142.ヴェリガンの家庭菜園
ちょっと直していたら、少し遅くなりましたー。40分ほど…。
休日の朝食はひさしぶりに静かな感じだ。
わたしとヌーメリアがのんびりとトーストをかじっていると、アレクがヴェリガンを連れてやってきた。
「あーもうお腹ペコペコ!ソラ、僕の皿はベーコン多めでね!」
アレクが椅子にすわるとソラがリクエスト通り、ベーコンが山もりの皿を彼の前においた。ヌーメリアがふしぎそうにアレクにたずねる。
「朝はやく部屋をでたようだけど、ヴェリガンのところでなにをしていたの?」
アレクはトーストに手をのばしながら答えた。
「ヴェリガンのとこで、家庭菜園の世話をしてたんだ!」
「ヴェリガンが家庭菜園……いつの間に!?」
「あ……学生たちが……きてたとき……」
なんでも出不精のヴェリガンは、学生たちの昼食の世話をしているうちに「野菜は市場に買いにいくよりも、研究室で栽培したほうが楽だし新鮮じゃないか?」と、おもいついたらしい。
でかけたくないから家庭菜園って……どんだけ出不精なの⁉。
「ハーブ類は……繁殖力が旺盛すぎて……僕の研究室にいれられないの……あるけど」
「ハーブとか薬草のたぐいって、ほかの植物を駆逐するいきおいではびこるもんね」
高い崖のてっぺんに一輪だけひっそりと咲く貴重な薬草……なんてイメージは、おおまちがいだ。
やつらはとんでもなく凶暴だ。その土地の養分を根こそぎうばうやつだっている。それぐらい強くないと、薬草としての力は弱い。
「僕も畑をてつだっているんだ。僕専用のスペースもあるしね」
「まぁ、アレクも場所をもらったの?よかったわね」
ヌーメリアがうれしそうにほほえむ。彼女は基本的に、アレクが喜ぶことやアレクのためになりそうなことは、なんでも賛成だ。
錬金術師団でそだつとアレクの常識が世間一般からズレてしまいそうだけれど、十二歳になったら魔術学園に通うのだし、そう心配はいらないだろう。
そう考えると、アレクがここにいる二年間って貴重だな……アレクが学園の寮にはいったら、ヌーメリアもここをでていくんだろうか。
ちょっとさびしくなりかけた気分をふりはらうように、わたしはヴェリガンに声をかけた。
「ねぇ、わたしも家庭菜園を見たいな、みんなでいっしょにいこうよ!」
「ど……どうぞ……」
わたしの勢いにおされるようにヴェリガンが返事をすると、ヌーメリアがはずんだ声をだした。
「せっかくのおやすみだし、ヴェリガンの研究室でピクニックなんてどうかしら?ソラ……サンドイッチと飲みものの準備をおねがいできて?」
「ピ……ピク……ニック!?」
「すぐにご用意いたします」
ヴェリガンがあわてた声をだしたけれど、間髪いれずにソラが返事をし、ピクニック開催は決定となった。
でかけないのにピクニックが楽しめる……って、すごいな研究棟。
これがとてもぜいたくなことだというのは、さすがにわたしでもよくわかる。
よくわかるから……とことん楽しんじゃおう!
「うう……なんでこんなことに……」
しょんぼりと歩くヴェリガンの先導で、わたしたちはゾロゾロと彼の研究棟にやってきた。
「うわぁ、あいかわらず緑がいっぱい!」
「メレッタがこわした壁の穴も、きれいにふさがりましたね」
ヴェリガンの研究室は、植物を育てるガラス張りの温室をそのまま利用したもので、空間魔法でひろげられたその部屋は、はしまで見通せないほどひろく、なかをびっしりと植物がおおいつくしている。
いりぐちからすこし進むだけで、もう緑のなかに迷いこんだような気になる。研究棟のなかだというのにまるで別世界だ。最初にきたときはむせかえるような濃厚な緑に、言葉をうしなってしまった。
ガラス窓を通してふりそそぐ日差しのおかげで室内はあかるい。そのなかで植物たちはたがいに譲りあうように枝をのばし葉をしげらせている。魔石タイルが敷きつめられた通路は、ちょうどよく日陰になっていた。
ふつうの温室だと熱気でむわっとしているものだけれど、風の魔石のはたらきで換気がされており、ゆったりと流れる風はひんやりと心地いい。わたしはおおきく深呼吸をした。
「なんかさぁ……おちつくっていうか、きれいで心洗われる場所だよね……」
バスケットを持ったヌーメリアもうなずく。
「ヴェリガンの……人柄が表れているんでしょうね」
植物第一主義でときに過激なこともやるけれど、彼自身は争いごとをきらう、おとなしい性格のようだ。それってなんか、ヌーメリアにも通じるものがあるなあ。
ヴェリガンが作った家庭菜園は、部屋のいちばん奥のホウメン苔が群生している場所からみおろせるところにあった。
黒い土が見えていてうねがつくってあるところに、数種類の野菜が植わっているようだ。葉はおいしげっており、立てた支柱に沿って茎をのばしていた。
「えっ?まだ作って一週間ぐらいだよね?……ちゃんとした畑じゃん!」
「それは……魔力で……そだてるから」
「魔力でそだてる?」
「こうやるんだよ……みてて!」
アレクが持っていたバスケットを地面に置くと、ヴェリガンの手をひっぱって畑のほうにむかっていく。アレクとヴェリガンがビシッとそろって畑のよこに立った。
もしかして……もしかして……あれですか?
