140.ネリアとミストレイ(デニス視点)
竜騎士たちはモリア山への遠征前に交代で休暇をとることになっている。遠征のまえに家族や恋人のもとに帰り、つかのまの休暇をともに過ごすのだ。
緑の髪をした副官のデニスと紺色の髪をもつレインは訓練場で、休暇明けのヤーンにでくわした。
「おおヤーン戻ったか、休暇どうだった?」
「バッチリっすよ、ひさしぶりにのんびりできたなぁ。……ところでさっきから気になってるんだけど」
ヤーンは元気いっぱいに挨拶したが、すぐに声をひそめると訓練場のすみ一角、そこだけどんよりしている場所を指ししめした。
そこにはいつもムダに綺羅綺羅しいはずの竜騎士団長ライアス・ゴールディホーンが、非常にさえない顔つきでたたずんでいる。
「デニス、団長どうしちゃったの?」
デニスの横にいたレインがかわりに答えた。
「いやぁ……団長は俺らとちがって休みなしだろ、それでもついにネリア嬢を食事にさそったんだが」
「ことわられたのか⁉」
ぎょっとして聞き返したヤーンに、レインは渋い顔つきで首を横に振る。
「いや、誘いは受けてもらえた。ただ当のネリア嬢が微妙っつーか、あんま喜んでなさそうでな」
レインが先日の海猫亭での一件を説明すると、ヤーンも腕組みをして難しい顔になる。
「うわ、ベンジャミンが先に。だけどそれぐらいで団長あんなに落ちこむか?」
「いや、原因はそれだけじゃなくて……」
ネリアが無事師団長になって、錬金術師団に受けいれられたのは喜ばしい。喜ばしいがネリアと団長の接点が仕事だけになってしまい、二人の仲はあまり進展していないように見える。
そこへきて魔術師団長との手合わせを見学にあらわれたネリアには、錬金術師のオドゥ・イグネルがぴったりとはりつき、ずっと彼女に話しかけていた。
「ネリア嬢なぁ……こないだの魔術師団長との手合わせのとき、やたら研究棟の若いのと仲よかったろ?」
「オドゥ・イグネルな、隣にすわって観戦してたよなぁ……」
デニスがなんとも言えない顔でため息をつくと、レインも微妙な顔で同意する。手合わせにしろ、うちの団長のものすごくカッコいいところを見てもらいたかったが、辛勝とはいえレオポルドの勝ちだった。
話を聞いたヤーンも首をひねった。
「団長ここんとこずーっと俺らと一緒にいるもんな。いや俺らはいいんだけどよ……ネリア嬢とはどうなっちゃってるわけ?」
ガラガラガラガラ。ライアスが訓練場のすみにあったバケツにつまづき、バケツが大きな音をたてて転がった。
「団長⁉」
「やっぱり……」
ライアスがぼんやりとつぶやいて、竜騎士たちをふりかえった。
「やっぱりお前たちも……仲よさそうだと思ったか?」
ふりかえった顔色がものすごく悪い。
(あ、これ重症だ……)
「そうだよな……むこうは毎日顔を合わせるわけだしな……おなじ錬金術師だしな……」
ウオオオオオ……ォン!
ライアスに同調したミストレイの切なげな雄叫びまであがり、竜騎士たちは焦った。
「わー団長、ストップストップ。訓練終わったら行きましょう、ネリア嬢んとこ。ねっ?」
そこへ突然転移してきた人物がいる。
「こんにちはーライアスいますか?」
「ネリア⁉」
「ごめんねお仕事中……ちょっと竜騎士がつかう装備の術式を見せてもらいたくって」
ウワサをすれば影という。ここエクグラシアにもそんな慣用句があるのかはわからないが、ふわふわとした赤茶色の髪を軽くたばねニコニコと笑うその人物は、さっき話題になっていたネリア・ネリスその人ではないか。
どんよりしていたライアスには何よりも救いの女神になるはずだった……いまここに〝竜王〟さえいなければ……。
グォオオオオオオ!
ネリアの気配を察知した竜王がおたけびをあげる。喜んでいる。竜王がめっちゃ喜んでいる。
竜王に認められた竜騎士団長、ライアス・ゴールディホーンの屈強な体がくらりとかしいだ。
〝感覚共有〟というものを知りつくしている竜騎士たちの動きはすばやかった。
「ヤーン、団長をすぐに団長室にっ。残りはミストレイをおさえろ!」
デニスが叫び、レインやほかの竜騎士たちがミストレイのほうへ走る。
「団長はやく、はやく〝共有〟切って!」
ヤーンがさっとライアスの体を支えると、団長に必死によびかけながら訓練場から連れだす。
いっせいにドタバタと散る竜騎士たちを見て、ネリアは小首をかしげる。
「ごめんなさい、いまいそがしかった?」
いそがしくないけど、マジ最悪のタイミングですっ……竜騎士たちの叫びは声にならなかった。
「ミストレイ落ちつけっ!」
グォオオオオオオ!
