133.レナードの決断(レナード視点)
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パロウ魔道具の社長ドルス・パロウと、ネリアは『海猫亭』の前でにらみあった。
「『グリドル』の術式だと?ふん、おなじようなものはウチでも作れる!」
「へぇ?いままで作らなかったくせに、開発に何年かけるつもり?」
ニヤリと不敵にわらう女をまえに、ドルスは頭の中でいそがしく計算しはじめた。すでに工房のベテラン魔道具師と、魔道具ギルドで公示されているグリドルの仕様書を参考に、術式の検討をはじめている。まだ術式を読みといている最中だが、おそらく『朝ごはん製造機』よりも単純だ。
「何年もかかるものか!一年……いや半年で十分だ!」
ネリアはさながら悪役令嬢のような高笑いをした。
「ほーほっほっほ!半年ですって⁉おそいわね!三ヵ月で開発できなければ、『世界標準』の座はうちがいただくわ!」
「『世界標準』……だと⁉」
いきなり出てきた壮大な単語に、ドルスだけでなく、まわりにいたやじ馬も目をむいた。
「こちらの造船所はね、輸送船もつくっておられるの!パロウ魔道具が二番煎じを作るあいだに、『グリドル』は世界の海を走るのよ!」
錬金術師団が売るのは術式、使用料さえ払えばだれでも『グリドル』を作ることができる。それなりの技術を持った工房でないと製作は無理だが、逆にいえばどんな離れた場所でも、工房さえあればそこで『グリドル』の製作販売ができる。
そう、要は『グリドル』が周知されるだけでいい。こうやってパロウ魔道具の社長といいあらそうだけでも、格好の宣伝になる。
そう、ネリアはなるたけ騒ぎを大きくしたかった。
「この製品の性能については、三日間調理にたずさわってくださった『海猫亭』の兄弟とお客様が保証してくださるわ!みなさん、鉄板焼きはどうでしたかー?」
「「「美味かったぞー!」」」
ネリアは重ねて問いながら、拳をつきあげた。
「『グリドル』でまた鉄板焼きを食べたいかー?」
「「「おー!」」」
周囲からつきあがる拳とさけびに笑顔でこたえ、ネリアは再度ドルスにヘラをつきつける。
「もちろん『グリドルの販売には絶対かかわらない、ウチは降りる!』と宣言なさるなら、それでもいいわ。さあ、どうするの?」
華奢で小柄な女の子が、貫禄十分で偉そうなオッサンに威勢よくくってかかるなんて、そうあるものではない。『海猫亭』の周囲にいたあんちゃんたちは、にわかに『ネリィ応援団』となった。
「ネリィちゃん、がんばれー!」
「オッサンも鉄板焼き食ってからものいえやー!」
「ぐ……」
ドルスは不利な立場に追いこまれたのが分かった。『買わない』といえば、パロウ魔道具の参入がないと知った工房が、手をだしてくるだろう。
開発費や今後のことを考えれば、『買う』と決断したほうがいいと、社長の勘がうったえる。だがそれこそここで、自分の『負け』を認めるようなものだ。
「それにこれでおわりじゃない……『不可能』を『可能』にするのが錬金術師団……グリドルの販売でえた利益はまたあらたな発明をうむのよ」
娘はそこで、クオード・カーター錬金術師団副団長を前におしだした。
「……⁉」
いきなり前におしだされたクオードはあせる。あせるがそこは副団長……顔にはださずに、仁王立ちのまま無言でドルスとにらみあった。なにか腹に一物ありそうな嫌味な表情は、副団長の得意技だ!
ちなみに……すべてハッタリだ。いまのところネリアが師団長になってからの売りあげは、『防虫剤』と『収納鞄』ぐらいだ。ヌーメリアの研究もヴェリガンの研究もまだ、収益を生みだしていない。
ただ素材を買うだけや、研究棟の維持費にもそれなりにかかるので、ちまちま稼いでは地道に消費している。さすがにドルス社長も、そんなところまで知らない。
(……あの天才錬金術師グレン・ディアレスが開発した『魔導列車』以上のものができるとでもいうのか……⁉)
じつのところ、ネリアはなにも考えてない。
(まぁ、きっとユーリがそのうちなんとかするよね)
……ぐらいしか、思っていない。
騒ぎのなかかけつけたレナードが、あたりをみまわしてアイリの姿を探すと、アイリは真っ青な顔をして大きな紅の瞳を潤ませ、おびえたようすで隅でかたまっている。
(アイリがおびえてる!これじゃ、俺がアイリの足をひっぱっちまう……なんとかしてオヤジをとめないと!)