「私たちはいまのうちにピクニックの準備をしましょうか。敷物を敷くのはここでいいかしら」
ヌーメリアはとくになにも疑問に思わないようで、腰をおろす場所を探している。わたしはヌーメリアを手伝いながらも、畑のそばのふたりから目が離せない。
アレクとヴェリガンはおおきく深呼吸をすると、体の前でぐるぐると腕を交互に回して、魔力を練りだす。
それから地面に魔法陣を敷いたり、呪符を唱えたり……いろいろとやっているようだけれど、二人そろって奇妙なダンスをしているようにしか見えない。
そしてそれに応えるように、畑の植物がぐんぐんと育っていく!
うわぁ!花が咲いたと思ったらもう実がなった!
これ、あれだよ!
トトロがどんぐりの木を育てる、あれじゃないか!
いや、ダンスとかは全然ちがうんだけど魔力ってこういう使いかたもあるのね……。
「アレクまでできるなんて……すごいね!」
「魔力適性検査で……アレクと植物との相性はいいと聞いたので、ヴェリガンに相談したんです。そうしたらいろいろと教えてくれているみたいで」
「本当?すごい!ヴェリガン、マジでかっこいいよ!」
「へっ⁉︎」
おおきな声でほめたら、ほめられ慣れていないヴェリガンが動揺して手元がくるい、野菜にむけたはずの魔力が見当ちがいの方角にとんでいく。
とんだ魔力はガトの木に絡んでいた蔦にあたり、勢いよく暴れるように伸びた蔦は、ヴェリガンの体に絡みつくと、彼の体を逆さにつりあげた。
「ひっ!ひいいい……!」
「もー!ヴェリガン!手元には気をつけろって、いつも僕には注意するくせに……」
アレクが文句をいうが、ヴェリガンは蔦が絡みついたまま、情けない声をだしている。
「た……たすけ……」
ああ、こういうところはヴェリガンだ……うん。
大騒ぎしながらみんなでヴェリガンをおろし、持ってきたバスケットの中身をひろげ、畑で採れたての野菜と一緒に食べた。
お腹がいっぱいになったわたしは、ふかふかのホウメン苔のうえでゴロゴロする。
「このモフり苔、気持ちいい〜」
「ホウメン苔だよ……ネリア」
アレクがきちんと苔の名前を教えてくれる。モフり苔でもいいじゃん~モフモフ最高!
「ここ、ほんとうに気持ちいいね……これで小川のせせらぎとか聞こえたら最高!ヴェリガン、川もつくったら?」
提案というよりも、ちょっとした冗談のつもりだった。
まさかね、川をつくるなんて室内だしありえないよね。
そう思っていたのにヴェリガンが静かになり、ふとみあげて……わたしはギョッとなった。
いつも生気のないどんよりとした目をしたヴェリガンが、目をキラキラ輝かせてわたしをみている。わぁお……ヴェリガンの瞳のなかに星が見えるよ、昼間なのに……。
ヴェリガンは期待いっぱいの目つきで、落ちつかないようすで拳を握ったり開いたりしながら、ふるえる声でわたしに問いかけてくる。
「川……作っても……いい、の?」
そうだった……不可能を可能にする錬金術師……こいつらは自分の興味のあることには、ものすごい力を発揮するんだった……。
すぐそばにいたアレクまで、ニコニコしている!
「やったね、ヴェリガン!それなら研究室で魚釣りもできるようになるよ!」
ええ⁉︎……アレクってば、順応力が高すぎる……。
……え?川ができるの?ここに?本気でつくるってこと?
イメージ的には『ぼく夏』です。あくまでイメージです!









