127.『海猫亭』2日目(ライアス視点)
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翌日の昼ごろ、王都六番街の船着場に団員たちと検分にきていた、竜騎士団長ライアス・ゴールディホーンは疲れていた。
結局、ヒルシュタッフ宰相の更迭騒ぎや、サルジアの工作部隊の残党狩りがおわっても、後処理でいそがしくネリアとは話せずじまいだ。
しかもあの騒ぎの最中、体が小さかったときは気にならなかったのに、大人の体格になったユーティリスが、ネリアと仲がよさそうだったのが気になる。
シャングリラの上空で、ライガの後部座席におさまったユーティリスは、ネリアの体に腕をまわし彼女の耳元でささやき、ネリアもそれに笑顔でかえしていた。
こちらの視線にきづいたのか、ユーティリスがその体勢のまま、ちらりと目線を自分にむけたのが……なんだか、ものすごく気になる!
いやいや女々しいぞ、ライアス・ゴールディホーン!疲れているんだ!疲れているだけだ!……そういえば腹も減っている……マイナス思考になるのはそのせいだ!
そばにいた竜騎士のレインが、ライアスに声をかける。
「団長、だいじょうぶか?少しボーッとしているんじゃないか?」
「そうか?すまない、だいじょうぶだ……腹がすいたな」
そう答えたとき、若い団員たちのひとり、ベンジャミンが声をかけてきた。
「団長!昼飯まだですよね?ちょっと『海猫亭』に寄っていきませんか?」
「『海猫亭』か?たしかにここからすぐそこだが……この人数では、はいれないだろう」
「いや、それがいいテイクアウトがあるんですよ!昨日ためしに食べてみたら激ウマで!」
「おまえ、そんなこといって、スターリャちゃんに会いたいんだろう?かわいかったもんなぁ……」
「俺はネリィちゃんだな!ハキハキしているのに、さりげない気遣いが優しくってさぁ!」
聞けばいま『海猫亭』で、スターリャとネリィという、ふたりの看板娘が働いているらしい。あそこの子は兄弟ふたりだけだから、嫁をもらったか新しくやとったか……。
話をしているうちに、皆なんとなく『海猫亭』へいく気分になってきたようだ。気分転換になるかと、ライアスも同意する。
「じゃあ、『海猫亭』に寄っていくか」
「やったあ!」
笑顔の団員たちのうしろについて『海猫亭』にむかうと、店のまえは盛況で黒山のひとだかりだ。そのなかから元気な声が聞こえてきた。
「ありがとうございましたぁ!」
俺の耳はおかしくなったのか……?ライアスはそう思った。こんな街中でネリアの声が聞こえるはずもない。彼女はいま研究棟にいるはず……。団員たちのひとり、ベンジャミンがひとだかりに分けいって声をかける。
「ネリィちゃん!こんちは!」
「あら、いらっしゃい!きょうも買いにきてくれたの?ありがとう!」
赤茶色のふわふわとした髪をポニーテールにして、『グリドル』と染めぬいた謎の布きれを羽織った女性がふりむいた。その顔は……ライアスは、幻を見ているのかとおもった。
「きょうはね、うちの団長つれてきたよ~有名人だよ!ライアス・ゴールディホーン!イケメンだろ?」
ネリアは一瞬目をみひらいてライアスの顔をみて、それからすぐににっこりと笑った。
「ふふっ、ホントね!きょうは団長さんも買ってくれるのかしら?」
「ネ、ネリ……」
「『ネリィ』です!よろしくね!こっちは『スターリャ』……団長さんもごひいきに!」
みればこのあいだ保護した令嬢が、はずかしそうに会釈をする。
なにをやっているのだ⁉︎……といいたい。
きみは錬金術師団長だろう!……と叫びたい。
竜騎士団長ライアス・ゴールディホーンは、ぼうぜんと立ちつくした。
レインもライアスの横であんぐりと口をあけたが、錬金術師団長の顔を知らないベンジャミンは積極的だ。
「ネリィちゃん!俺さぁ、今度遠征に出なきゃならないんだ……ここって帰るまでやってないだろ?遠征からもどったら絶対連絡するから!『エンツ』先交換しよ?」
「ええ~いきなりだなぁ」
ちょっとまて、なんでおまえが口説いてる!帰ったら訓練だ!即訓練だ!ミストレイと一緒に性根をたたき直してやる!