間髪いれずにふたたび竜王がおたけびをあげる。呼んでいる。竜王がめっちゃ呼んでいる。こうなったら竜騎士たちにもどうしようもない。
「あの……お取りみ中ならまた出直すから……」
待ってネリア嬢っ、この状態のミストレイを放置していかないで!
副官のデニスは、すぐにでも転移しそうなネリアを必死にひきとめた。
「いえそんなことはっ、団長はいま手が離せなくて……そうだ、ミストレイに会いにいきませんか?」
小柄な娘の黄緑色をした瞳が、それはうれしそうに輝いた。
「いいの?会いたい!」
「どうぞどうぞ、こちらです。ネリス師団長がミストレイを訪問されるっ、部外者は訓練場に近づけるなあっ!」
「了解!」
副官のデニスの檄がとび、アベルが竜騎士団の各所にエンツを飛ばす。
竜騎士団の訓練場や竜舎など、あたり一帯が一瞬のうちに厳戒態勢となった。つい先日、団長どうしが手合わせをおこなったとき以上の、ピリピリとした緊張感が空間を支配する。
竜王に人間の娘を差しだすなど、時と場所によっては鬼畜の所業だが、ここエクグラシアは竜王の加護を受けた土地なのでとくに問題にはならない。血も涙も一滴もでない。
「うわぁミストレイ、ひさしぶりー元気にしてた?」
ネリアはのんきな声をだしてミストレイに近寄ると、その鼻先をやさしくなでている。それぐらいならまぁオーケーだろう。
「うふふ、お前はほんとうに愛嬌があってかわいいねぇ」
ちなみに竜王が愛嬌があると思っているのは、ネリアだけである。ほかの者はギロリとにらまれた覚えしかない。愛嬌のあるかわいい竜王なんてだれも見たことがない。
「もーミストレイってば、かわいい!」
ミストレイがネリアに甘えて鼻先をすりつけると、ネリアがその鼻先をギュッと抱きしめる。ミストレイはとってもうれしそうだ……あっ、ほおずりした!
「ん~っ、ふふふ」
あっ、ミストレイの鼻先にキスした。ネリアも楽しそうだが、ミストレイがもうデッレデレだ。お前、いつもの威厳はどうしたんだよ!
副官のデニスはめまいがしたが、とりあえずここはミストレイの機嫌をとっておくことにした。
「ネリア嬢……ミストレイにご飯あげてみますか?」
「いいの?あげたい!」
すぐにネリアにも持ちやすい食材が用意される。ドラゴンは雑食なのでミッラやテルベリーなどのくだものだ。それでミストレイの腹がふくれるわけではないが、いまは行儀よく食べてくれるだろう。
「ミストレイ、ほら、あーん」
あーん……。
「うふふ、おいしい?」
あっ、ミストレイがネリアのほっぺなめた!
「きゃっ、くすぐったいよぉ、ミストレイったらもぅー……」
(おまえら、じゃれつき過ぎだろ……)
もう相思相愛のカップルみたいだ。いちゃいちゃしているふたりの間に、割ってはいれる者はだれもいない。
へたに邪魔をして竜王の怒りをかえば、竜騎士としての人生は終わる。竜騎士たちはただただ見守るしかない。アベルが戻ってきて事態を見守っていたレインにたずねた。
「なあ」
「なんだ」
「いま、団長……天国と地獄、どっちだと思う?」
「……どっちもじゃねぇ?」
うれしいはずだ。うれしいにちがいない。
だができたらミストレイ越しではなく。
(ナマがいいよな……)
そしておそらく団長とネリアの仲はそこまで進展していない。
「こればっかりは……団長自身ががんばるしか……」
「だな……」
竜騎士たちはただただ見守るしかない。そしてひとつ問題が……。
「なぁ……これ、団長が共有してるって……ネリア嬢にバレたらあかんのちゃう?」
「……あかんな」
まちがいなく。
ネリアがひととおり術式をしらべ終わったころに、ようやくライアスとヤーンが訓練場に戻ってきた。
「ネリア……せっかくきてくれたのに相手ができなくてすまなかった……」
ライアスはなぜか髪がみだれて、心なしか顔が赤い。
「ううん、ライアスこそいそがしいのにごめんね、わたしもういくから。ミストレイ、じゃあまたね!」
「あぁ……またな」
あっ、またミストレイの鼻先にチュッと軽くキスをした!
「ヤーン……団長はちゃんと共有を切れたのか?」
デニスが心配してたずねると、ヤーンは困ったように首を横にふった。
「いや、それが……切るヒマもなくつぎつぎに感覚が流れこんできたらしく……」
「それは……」
グオオオゥ……ガゥッ⁉
ミストレイが帰っていくネリアをひきとめるようにうなり声をあげると、ドスッとライアスが自分の腹にこぶしを打ちこんだ。









