48.ギルド長とのやり取り
よろしくお願いします。
「……どうもしません」
「はぁっ⁉︎」
部屋にビル・クリントの大きな声が響く。わたしはビルと同じように、腕を組むと相手を睨みつけた。
「……わたしに提供できるのは、『魔道具の術式』と、『錬金術師団長』の肩書きだけです……むしろ『魔術学園』の卒業生である、という『経歴』に何の意味があるのか、知りたいですね」
「なん……だと……?」
ビルが低く凄みのある声をだした。それはそうだろう、魔道具師だって魔術学園の卒業生だ。それに対してその『経歴』に何の意味があるのか?と聞き返しているのだから。
「素性にしたって、どこそこの生まれです……と名乗って貴方が知らない場所だったら、どこであろうと『素性』が知れない事になるんじゃ?」
嘘は言っていない。わたしの生まれた場所や育って来た街の名前を告げた所で、この世界の誰も知らないのだから。わたしはこれ以上突っ込まれたくなくて、ビルに揺さぶりをかける事にした。
「ビルさんは王都生まれ?」
「……そうだ……」
「なら王都以外で生まれた人間は、皆『田舎者』に見えるのではありませんか?」
「そんな事はないっ!」
「だったら!わたしがどういった素性の者であろうと!役に立つ術式が書けていれば!それで皆の役に立つ魔道具ができるのであれば!何の問題もないでしょう!」
「俺は信用の問題を言っているんだ!学園時代のコネもない!素性もハッキリしない!『錬金術師団長』の肩書きだけで、誰があんたを商売相手として信用する⁉︎」
「だからメロディさんやニーナさん、ミーナさんの『信用』を借りるんです!ニーナさんとミーナさんが作る鞄なら、買ってくれる人が居るでしょう?メロディさんが売る鞄なら、買ってくれる人が居るでしょう?わたしは彼女達に信用されてさえいればそれで商売ができる!」
「そんな簡単にいくと思っているのかっ!」
ビルが机を拳でドン!と叩けば、わたしも負けじと机をバン!と叩いた。手のひらが痺れてじ~んとしたが、構っているひまはない。
「信用が無いなら、積み上げていけばいい!今がゼロなら、これ以上減りようがない!」
わたしとビルは真正面から睨み合う。眉間にシワを寄せ、ギリギリとこちらを睨みつけるビルはまるで仁王のようだ。どうやったらこの状況を打開できる?わたしもビルを睨みつけながら、必死に頭を動かす。
「信用できるのが『錬金術師団長』の肩書きだけだと言うなら、それを使いましょう……アイシャさん!」
わたしはビルの横に座る公証人のアイシャさんに声をかけた。さっきから彼女は、わたしとビルの怒鳴り合いを顔色ひとつ変えずに見守っている。この中の誰よりも冷静に見えた。
「はい」
「契約書の中のわたしのロイヤリティを記載の半分にして下さい。そしてロイヤリティはわたし個人宛ではなく、『錬金術師団』宛で」
「……はい……?」
アイシャさんは眉をひそめる。わたしの意図をつかみかねているようだ。
「『錬金術師団』宛ですか?なぜそんな事を……」
口を挟んで来たユーリに説明する。
「もちろん、『研究費』に充当するためよ、何事も先立つものがないとね!これなら例えわたしが死んだとしても、ロイヤリティは『錬金術師団』に支払われ続けるわ」
「だけど、ネリアには何の得もありませんよ?」
「あら、損することもないわよ?だってわたし自身はビタ一文払わないんだもの……わたしね、錬金術師達には自分の好きな研究をして欲しいの、だから稼げる所で稼いでおきたいの」
ユーリはビックリしたように目を丸くした。わたしはビルへの説明に戻る。
「そのかわり、全ての製品に『王都錬金術師団』のマーク……錬金釜に天秤……を入れる事を要求します。これは『錬金術師団』がその品質を保証するという意味でもあり、模造品を防ぐ目的もあります」
ビルが唸り、ユーリが叫んだ。
「……『錬金術師団』のマーク……だと?」
「……そうか!『錬金術師団』のマークまで偽造すれば、それは『公文書偽造』と同等!『重罪』として取り締る事ができる!」
「偽物づくりの『罪』の他に、『公文書偽造』の『重罪』まで負うのか……それは確かに作る方にとっちゃ、リスクが高いな……」