レナードは必死に人垣をかき分けて前にでた。
「オヤジ!」
「レナード?」
父のまえで、レナードはいきなり両膝と両手を地面につくと、頭を下げ必死にうったえた。
「オヤジ!『グリドル』の術式を購入してくれ!そして俺に『グリドル』を作らせてくれ!俺、魔道具師になる!がんばっている彼女を応援したいんだ!頼む!」
(がんばっている彼女?)
このときレナードは、アイリ・ヒルシュタッフ……真っ青な顔をして大きな紅の瞳を潤ませながら、事態を見守るスターリャのことしか考えていなかった。レナードにとっては、アイリ以外の女は『女』じゃない。それ以外は数に入っていない。
だがドルス・パロウが「がんばっている彼女」といわれてピンときたのは、さっきまで口論していた……赤茶の髪をポニーテールにし、『グリドル』と染めぬかれた奇妙な布切れを羽織った気の強そうな娘だった。
(まさか……!錬金術師団で息子がそのような『出会い』を果たしていたとは……!)
奥手だとばかり思っていた息子に、ついに春が……!思いかえせば二十年前……自分が見習い魔道具師のときも、こうやって妻を射止めるために必死だった。
職業体験に文句をいうとやたらに反発したのは、彼女に会いたいがためだったのか……!
自分に臆することもなく意見をのべてきた元気のいい娘……レナードよりすこし年上のようだが、しっかりしていて息子とともに、今後のパロウ魔道具を盛りたててくれそうだ!
(なんと喜ばしい!これでパロウ魔道具は安泰じゃないか!)
「レナード……でかした!」
「……へ?」
レナードは父が満面の笑みを浮かべたので、とまどった。
「娘さん、いろいろと失礼なことをしてすまなかった。いや、私も年をとり頑固になっていたようだ。レナードときみの将来を、心から祝福したい!もちろん『グリドル』の販売には参加させてもらう。息子が一人前の魔道具師になるのを見守ってくれ」
「もちろんフォローアップはできるだけしますけど……『パロウ魔道具』だけじゃなく、希望する工房にはおなじ使用料で販売します。『グリドル』をヒットさせられるかは、各工房の腕次第ですよ?」
「だそうだぞ、レナード!彼女に認めてもらえるような、一人前の魔道具師にならないとな!」
「あ、ああ……もちろん?」
(どうしたんだ、オヤジ……さっきまで青筋たてて師団長とにらみあっていたくせに、やたら機嫌がいい。むしろ気持ちわるいレベルで浮かれてないか?)
レナードは違和感をいだいたが、そこへアイリが話しかけてきて、すべて忘れてしまった。
「レナードは魔道具師になるのね!私もよ……おたがいがんばりましょうね」
「そうだよ!ふたりで魔道具師をめざそう!王城の奴らを見返してやるんだ!」
「あなたなら立派な魔道具師になれるわ!楽しみね!」
アイリが柔らかく微笑み、レナードは幸せな気分になった。レナードに追いついた工房の魔道具師たちもそこへ加わり、にぎやかに盛りあがる。
「坊ちゃん!パロウ魔道具を継ぐ気になったんですな!」
「わしらが責任をもって坊ちゃんを鍛えますぞ!」
アイリは「魔道具師としてがんばろう」と、クラスメートにエールを送っただけなのだが、レナードの頭のなかではすでに、魔道具師として働く自分のそばでアイリが微笑んでいた。
結果的に、「パロウ魔道具が参入するならウチも……!」と、いくつもの工房が『グリドル』を製作することになった。……ちなみに社長が自分の勘違いに気づくのは、当分先である。
これで学園生達のエピソードは終わりです。
今後もちょこちょこ出てきます。