137.職業体験最終日
ネリアたちが海猫亭で忙しくしていたころ、研究棟でも職業体験が終わりに近づいていた。
朝、研究棟にやってきたレナード・パロウが、カディアンにつめ寄った。
「おいっ、アイリが退学するってどういうことだ!」
「アイリが……退学?」
ぼうぜんと立ち上がったカディアンの顔に、怒りにブチ切れたレナードの拳が炸裂し、竜騎士になるための訓練を受けているはずの第二王子は、受け身もとらずに吹っ飛ばされた。
「レナード⁉」
レナードはカディアンを見下ろし、その向こうにいるユーリもにらみつける。
「なにが婚約者候補だ!さっさとアイリを切り捨てやがって!おまえら王族どもと職業体験なんてやってられるか!」
言い捨てて工房を飛びだそうとした彼を、ガタッと音をさせて椅子から立ち上がったメレッタが一喝する。
「いいかげんにして!」
「どけよメレッタ!アイリは学園を追われて、今どこにいるかもわからないんだ!エンツにも反応がない!」
「落ち着いてよ、レナード。彼女なら私の家にいるわ。騒ぎになってからはエンツをはじいているの。言っとくけど、うちにきてもアイリには会わせないから!」
髪をバッサリ切ったアイリに、メレッタでさえショックを受けたのだ。レナードが見たら大騒ぎするだろう。
「メレッタの家に⁉」
「彼女はどうしてる⁉」
レナードだけでなくカディアンまでがつめ寄ってきて、メレッタはのけぞると顔をしかめた。
「元気よ。夜は私といっしょに寝て、朝ご飯もちゃんと食べてた。昼はネリス師団長がいっしょにいるの。あなたたちより、よっぽど頼りになるわ」
「ネリス師団長が……」
アイリを預けるときにネリアはカーター夫人に、彼女をひとりにしないよう頼んだ。
それだけでなく、昼間はカーター副団長といっしょに彼女を連れだし、グリドルの宣伝に同行させている。
夜に帰ってきたアイリは、楽しそうに海猫亭の話ばかりして、副団長とも打ち解けていた。
ベッドに入ってしばらくは、少し泣いている気配がしたけれど、それも長くは続かず、すぐにスヤスヤと寝息が聞こえてきた。
「ネリス師団長はアイリになにが必要かわかっている。今のアイリに必要なのは時間。それに責任感の強い彼女が思いつめないように、気も配ってくれてる」
「けどアイリが心配だ!それに退学だぞ⁉」
「レナード……あんたって、ほんとバカね!」
「バ、バカ……?」
ぐだぐだ言いつのるレナードに、メレッタはあきれた声をだした。学年首席の秀才は親にも『バカ』なんて言われたことがない。
めんくらう相手に、彼女はまくしたてた。
「いい?アイリは自分で退学を決めたの!カディアンのことはきれいさっぱり忘れて、前に進んでいるのよ!あんたになにができるの?かんしゃくを起こして『職業体験』を放りだしたなんて、アイリが知ったらがっかりするわ!」
「きれいさっぱり忘れて……」
顔をはらしたカディアンが、小さな声でつぶやく。
「アイリが知ったら……がっかりする……」
メレッタの言葉をかみしめて、うつむいたレナードは拳を握りしめる。
「もう職業体験も終わるわ!時間が惜しいの!さっさと作業に取りかかりましょう!」
副団長並みの眼力でふたりをにらみつける彼女に、見守っていたユーリは感心した。
(へぇ……思った以上に、リーダーらしくなったじゃないか)
学園生たちが作業に取りかかると、彼は彼女に話しかけた。
「メレッタ……職業体験はもう終わるけれど、きみは本当に魔術師になるつもり?錬金術師になってライガを完成させる気はない?」
「それね、迷ってます。私、ライガに未練たらたらなんですよぉ。でも父を味方にしたとしても、母をどう説得したらいいか……」
「そうか。けれど、お母さんは職業体験のリーダーをやるのは賛成してくれたよね?あとで相談に乗るから、どうしたらいいか、いっしょに考えてみよう」
そう言ってユーリは、メレッタを安心させるように、にっこりと優しげな笑みを浮かべた。背が高くなったぶん、頼もしさも増している。
(ユーリ先輩……マジかっこいい!あとでぜったい、大人版のフォトも撮らせてもらわなきゃ!)
