196.海王と竜王の契約者
よろしくお願いします!
わたしとライガの直撃を受けたリリエラは、近くにいたシードラゴンを巻きこむようにして転がる。
砂浜に二体の巨大生物が、ズシィン……ズゥウウン……と、重い音を響かせて落ちた。
「ネリア!」
ようやく余裕ができたわたしは、ユーリの呼びかけに元気よく手を振る。
「ユーリ⁉よかった、オドゥも戻れたんだね!あっ、レインさん……それにロビンス先生まで!」
「やぁ、ネリア嬢……無事みたいだな……」
「お元気そうでなによりです」
レインさんは軽く手をあげ、ロビンス先生も帽子のつばに手をかけてあいさつを返す。
ライガで砂地に降りると、着地したユーリも駆けてくる。オドゥはその場に置きざりだ。
「ネリア!……これはいったい……」
「わたしは攻撃魔法も使えないし、腕力だってないから……魔獣化したリリエラ相手に、体重の軽いわたしがぶち当たってぶっ飛ばすには、速度をつけるしかないって思ったの!」
「あぁ……それでライガで加速を……リリエラってこれですか?」
納得したようなしてないような顔のユーリはほったらかしにして、わたしは必死になって海の魔女に話しかけた。
「リリエラ、しっかりして!」
やがて彼女の大きくふくらんだ体が縮み、身の丈を覆うほどの長さの髪がゆるゆるとこぼれ、もとの白く美しい顔があらわれる。
「……ネリア?」
傷だらけで全身から血を流し、それでも美しい魔女は藍色の瞳で、わたしを驚いたように見つめていた。
ああ、この瞳だ。時にわたしを見つめてほほえみ、時に哀しみをたたえて潤んでいたのは、この吸いこまれそうに深い紺碧の海そのもののような瞳だ。
「リリエラ……よかった、もとに戻った!」
「ネリア……あんた……あたしを正気に戻したのかい?」
リリエラに抱きつくと、ぼうぜんとした彼女はとまどうようにあたりを見回して、力なくつぶやいた。
「怒りに任せて血に飢えた魔獣になってでも、すべてを壊したかったのに、倒せたのは海王の影だけか……あんたみたいなちっぽけな娘に邪魔されるなんてね」
「何度でも邪魔するよ。だってリリエラが本当にしたいことは、こんなことじゃないでしょう!」
ぎゅうぎゅうに抱きついたまま、離れないわたしの頭を、リリエラはそっと手を伸ばして困ったようになでた。
「ずっと恐れられ、牢に閉じこめられて遠巻きにされてきた。こんなふうに飛びこんできて、抱きついてくる娘などはじめてだよ。人の体は温かいねぇ……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
レイクラはレインの手を借りて、白竜アマリリスから降りる。おそるおそる近寄ると、ゆっくりとシードラゴンが頭をもたげた。
(レイクラ……レイクラか?)
「海王様……あたしですよ」
(見ないでくれ……吾はもうこんな姿で……おまえの好きになってくれた男ではない)
「海王様も同じこと考えてたんですねぇ。あたしもこんなしわくちゃになって、海王様に会わせる顔がないと思ってました」
レイクラはそっと、シードラゴンの首をなでた。
(レイクラは……レイクラだ……こうやって会えただけでも吾はうれしい……もう二度と会えないかと)
「黙ってでてきてしまったけれど、おかげであたしは父も母も見送ることができました。連れ戻そうとしなかったのは海王様の優しさだったんですね。あたしは謝りにきたんです。許してくれとは言えません……どうかあたしに償わせてください」
(レイクラ……それなら、これからはずっと一緒にいてくれるか?)
「それじゃ、罰になりませんよ。強くて優しくて大きくて……あなたは今もあたしの大好きな海王様ですよ」
(レイクラ……)
「ずっと一緒にいます。あなたがどんな姿でも、あたしが愛したあなたであることに変わりません。あたしの命はもうそう長くないだろうけど、最後までおそばにいさせてください」
レイクラが涙を流しながらシードラゴンの首を抱きしめると、それをじっと見ていたリリエラが声をかけた。
「ねぇあんた、海王とずっと一緒にいたいのなら、あたしと精霊契約をするかい?海王と同じだけの寿命をくれてやろうか」
「精霊契約を?」
レイクラは顔をあげて魔女を眺めた。
「リリエラ……精霊のカケラを与えられた海の魔女。生きることを拒絶し、死のうとしたため魔力を封じ、海の牢獄に入れられたと聞きました」
「精霊が気まぐれに寄越した力のおかげで、簡単に死ぬこともできない哀れな女さ。海王ならこの体もひき裂いてくれるだろうと思ったのに」
それを聞いた彼女は海王をかばうように腕を広げた。
「海王様は本当に優しい人です。そんなことさせないでください」
「そうみたいだね……で、どうする?」
「リリエラ、あなたの精霊契約を受けましょう。あたしは命あるかぎり、海王様のそばにいたい。けれど対価にはなにを差しだせば?」
「あんたに支払えるものだよ。さあ、精霊契約だ!」
海の魔女はにんまりと笑い、青い魔法陣をレイクラの周囲に展開した。
(レイクラ……待て。カケラとはいえ、リリエラは精霊と同等……それと精霊契約をすれば一生縛られるぞ!)
