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129.伝説は加速する

 師団長室でわたしは、王都ゴシップ新聞に『新錬金術師団長のおそるべき恐怖政治!愛娘のいのちをたてに副団長に恭順を強要!』という見出しでかかれた記事をみて、師団長の椅子からころげ落ちそうになった。


 おかしい。


 わたしの『ひどいやつ伝説』が加速している気がするの!


 わたし、なにもしていないのに!


 わたしがやったのって、メレッタに頼まれて曲乗り八回連続でこなしただけだよ?


「ユーリ、おかしいよね!この記事、ひどくない?」


 わたしは五年生たちと一緒に工房にいたユーリに、記事をみせにいった。王妃ゆずりのやさしげで繊細な顔だちをした彼は、心配そうに眉をよせて記事に目をとおし、ため息をついた。


「ほんとうですね……ひどいです。でもウワサなんてすぐきえるものですし、錬金術師団はあやしい集団だと誤解されることもおおいですから……それに明日には『ヒルシュタッフ宰相のおそるべき裏の顔』という記事にかわっていますよ」


 だからきにすることはありません……とにこやかに言いきるユーリの背中にむかい、工房にいたメレッタ以外の生徒は(いや、それの主犯、アンタだよね!)と、つっこみたかったが黙っていた。







 そしてネリア・ネリスの名は、本城の奥にある王族の居住区『奥宮』でも、話題にのぼっていた。


「みなさま、先日はわたくしのワガママでごめんなさいね?」


 リメラ王妃があいさつし、なごやかにはじまった令嬢達とのお茶会で、ネリア・ネリスの名がでたのだ。


「いいえ……わたくしどもこそ、ネリス錬金術師団長と王妃様をおふたりにしてよかったのか……と、みな心配しておりましたの」


「ほんとうに。茶会の最中に押しかけてくるなんて……ほんとうに非常識なかたですこと。ウワサどおりですわ」


 そうではなくてネリア・ネリスがきていると聞いたリメラ王妃が、いてもたってもいられずお茶会を飛びだし、気のすすまないネリアを奥宮まで連れこんだのだが。


 リメラ王妃が「本当にわたくしのワガママなのよ」と困ったようにいっても、みな「分かっております」とわけしり顔にほほえんだ。


「ウワサって?」


「魔術師団長のレオポルド様のところに何度もどなりこんでいるそうですわ……それも窓から!」


 何度もではない、怒鳴りこんだのはたった一回だ。窓から入ったのは二回だが。窓から出たのはさらにすくなく、一回だけという行儀のよさだ。だが令嬢たちは『窓』という言葉のほうに反応した。


「窓……ですって⁉」


「レオポルド様のお部屋は最上階ですわよ⁉」


「しかも窓からの出入りを禁止したら、魔術師団の技術の粋をあつめた、魔法結界を腹いせにたたきこわしたのですって!」


 腹いせではなく、転移魔法をおぼえたのがうれしくて……と説明したとして、魔術学園の初年度でならう基礎中の基礎の転移魔法を、錬金術師団長がそれまで使えなかったなんて、だれが信じるだろうか。


「なんですって!そんな危険なかた……いくら魔力があるといっても野放しにしていてよいのですか⁉」


「まって!王妃様も陛下も苦渋のご決断なのよ……だって錬金術師団の研究棟には……わが国の第一王子が……なんておいたわしいのっ!」


 まさか、人質同然に『研究棟』に閉じこめられている呪われし第一王子が、羽をのばしてゴキゲンに過ごしている……なんてだれも思うまい。


 ネリア・ネリスは竜王神事で、わがエクグラシアの第一王子に自分のうしろを歩かせた。ちなみに、グレンとの『契約』が完了したことは、まだ公にされていない。


「ごぞんじ?先代のグレン・ディアレス師団長から『師団長の座をひきついだ』といいはって、抵抗する師団員たちを火あぶりにしたそうよ」


「なんておそろしい!」


 火あぶりにしたのはレオポルドの魔法で、しかも師団員()()ではなく、ネリアは逃げおくれたヌーメリアを守るために防御魔法をはっていたのだが。


「ほかにもネリア・ネリスの師団長就任に反対した師団員を、貧血をおこして倒れるまで働かせたり、錬金釜にまるごといれたりしたそうよ!」


 貧血をおこしたのは、ヴェリガンが不摂生だったからで、『錬金釜にまるごと入れる』は、あくまで体脂肪率の測定法を模索しているときにつぶやいただけで、実際にはやっていない。