わたしは頷いた。
「それに、広く使われる製品にマークを入れる事で、『錬金術師団』もこれまでの『胡散臭い』とか『ペテン師』といったイメージを払拭できます……いわば『錬金術師団』の宣伝費ですね」
「何のためにそんな……」
「『錬金術師団』印の製品に付加価値を持たせるためですよ!顧客が購入したがる、ひとつのブランドにするのが目的です……これからも『錬金術師団』印の製品はどんどん世にでるんですから!」
「ブランド……?」
考え込み始めたビルに対して、畳みかけるように提案していく。
「あと、顧客番号をシリアルナンバーで管理。購入者は、修理やメンテナンスを無償で受けられるようにします……これで、ある程度転売を防ぎます」
「何だと⁉︎そんな事をしていたら手間がかかって、大量生産はできねぇぞ!」
ビルの指摘に、わたしは「その通りです」と頷く。
「どちらにしろ、今の生産体制では、大量供給は無理です。ある程度の生産体制が整うまでは、予約注文で確実に手に入る保証だけして、注文をさばくと同時に利益を確保していきます」
ビルは渋面を作ると、腕組みをしたまま首を横に振った。
「俺としては、借金をしてでも、先に工房を拡張するよう勧めるつもりだったんだがな」
でも、それにはわたしの『信用』がネックになる。それが分かってるからこそ、その手段を取る事はできなかった。
「収納鞄が完成すれば、必ず売れます!けれど需要と供給のバランスを取るのは大変だと思うんです……特に、ニーナさんとミーナさんはこだわりを持ったモノ作りをする方達ですし……」
ニーナさんが頷いた。
「そうね……私達、中途半端に納得いかない物を売るつもりはないわ」
「それに、生産体制が整うまでは待てません!ニーナさんもミーナさんも、鞄を作りたくてウズウズしてるのに!」
ミーナさんが頷いた。
「そうよ!どんどんアイディアが湧いてくるんですもの!今すぐアトリエにこもりたいぐらいよ!」
わたしは立ち上がって円卓に手をつき、身を乗りだした。こうすれば小柄なわたしでも、ビルに見下ろされる事なく、目線を合わせる事が出来る。絶対にわたしの方から視線を外すものか。
「工房を拡張しても職人である魔道具師が育たなければ意味はありません。まずは収納鞄を作り慣れてノウハウを積み上げる事……大量生産に向いたデザイン、安定した品質、大衆の好み、それらが全て組み合わさった時!必ず、ブレイクポイントは来ます!その時に備えて今は準備をしていけばいい」
「……」
ビル・クリントは、しばらく腕組みをしたまま無言だったが、急にへにゃりと眉を八の字にすると、ふーっと大きく息を吐きだし、アイシャの方に視線を向けた。
「おい、これでいいか?アイシャ……おいちゃん、もぅ胃がキリキリしちまってよぉ……」
「そうね……満足のいく……いえ、予想以上の回答が得られたわ……ビル、お疲れ様」
「……アイシャ、さん?」
わたしがアイシャの方を見ると、アイシャがまっすぐわたしに目線を合わせる。
「改めてよろしくねネリア・ネリス。私が魔道具ギルド長……アイシャ・レベロ、そっちは私の秘書のビル・クリントよ」
「えっ?秘書、さん?」
ギギギ……とビル・クリントの方に視線を戻せば、彼は眉を八の字にしたまま、頷いている。
「ビルはコワモテだけど、こう見えて繊細なのよ……細かい書類仕事が得意なの」
えええ?このガテン系のガチムチしたおっちゃんが秘書⁉︎
「いやもぅ、おいちゃん、こんな可愛い子相手に怒鳴るとかよぉ……無理だわホント……しかも怒鳴り返されて……睨みつけられて……机バンッ!とか……めっちゃ怖かったんだわ……グス……」
おいちゃん⁉︎背中丸めて涙目になってるし!それに、怖かったのこっちだし!
わたしは目を潤ませてプルプル震えるビル・クリントを、信じられない気持ちで眺めた。
各国のコロナ関連のニュースを見ていると、首相や保健相といったポストで活躍する『デキる女』って感じの女性をよく見かけます。ニュージーランドのアーダーン首相なんて格好いいですよね。









