197.休暇満喫
よろしくお願いします!
赤茶の髪の小柄な娘が意識をうしない崩れ落ちるのを、自分の腕のなかに受けとめて、男は歌うのをやめた。
「ネリア、寝ちゃった?疲れてたんだね……グレンが昔よくきみに歌って聞かせていた子守歌だ。いまもよく効くんだね」
娘のその顔がよくみえるように腕に抱きなおし、男は優しい笑みを浮かべた。
「生きていたよ……ちゃんとね。本当にグレンはすごいな。性別もわからないような、ただのこげた肉塊にしか見えなかったものを、よくもここまで……」
異界から取りよせたものが、じょじょに人の形を取りもどしていく……そのさまは驚異的で、毎日でも飽かずに眺めていられた。
「僕もグレンもきみの命の輝き、生命力の強さに魅せられた……ネリア、きみはグレンの命を懸けた最高傑作。本当に、あいつは今でも僕の前に立ちはだかる……今の僕にはまだ、きみ以上のきみを創りだす自信がない」
オドゥは苦笑しながら、腕に抱いた娘の血の気をうしなった頬を、そっとなでる。
「ウレグ駅で、君をさらってしまいたかった……それでも、きみのために我慢したんだ。僕はきみに『世界』をみせたかった……異界から堕ちたきみにとって、初めてみる『世界』はどんなふうにみえたんだろう」
僕以外に、きみを傷つけることは許さない。きみを壊していいのは僕だけだ。
「きみがこの場にいることがどれだけの奇跡か、知りもしない奴らにきみが傷つけられるのを、許しはしない……僕がきみを守るよ」
グレンの研究はまだ完成していない。ネリア、きみが必要なんだ。
この世の者ならざる肉体をもつきみが。
「それまで……きみはきみの人生を楽しむといいよ」
こげ茶色の髪をした、深緑の瞳をもつ青年は、腕の中の娘を愛おしそうにみつめてほほえんだ。
祈りを終えたリリエラがふりむくと、意識をうしなった小柄な娘は青年にかかえられていた。
「ネリアはどうしたんだい?」
「疲れたみたいだね……いままで気が張っていたんだろう。地上に戻ろうか」
青年は優しくほほえむと、地上に戻るための転移魔法陣を起動した。
「ヴェリガン、こっちこっち!これ持ってて!」
王家所有の別荘のビーチで、アレクにどさどさと大量のナマコを渡されて、ヴェリガンは首をかしげた。
「これなに……?」
アレクはダイナミックに砂浜に穴を掘りながら、元気よく答える。
「きまってるだろ!選ばれしナマコたちのための、ナマコ温泉をつくるんだよ!」
「選ばれしナマコたちのための……」
「ナマコ温泉!」
ナマコたちにとってはいい迷惑だが、世界初のナマコ温泉が、ここマウナカイアに期間限定で誕生した。
わたしがめざめると、王家の別荘の自分の部屋のベッドだった。
あのあとユーリとカイが中心になって海王を説得し、カナイニラウとエクグラシアは交流を復活させることになった。
いきなりマウナカイアビーチに人魚が戻ってくるのではなく、ビーチから少し離れた王家所有のこの島を交流場所として、何年かかけて交流を深めていくという。
レイクラを連れて帰ってきた海王をみて、人魚の男たちが「海王様だけずるい!」「俺らも陸の女の子にあいたい!」とおおさわぎしたのだそうだ。それをみて人魚の女たちも焦って告白をはじめ、カナイニラウではいま、恋愛ブームらしい。
「ネリアが、カナイニラウでばくばく食べたのがよかったみたいですよ」
「?」
仲直りした海王とレイクラは、カイと一緒に島に滞在している。元サヤにおさまった両親が、四六時中べったりして、逆に身の置きどころがないと、カイはぼやいていた。
海洋生物研究所のポーリン・リヴェ所長やウブルグ・ラビル、シャングリラ魔術学園のロビンス先生はカナイニラウに招かれて、それぞれの研究に情熱をかたむけている。その土産話を聞くのも面白い。オドゥもカナイニラウにいっては、ほかにも素材あつめをしているようだ。
ヌーメリアは別荘のスタッフとなかよくなり、休暇を楽しむかたわら、せっせと魔女の手仕事をやって喜ばれている。
さいしょは日焼けあとに効くローションやリップクリームだけだったのが、だんだん請われて、頭痛薬や胃薬なんかも作りだした。
「もう!ヌーメリアさんがマウナカイアに薬局をひらいてくれたら、絶対買いにいくのに!」
「もうしわけありません……アレクの進学準備がありますから」
そういってことわると別荘のみんなは残念がっていたけれど、人見知りのヌーメリアにとって、人魚の気質をもつ、おおらかなマウナカイアの人たちと接するのは、いい経験になったみたいだ。