「わたくし新聞でみましたの!愛娘を人質にとって、ずっとグレン老につき従ってきた副団長に恭順をせまったそうよ!副団長はいままでやっていた仕事をおわれたらしいわ!」


 それはネリアが今朝、椅子からころげ落ちそうになった原因の記事だが……最近の副団長はたしかに、毎朝朝食をつくるために、いままでやっていた残業をきりあげて帰るようになったので、やらなくなった仕事もある。


「わたくし、おそろしい話を聞きましたの!」


 まだあるのか。


「ネリア・ネリスという方……魔術学園もでていない、エセ錬金術師なのですって!しかも、それを指摘したダルビス学園長を、ヴェルヤンシャ山中の木のてっぺんからつるしたそうよ!」


「んまぁ!あんなたかい山に⁉」


「神聖なる学府への冒涜ですわ!」


 真実とはだいぶちがう。だいぶちがうが、なぜかおおむねあっている。だがそれも、ネリアは魔力測定の魔法陣にのっただけで、ダルビス学園長を木につるしたのは、どこからともなく吹いた風だ。一緒にカーター副団長もつるされたのだが、それはまだ知られていないようだ。


 ネリア・ネリスの『ひどいやつ伝説』は、こうやって加速していく。


「サリナ様も、レオポルド様がおいそがしくなられて、おさびしいでしょう?」


 話をふられたサリナは、おっとりとほほえみ小首をかしげた。


「レオポルド兄様はネリス師団長のことはなにもおっしゃらないけれど、お会いできないのはさびしく思いますわ」


「ご婚約の発表は、やはり今年の冬ですの?」


「まぁ!みなさま誤解です……レオポルド兄様はおいそがしくてお相手をさがす時間がないだけですもの……それに、わたくしではまだまだ淑女としての勉強がたりませんわ。兄様にはいつも『おてんば』といわれますの」


 サリナが目をふせると、長いまつ毛がエメラルドのような濃い緑の瞳に影をさし、ちいさくため息をこぼすさまさえ、みほれるほどに愛らしい。レオポルドと二人ならべば、どれほど絵になるだろうか。


「まぁ!仲がよろしくていらっしゃること!うらやましいですわ」


「ほんとうですのよ?」


 サリナがそういっても、ほかの令嬢たちはみな「分かっております」とわけしり顔にほほえんだ。


 学園を卒業したサリナにもちこまれる縁談を、アルバーン公爵がレオポルドをたてに片っぱしから断っているのは有名だったからだ。







「あまり実のないお茶会だったわね……」


 お茶会が終わり、着替えをすませ自分の執務室にもどったリメラ王妃は、ひと息ついた。


 ウワサに聞くネリア・ネリスと、じっさいの本人は、ずいぶんとかけ離れているようにおもえる。おそらく彼女がいつもつけているグレンの仮面も、ウワサを助長しているのだろう。


 だが、ネリア・ネリスの素顔を見たリメラ王妃はまた、べつの意味でとまどいを隠せない。


 ふわふわとした赤茶色のくせっ毛にふちどられた顔は、きれいというよりも可愛いらしい顔立ちだった。化粧などまったくしていない自然な素肌は健康的で頬もふっくらしており、唇は赤く紅をさしていないのにふるりと柔らかそうで、濃い黄緑色の大きな瞳は煌めいている。


 きゃしゃな骨格で年齢よりもあどけなく、妖精のようなつかみどころのない雰囲気……それでいてはかなげな横顔は知性をかんじさせる。ネリア・ネリス本人は、まったくもって『錬金術師団長』のイメージからはほど遠い人物だった。それにあの容姿……彼女の『真実』はいったいどこにあるのか……。


 リメラ王妃は自分の補佐官に声をかけた。


「魔道具ギルド長アイシャ・リベロをよんでちょうだい……内密にね」

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