ライアスが公私混同しそうになったちょうどそのとき、店の奥から女将さんが顔をだした。
「あら、ライアス!彼女のようすでも見にきたのかい?おかげさまで大盛況だよ!」
「彼女ぉ⁉︎」
ベンジャミンが叫び、ネリア自身も首をかしげたが、すぐに思いだした。
(彼女?あぁ、そういう『設定』だったっけ……)
「ネ、ネリィちゃん、ホント?団長の彼女って……」
青ざめた顔でベンジャミンが聞いてきたが、ネリアにも今の『設定』がどうなっているのかわからない。
とりあえず笑ってごまかすことにする。
「さぁ……ふふふっ」
ふふふ……じゃない、うかうかしている場合じゃない。王城内で仮面をつけているといっても、王都内で素顔をさらしているのでは、シャングリラ中の男たち全員が、ライアスのライバルといっても過言ではない。
ライアスはオドゥに釘を刺されていたことも、すっかり忘れた。
「ネリィ!遠征の出発前に『レイバート』の店で食事をしたいのだが、いいだろうか?」
「えっ!」
「まぁ!」
ネリィはおどろき、スターリャは目を輝かせた。
スターリャの目の前で、いきなり乙女のあこがれ、キラキラ恋愛劇場がはじまったのだ。太陽のように輝かしい竜騎士団長が、町娘を食事にさそう……こんなに積極的な竜騎士団長は、だれもが初めてみる。スターリャもだが、みな固唾をのんでみまもった。
当のネリィだけが微妙な表情だ。
「ええと……」
ライアスのことはきらいではない。タクラ料理が名物という『レイバート』もおいしい店なのだろう。だが『レイバート』と聞いて、ネリアはニーナが作ったあの、紐に布切れがぶら下がっているようなドレスを思いだしていた。
(あれ、を着るのはちょっと……)
そのためどうしても、消極的な返事になった。
「その、ライアスも忙しそうだし、いまじゃなくても……遠征から戻ってきてからでも……いいんじゃ、ないかな?」
ネリィのやんわりとした断り文句に、ライアスは雷にでも打たれたように固まり、まわりの荒くれたちがひそひそとささやく。
「ライアス・ゴールディホーンをソデにしたぞ……すげぇな、ネリィちゃん……」
「やっぱ俺たちの女神は違うよな……」
いつ、ネリアがお前たちの女神になったのだ……荒くれたちのそんなささやきすらも、ライアスを奈落の底につきおとした。
「ダ、ダメだろうか……」
ライアスの絶望にうちひしがれたような顔をみて、ネリアはあせった。
(えっ?ライアスがそんなにガッカリするなんて……あそこのお食事券、有効期限でもあるの⁉︎高そうなお店だったし、食べられないのがそんなに悲しいなんて……)
そこへみかねた女将さんが、ライアスの援護射撃をする。
「いっておやりよ……竜騎士たちは遠征前に恋人や家族とすごす時間をとるんだ……彼女と食事したいなんて、かわいいじゃないか団長も」
(ええっ?ここはまだ『彼女』モードでいくとこ?)
ネリアがまわりを見まわすと、他の竜騎士たちも衝撃を受けたような顔でかたまっているし、アイリも紅色の瞳をうるませて事態を見守っている。ここで断れば、ライアスに恥をかかせてしまうのは間違いない。
ドレスが着たくないからという理由ぐらいで、ライアスが楽しみにしていた食事をさせないのはもうしわけない。ここはわたしがひと肌脱げばいいのよ!ネリアはそう思った。
「わかった……じゃあ、遠征前にね」
そのとたん、雲の隙間からパアッと晴れ間がさしたように、ライアスが笑顔になった。
「ほんとうか、ネリィ!ありがとう!」
「う、うん……」
やっぱりネリアは微妙な表情のままだ。ちっともうれしそうではない。
『それってネリアは困るんじゃないかなぁ』
喜びも一瞬で、ライアスはオドゥの言葉を思いだし、また不安になった。
「よかった……マジよかった……ひやひやしたわ」と、レインは胸をなでおろした。
がっかりしているベンジャミンには悪いが、ネリアに断られたときの団長の気分と、それがミストレイへあたえる影響について、本気で心配したのだ。
ネリアをナンパ(?)した若い団員には、ようやく『ベンジャミン』と名前がつきました。
本文も名前をいれるため一部書きなおしました。
曇り時々晴れ様、お寄せいただきありがとうございました!