カーター副団長はメレッタにせがまれ、アナ夫人と一緒によくビーチにでかけている。でもしょっちゅう夫人とケンカしてしまい、メレッタの作戦はあまりうまくいっていない。
カナイニラウとの交流がはじまって、テルジオもオーランドも忙しくなったけれど、その合間にユーリはメレッタやカディアンと、ああでもないこうでもないといいながら、楽しそうにライガをいじっている。
ユーリのライガはまだ不具合があるらしくて、試運転の最中にときどき海に落ちるから、人魚たちが機体の回収を手伝っている。人魚たちも空飛ぶライガに興味津々で、これも交流のきっかけのひとつになっている。
「来年もマウナカイアにきませんか?ライガがちゃんと飛ぶようになったら、人魚たちを乗せてあげる約束をしたんです」
「いいね!」
そんなわけで陸に戻ってからは、わたしは休暇を満喫しているのだけれど、オドゥに『命の水』のある場所で聞きたかったことは、結局聞けずじまいだ。オドゥもなにもいわないし、答えは自分でみつけるしかない。
楽しかった休暇も終わろうとしていた。王都に帰る前の晩に人魚達も招き、ビーチから花火を打ちあげて楽しもうということになった。
「もうすぐネリアたちも王都に帰るんだねぇ」
波打ち際で寝そべるリリエラは、藍色の瞳をおもしろそうに輝かせて、ちらりとカイに流し目を送った。
「一生懸命な子はグッとくるよねぇ……それが自分の家族のことを真剣に考えてくれてなら、なおさらだ」
「なにがいいたい」
「さぁねぇ……あたしが男なら、あの子をにがしゃしないけどね」
仏頂面になったカイの顔をみて、リリエラがくすくすと楽しげに笑うと、若返って生き生きしているレイクラが相槌をうった。
「でもねぇ、この子ったら照れ屋なもんだから、ネリアさんがはじめて店にきたときも目を合わせないようにして……そのくせ、チラチラ盗みみたりして」
「なっ……!」
カイが絶句するのもかまわず、レイクラは続ける。
「母親にバレないとでも思ってるのかしらねぇ……だからちょっと強引に海王妃のドレスを着せてカナイニラウに送ったのに」
「それが余計だっていってんだろ、クソババア!」
「ほらね、図星だから真っ赤になって……あんなにかわいくて、母親のあたしのことまで気遣ってくれるような優しい子、そういませんよ」
「ほほぅ……して、わが息子はチャンスをモノにできたのだろうか」
海王まで首をかしげてたずねるものだから、カイはたまらずに叫んだ。
「そんなんじゃねぇって!ああもぅ!あんたたちはうまくいったんだから、さっさとカナイニラウに帰れよ!」
「ふむ……しっかり頑張れよ、おなごひとり口説けぬようでは海の男とはいえん」
「うるせぇよ!レイクラに逃げられたぐらいで、べそべそ泣いてふて寝してた、ひきこもりジジイに言われたくねぇ!」
カイは言いすてて、立ちあがった。
「息子が……息子がつめたい」
リリエラが笑いころげる横で、しょんぼりと長い首をたれる海王を、レイクラが優しくさすった。
カイはひとりになると、ガシガシと頭をかいてため息をついた。
「一回ぐらいは口説いてみるか……」
ネリアは王都に戻る人間だ。最初からそれがわかっていてもなお、綺麗な海とカナイニラウをみれば、気がかわるかもしれないとすこしだけ期待した。
『ちゃんとここに戻ろうって思えたの!』
ユーリにそういっていたネリアの言葉を聞いて、いまさら自分がなにを言えばいいというのだ。いままで自由きままに生きてきて、気がむけば口説くし、くるなら拒まずだが、去るものもとくに追わなかった。ましてや最初から手にはいらないとわかっているくせに、わざわざ執着するなど、自分の性分としてはありえない。
「こんなん俺のガラじゃねぇ……グレンのやつ、とんだ置き土産を……」
カイは今は亡き自分の友人にむかって、悪態をついた。
「ネリア、今回はウブルグも参加したので、二連花火とか、三連花火もあるんですよ!豪華でしょう?」
花火の準備をしながら、ユーリが笑いかける。
「ほんとすごいよ!金属を燃やせば固有の色を持つ炎ができる……って、『炎色反応』について教えただけなのに!みんなすごい!」
うちの錬金術師たちってば、ほんとうに優秀だ!
「大空をキャンバスに見たてて、爆撃具と金属で絵を描こうとした、ネリアの発想のほうがすごいわい!わしがヘリックスを操り、黒蜂と爆撃具で襲ったかいもあるというものだ!」
「えっ!いや、それはもう勘弁して!ほんとにびっくりしたんだから!」
ワイワイとにぎやかに準備していると、カイがやってきてわたしに声をかけた。
「ネリア、ちょっと話がある」
ありがとうございました!












