136.ミスリルの精錬
改稿により、ここから5章スタートになっています。
魔術師の杖シリーズ、本編のほかに以下のものを掲載しています。
『魔術師の杖 登場人物紹介・詳細設定』https://ncode.syosetu.com/n1381gr/
『魔術師の杖 設定資料・用語集』https://ncode.syosetu.com/n2728gk/
『魔術師の猫 魔術師レオポルドと使い魔の猫』https://ncode.syosetu.com/n5892gp/
工房で『超臨界流体抽出法』をヌーメリアに教えながら防虫剤づくりをしていたら、副団長のクオード・カーターがやってきて、しばらくその様子をじーっと観察した後、「ネリス師団長」と呼びかけてきた。
「なあに?」
「今日も防虫剤づくりをしておるようですが……」
「うん、もうすこしでヌーメリアが『超臨界流体抽出法』をマスターできそうだしね!」
そう返事をしてわたしはヌーメリアとの作業にもどろうとしたけれど、副団長は納得がいかないようだ。
「昨日も防虫剤を作っておりましたが……」
「そうだね!防虫剤大人気なんだよねぇ」
タブレットに成型して薄紙につつんだ防虫剤は、王城の家政部門で大評判となった。かさばらず使いやすい、香りもよく使いおわりがひとめでわかる、衣類の隙間にも差しこめ、まとめて袋にいれてつるせばクローゼット全体の防虫もできる……などなど。
「家でも使いたい!」との声が相次いだものの、薄紙にはしっかりと師団印の刻印があり、勝手には持ちだせない。
王城スタッフからの「ぜひとも販売してほしい!」という声に押されるように、王城内にある売店での販売が決定し……これがもうバカ売れなのである。
いまでは『王城レターセット』や『王城マグカップ』を押さえ、王城みやげのトップを独走している。
「王族のかたがたの上質でデリケートな衣類を保管するのに使われる、最高級の防虫剤ですってよ!なんと『錬金術師』の手作りですって!」
「んまぁ!なんてぜいたくな!……でもお値段はお手頃ですわねっ」
「そうなの!私どもにも手が届くお値段というか……とにかく使ってみてごらんあそばせ!」
……などと言いながら防虫剤を買いこむ『王城見学ツアー』の奥様たちを、わたしも見かけたことがある。乾燥したハーブをサシュにつめてクローゼットにいれるという、これまでのやりかたでも十分だと思うのだけど、目新しさがうけたのかな。
おみやげでもらった人が今度は自分で買いにきたり、おとりよせを頼んできたり……主婦の口コミ効果おそるべし。最近では一般販売をめざし、複数の薬種商が手をあげている。それはまだことわっているけど。
「いやぁ……防虫剤でひと財産築けそうだよねぇ……」
ただ錬金術師団のおもな業務が、防虫剤づくりになってもこまる。
成分の抽出だけやったら、原料だけ提供してタブレットへの成型や乾燥、包装などはまかせてしまってもいいのかもしれない。むしろそのほうが医薬品事業の下準備になるかも……。
でもどこまでそれを進めるべきか……いまはまだ身近に栽培できるハーブを乾燥させて利用するのが一般的で、そのおかげで原料のハーブも手にはいりやすい。
便利だからと師団印の防虫剤ばかり使うようになって、ハーブの育成がおろそかになったりしたら本末転倒だ。
考えこんでいたら、憮然とした表情でクオード・カーターがダンッ!と工房の机をたたき、それに驚いたヌーメリアが「ひぃっ!」と叫び、錬金釜のフタがふっとんだ。あちゃ~。
「師団長がっ……くる日もくる日も防虫剤づくりなどっ!まったくもってなげかわしいっ!」
「ええ?防虫剤づくりをこっちに最初に振ってきたのって……副団長じゃん」
なげかれる筋合いはない。予算獲得のための雑用とはいえ、誠心誠意こちらは真剣に取りくんだのだ。それに防虫剤の材料は手にはいりやすくて値段も安いから、『超臨界流体抽出法』の練習にはもってこいなんだよ~。
けれどもカーター副団長は握りこぶしをフルフルさせながら、眉間にシワを寄せている。
「なにかもっとこう……師団長らしい錬金はないのですか!」
「師団長らしい錬金ねぇ……『ソラ』を創るとかは無理だよ、やろうとも思わないし」
「ぐ……」
ソラは造形もさることながら、動きもなめらかで機敏だ。グレンは人体の構造を相当くわしく研究したにちがいない。でもそれって……解剖学とかそういう分野をきわめたということで。
……わたしには無理!