「あたしは……もう誓ったんです。ずっと海王様のそばにいると!」
海王は止めたけれどレイクラはほほえみ、自分の指にキズをつけると、その手をリリエラに差しだした。
魔女は震える彼女の手をつかんで口に含み、滴る血を舐めとると艶然と笑った。
ふたりの周囲で魔法陣が青く光り、それに包まれたレイクラの体がどんどん若返っていく。
シワだらけだった手は白く滑らかに。頬がこけ、落ちくぼんでいた目元は、ふっくらとハリのある肌に。つやを失っていた白髪は、鮮やかな緑色に。
「これは……⁉どうして……⁉」
自分に起こった変化が信じられなくて、レイクラは目を見開いた。これではまるで海王に嫁いだばかりのころのようではないか。
「あんたの〝時〟をもらった」
「あたしの?でもこれでは……あたしばかりが得をしてます!」
「カケラとはいえ精霊の力だ。どう使おうかと思っていたんだけどね。それにあんたばかりが得したわけじゃない。これで〝海王妃〟はあたしの手の内ってことさ。いいね海王、あたしはもう牢には戻らない」
(……もう死のうとはせぬか?)
「ああ、〝海の精霊〟が望んだように生きてやるよ。海王妃レイクラに海王とおなじだけの寿命を。そのかわりにあたしは自由だ!」
海の魔女はそう宣言した。
「リリエラ……もしかしてレイクラを助けてくれた?彼女が海王と幸せに暮らせるように」
「まったく……願いを叶えるなんてガラじゃないんだけど。ネリアがあたしを正気に戻したからね……あのふたりを仲直りさせたかったんだろう?」
「うん、本当にうれしいよ。ありがとうリリエラ!」
「海王に負ける気はしないけど、あんたには負けたよ。あんたの叫びといい頭突きといい、本当に頭に響いたからね」
「あっ、ごめん!無我夢中で……つい」
あわてて謝るわたしに、リリエラはふっと笑った。
「さあて……海王にガツンとやるのは気が済んだから、次は『あの人が亡くなった場所に行って、ちゃんと弔ってやりたい』かね」
「〝命の水〟が湧く場所だね!一緒にいこう!」
それを倒れこんだまま聞いていたオドゥが、むくりと身を起こし、胸に下げたままの転移陣の鍵をかざした。
「やれやれ……ネリアも少しは僕を休ませてくれればいいのにさ。〝命の水〟が湧くところにいくんだろう?」
「あっ、ちょっと待って!」
わたしはユーリのそばに駆け寄った。
「あのねユーリ、心配かけてごめんね。探しにきてくれてありがとう。わたしね、海を見て故郷に帰りたくなって、ホームシックになってた。けれど海の中で過ごしたとき、ちゃんと『みんなのところに戻ろう』って思えたの。王都の師団長室に戻ろうって思えた!」
「ネリア……」
「だから心配かけちゃうけど……ちゃんと戻ってくるから。オドゥと一緒にリリエラと行ってくるね!」
必死な顔でわたしがそういうのを、しばらく黙って聞いていたユーリは、いつもの優しげなほほえみを浮かべた。
「はい。いってらっしゃい、ネリア」
そういいながらもユーリはぐっとオドゥの腕をつかみ、彼の瞳をのぞきこんだ。
「使い魔の目が黒に戻ってますね。ずっと……地上のこともわかってたんですか?」
「なんのことかな?」
とぼける先輩錬金術師を不満そうににらみつけ、それでもユーリは海王のほうにむきなおった。
「カナイニラウの海王……僕はユーティリス・エクグラシア、〝竜王の契約者〟にしてエクグラシアの〝統治者〟の一員です。今回の件で話があります」
ありがとうございました!











