、荷受人が駅まで取りにいくわ。運ぶのが大変なものは、配送を頼むわね」
「収納鞄を使えば、貨物駅で荷受けしたあとの持ち運びも楽になります」
ファッション小物としての収納鞄だけでなく、わたしが考えているのは、コンテナやクーラーボックスのような実用的なものだ。
「もしも最初から産地で、保冷つきの収納鞄に入れて魔導列車で運べば、駅で受け取った荷受人が転移門で移動して配送完了です」
「それって……新しい業態ができるわよ」
アイシャが目を細めた。そう、荷物を簡単に手軽に持ち運び、届けることができる。いわば宅配ビジネスだ。
「ええ、物流の構造が変わります。より細かく機敏に、より速く便利に」
わたしが自信たっぷりに笑えば、その場にいた全員が息をのむ。
個人が使うとしたら、そんなに大きな収納空間は必要ない、それなら魔力消費が少ない、使い勝手のいいものを作って使おう。それはメロディやニーナたちのアイディアだ。
それを教えられたとき、新しいアイディアがどんどん湧いてきた。
もうひとつあるけれど、それにはべつの魔道具が必要だ。
「まずは収納鞄を広く認知させて、量産化のめどをつけることを目的にしましょう。それにわたしは錬金術師団長なので、物流ビジネスまではやりません」
「そういう将来も見すえて動くということね」
アイシャは頭のなかで、計算を始めたようだ。メロディが手を上げた。
「私はまだ余裕があるから、ビルといっしょに工房の準備を手伝うわ。ニーナたちは鞄作りに集中してちょうだい」
「メロディ……」
「ふたりとも、いい鞄を作ってよ!」
「ええ」
「任せて」
メロディは手元の契約書類を眺めた。こうして魔道具ギルドでアイシャやビルと、わたしの話を聞いているうちに、イメージが固まったのだろう。
「最初は便利そうな鞄を、作って売りたいとしか考えなかったけど……これはもう事業なのよね。私たちで興すんだわ。ぜったい成功させましょう!」
「「「「おー!」」」」
「ハハ、元気ないいな」
わたしたちは元気よく、拳を突き上げて声をだし、ビルのおいちゃんは楽しそうに笑った。
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それぞれが帰宅の途についた後、アイシャ・レベロはギルド長室の机で、一枚の書類を眺めていた。
ビル・クリントがアイシャの前に、その無骨な外見に似合わない丁寧な仕草で、淹れたてのコーヒーを置く。
「どうした?その書類は本物なんだろ?」
「ええ、だから驚いているのよ。公の場には一切姿を見せないとされる方だから……」
「あの噂……『グレンの呪い』がかけられた王子という噂は本当なのかもな」
「そうね……」
アイシャの手に握られた書類には、ユーリのサインがフルネームで記されていた。
ネリアを実業家にしたいわけではないので……異世界の物流ビジネスは人任せです。