王城七不思議のひとつに、「『錬金術師団長室』に侵入して生きてでられた者はいない……」というガクブルするような逸話があって、侵入者が本当にいたのかは知らないが、形を保ってでられる者はひとりもいなかった……とかなんとか、まことしやかな噂が……いやああああ!
そんなの想像したら師団長室で夜眠れなくなるよ!グレンならマジでやりそうで怖いし!
「そんなの嘘だよね?ただの噂だよね?」と、涙目になってソラにたしかめたら。
「ネリア様がお気にされるようなことはございません」と、ほほえんでくれたけど……。
そこへ途中から工房にはいってきたオドゥ・イグネルが、のんびりと助け船をだしてくれた。
「まあまあ副団長、まずはネリアにわれわれの『錬金』を見てもらいませんか?僕らが何ができるのかわからないと、ネリアだって計画の立てようがないでしょ?」
オドゥは黒縁眼鏡の奥にある深緑色の目を細め、人のよさそうな笑みを浮かべてわたしに話しかけた。
「副団長と僕とで『ミスリル鉱石』の精錬をやろうと思うけど……ネリアも興味あるでしょ?」
……ミスリル鉱石⁉
「ミスリル鉱石の精錬をするの⁉見る!見たい!」
「なら決まりだね。副団長もそれでいいですか?」
「……よかろう」
オドゥはクオードがさっき拳でたたいた机のうえに、ゴトゴトといくつかの塊をならべていく。
「ミスリル鉱石は、北にあるモリア山の地中深くからしか採れない稀少な鉱石なんだ。こっちが原石で、これが一度精錬をしてできた粗鋼。で、粗鋼からさらに不純物を取りのぞいたミスリル塊。ミスリル塊を使って最後は王城の錬金術師が、仕上げの精錬をおこなうんだよ」
「へえええ!」
ごつごつした原石をとりあげると、ずしりと重くて硬い石のなかにキラキラした点が星のように散っている……この部分がミスリルなのだろうか。
「ネリアは『ミスリル鉱石』を見るのは初めて?喜んでくれてうれしいよ……僕はネリアの『初めて』をたくさんもらいたいからねぇ」
オドゥはにこにことうれしそうに言うけれど、その言いかた……背筋がぞわっとするからやめて!
粗鋼はまだ灰色の石みたいな塊だけれど、ミスリル塊になると『銀よりも輝き、ガラスのように磨ける』という、ミスリル独特のさえざえとした月の光のような輝きをはなっている。市場に流通するのはこのミスリル塊らしい。
「綺麗だねぇ……ミスリル塊……やっぱ高いの?」
「価値的には金の十倍だよね。竜騎士のヨロイにも使われているから、ネリアも見たことあるでしょ?」
あのドラゴンの背でキラッキラに輝いていたのは、コレだったんですか。金の価格ってこちらでも高くて……その十倍ってことは……家が買えるどころの値段じゃない!
あれだけでひと財産あるんだね……。
「ミスリルは魔素との親和性がたかくてね、魔力をおびることもできるし魔力をはじくこともできる。硬度も鋼より上だしね……稀少だけど有用性が高いから、モリア山は王国で管理してる。北にあることもあって、夏のひと月しか採掘が許されていない……ここにあるのは去年採掘した鉱石だよ」
精錬の準備をおえたオドゥとカーター副団長が、錬金釜をはさんで向かいあわせに立つ。
オドゥがミスリル塊を錬金釜にほうりこみ魔法陣を展開すると、やがてミスリル塊がバターのように融けはじめ、銀色の光る液体になった。
そこへさらに副団長が魔法陣を重ねがけし、風や水、火の魔石をほうりこむ。
魔石の種類によってミスリルの表面が泡立ち、さざ波がひろがり渦が巻き……とさまざまな反応をみせていく。