あとでぜひ、大人版ユーリの『フォト』も撮らせてもらおう!メレッタはそう思った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
最後のライガの試験飛行はメレッタの発案で、『ふわりと飛ぶ』ことにこだわった。
「曲乗りは大好きよ。だけどなんども飛ぶうちに感じたの」
彼女は身ぶり手ぶりも交えて説明する。
「空中に飛びあがって、そうして浮力も重力も感じない……『無』になる瞬間があるの。そのときがね、なんていうんだろう、すべてから解放されて空に自分が溶けていく。とっても自由になるその瞬間がたまらないの!」
メレッタは目を閉じて、その瞬間を思いだすように大きく両腕を広げた。グラコスが彼女の言葉をくり返す。
「浮力も重力も感じない……空に自分が溶けていく……自由になるその瞬間……」
ニックがさっそく風の術式をいじりながら、計算式を書きだした。
「揚力をうまく制御するんだ。やってみよう。俺たちのライガを飛ばすんだ。レナードもカディアンもいいな?」
ひとり足りない……そんな思いを振り切るように、レナードはニックの隣に座る。
「駆動系の動きを滑らかにするんだ。吹く風に抵抗するのではなく、うまく乗れるように」
学園の定期テストでも見せたことがないぐらい、彼は真剣な表情で計算式を書きはじめた。その集中力は高く、勢いよくペンが紙の上を走る。
「ライガに羽はないが、風の術式で仮想の羽を作りだしたらどうだ?それに飛行の補助をさせるんだ」
グラコスのアイディアを採りいれて、どうやら形になってくると、こんどはカディアンが粘った。
「まだだ、きちんと安全性を確認させてくれ。飛行前の点検はいくらしてもしすぎることはない」
ライガの上にかがんで、結合部の術式を確かめるカディアンにレナードがうなずく。
「もちろんだ、カディアン。きみが納得するまでやってくれ」
術式を組み直して再度調整したライガを、全員で研究棟前の広場に運んだ。
途中から研究棟に戻ってきたネリアも加わり、ユーリといっしょにそれを見守った。
「メレッタ、魔力を注いでくれ。『遊び』があるから思いっきりやっても、こないだみたいに急加速して壁に突っんだりしない」
「わかったわ!」
いつも通りライガにまたがったメレッタは、すぐには飛ばずに大きく深呼吸した。
(これが職業体験でやる、最後の試験飛行。しっかりと、そのすべてを味わうわ)
ネリアのライガを見たとき、一生分の夢をつぎこんでもいい、そう思った。
あんなふうに飛べたら!
メレッタは自分のなかに流れる魔素の動きに集中する。
(みんなで作ったライガ……どうか、私の翼になって……!)
空へ……!
そうして彼女のライガは、ふわりと浮かんだ。距離にしてほんの十ムゥぐらい、高度も人の目の高さに届くかどうか。
空を駆けあがることも、縦横無尽に宙返りすることも、ドラゴンを超える速さで風を切ることもなく。
それから、すうっと静かに着地した。メレッタの明るい栗茶の髪がふわっとそよぐていどの静かさだ。
学園生たちが職業体験で作りあげたライガは、たいして飛ばなかった。
だが、この静かできれいな着地は、どう考えても世界でまだ誰もやったことがない、最先端の技術だと誇っていい。
そう、メレッタを《《安全に》》飛ばせたのだ。
息をつめて見守っていたみんなから、歓声とおたけびがあがる。
学園生たちが互いの肩や腕をたたき合うなか、メレッタが満面の笑みでライガを飛び降りると、そのまま飛びつくように全員をハグしてまわった。
「ほんとうに楽しかったわ!ありがとう、レナード!ありがとう、カディアン!ありがとう、ニック!ありがとう、グラコス!」
さすがにユーリに飛びつくのは気恥ずかしく、両手で彼の手を握りしめた。
「ありがとうございます、ユーリ先輩!本当に、本当に最高の職業体験でした!」
「僕のほうこそ……きみたちと過ごした十日間で、僕も学ばせてもらった。みんなでライガを作り上げる体験ができたことは、僕にとっても宝になった」
それからメレッタは、ひとり離れて立つネリアに、ペコリとお辞儀をした。にっこりと笑って手を振り返す彼女を見たとたん、ユーリは胸がいっぱいになる。
(ネリア……きみはわかっていたのか?)
ひとりで作業することに、ユーリは慣れていた。そのほうが集中できて効率もいい。
考えの違う者どうしを組み合わせて、いっしょに作業させたって、うまくいくはずがない。
十日間の職業体験では、彼らにたいしたことはできないだろうと思っていた。
けれど彼らはやってのけた!
なにかを成し遂げるなら、ひとりよりも大勢で取り組んだほうが喜びが大きい。ユーリは初めてそれを知った。
『ユーリの情熱が続くかぎり、やってみたらいいよ』
自分の中にこれほどの情熱が埋まっているとは、ユーリ自身も思ってもみなかった。
それを引きだしたのはネリアであり、今ここにいる学園生たち全員だ。自分が予想以上に感激していることに、ユーリは驚いた。
油断するとなにかがこみ上げてくる。
「みんながたずさわった研究は、これからも続きいつか完成する。きみたちがそれぞれの道を歩む際、この経験が糧となることを期待し……これで錬金術師団の職業体験は終了とする!」
研究棟前の広場に、ひときわ大きな歓声が上がった。
第53話の職業体験説明会の時点では、カディアン以外のメンバーはまったく決まっていませんでした。
『竜騎士団希望の3名』は、カディアンとその取り巻き2名にしようとだけ考えていました。
第56話でカーターに娘がいるという話からメレッタが、カディアンの彼女もいると面白いかなとアイリが、第84話のパロウ魔道具から、御曹司のレナードが生まれました。
一気に登場人物が6人も増えたことで、自分の首を絞めたとは思いましたが、ユーリも含め『それぞれが成長し大人になっていく夏』を意識して職業体験を書きました。
この部分ではネリアよりもユーリの活躍が目立ちますが、これからヒロインらしいところもでてきます。











