117.パロウ魔道具の妨害
恋愛物ではあるのですが、この話は20歳の女の子が初めて都会に出て来て頑張る話でもあります。
実際に都会に出てきたら、さあ恋愛!と浮かれるよりは、まずは自分の足場を固めようと仕事を頑張るんじゃないか……と思いました。
それは突然の『エンツ』からはじまった。
ビルのおぃちゃん、ことビル・クリントからの『エンツ』によると、パロウ魔道具にグリドルの情報がもれ、プレートの製作を依頼しようとしていた工房が、すべて依頼をことわってきたらしい。
「でも、使用目的はふせて工房に試作させましたよね?」
「魔道具ギルドにこまかい仕様書とかは提出してあるから、権利は保護してあっても、その気になって調べれば情報はつかめるはずだけど……それにしてもはやいね」
そんな話をユーリとしていたら、それを青い顔をして聞いていたレナード・パロウが、突然叫ぶように大声をだすと、くずれおちた。
「俺のせいだ!俺が家でオヤジとケンカしたときに、『錬金術師団ではこんなものを作っている』って……グリドルのことを……!すみません!」
「レナード……どんなことを言ったの?」
「パロウ魔道具を継ぐ、継がないの話になって……オヤジにむかって『朝ごはん製造機』なんて時代おくれだって……それでグリドルのことをつい……」
あちゃー、社長に火をつけちゃったかぁ……。
わたしは、ビルのおぃちゃんに『エンツ』をおくった。
「ビル、どうやらこっちからもれたみたい……対応策を検討してから、そっちに顔をだすね」
レナードの話をくわしく聞くと、レナードがグリドルの話をしたとたん、パロウ魔道具の社長が顔色をかえ、グリドルについてあれこれ聞きだしたあげく、工房を飛びだしていったらしい。
「オヤジが飛びだしていってようやく俺、マズイこと言った……って気がついたんですけど……オヤジのやつ、家族むけの新製品を発売したばっかでピリピリしていて……」
ユーリが困ったように眉を下げた。
「どうしますか?錬金術師団にケンカを売るとは、いい度胸ですね……」
「……そうじゃなきゃ、たたきあげの社長なんてやっていられないでしょ」
こっちはケンカをする気はないんだけどなぁ……むこうからしたら、そうもいっていられないのかも。オドゥは眼鏡のブリッジに手をあてて、こちらにむかって安心させるようにほほえむと、物騒なことをいう。
「いっそのこと……パロウ魔道具、つぶしちゃおうか?」
「つぶさなくていいから!そういう権力の濫用きらいだから!」
「ネリアは優しいなぁ……けれど、職業体験のなかで錬金術師団で知りえた情報を、家族とはいえ安易にもらしたレナードにも責任はあるよ?」
オドゥはブリッジに指をかけたまま、ちらりとレナードを見おろす。レナードはうなだれたまま、拳をにぎりしめてぶるぶる震えている。
(家族とはいえ安易に……)
アイリもオドゥの言葉にギクリとした。父に一日のできごとを報告するのは、アイリの日課だったからだ。
(……だいじょうぶよ、宰相であるお父様なら、錬金術師団の情報を外にもらしたりしないわ……)
父が錬金術師団の、それもユーティリス殿下の情報を知りたがるのは、宰相たる父ならではの先回りして物事をかんがえる癖からきているのだろう……そうおもったが、いいようのない胸騒ぎがする。
しかも父は、ユーティリス殿下だけでなく、ネリス師団長のことも気にしだした。謎のおおい人物だから気になるのかもしれないが……昨夜は「師団長はカラスの使い魔をもっているか?」ときかれた。
アイリは「わからない」と返し、ネリス師団長に聞いてみるかたずねたら、父はあわてて「それにはおよばない」と返した。父はどうして使い魔のことなど知りたがったのだろう。
ユーリが難しい顔をしたまま、ため息をついた。
「でも、プレートをつくる工房のアテがなくなったのは、致命的ですよ……製品をつくることができないんですから。かといって錬金術師団でグリドルをイチからつくる余裕はないです」
「そうだね……」
オドゥはどちらかというと、たのしそうだ。
「どうする?……やっぱパロウ魔道具、つぶしちゃう?」
「オドゥ、つぶさなくていいから……」
わたしは返事をしながら頭がいたくなったが、オドゥはわたしが眉間にシワを寄せたのを、べつの意味に解釈したみたいだ。
「そんなに心配しなくても……証拠とかのこさずできるよ?」
「ぜったい、ダメ!」
オドゥは眼鏡のブリッジを指で押さえながら、人のよさそうな笑みを浮かべた。
「ネリアはやさしいなぁ」
「やさしいとか、そういうんじゃなくて……パロウ魔道具にだって働いている人がたくさんいるんだよ?安易につぶすとかいっちゃダメ!」
「じゃあネリアには、なにか考えがあるの?」
「……いま考えてる……ソラ、とりあえずプレートの製品テストの結果を。それからコーヒー淹れてきて」
「かしこまりました。こちらが結果になります」
わたしはソラに差しだされた製品テストの結果を、ざっとながめる。
ほんとうは、この結果をもとに工房をしぼりこみ、さらに試作をかさねるつもりだった。けれど一回目の試作のみで開発は中断してしまった……ということになる。
わたしの手元にあるのは数枚のプレートと、その製品テストの結果だけ。
パロウ魔道具はグリドルの情報をつかんだ。けれど、魔道具ギルドで権利保護の手続きはすでにとってあるから、こちらのアイディアをそっくり真似することはできない。
ただ、今後オリジナルで術式を開発してにたような商品をだしてくる可能性はある。
時間稼ぎのためにも、こちらの製作をストップさせたのだろうか。
むこうの製品開発にどれくらいの時間がかかるのかはわからないが、腕のいい魔道具師を何人も抱えているだろうから、それほど時間はかからないかもしれない。
どうする?
わざわざわたし達がグリドルを作らなくても、むこうが開発してくれるのなら、まかせてしまう?
いまなら損失は、試作品をつくるのにかかった費用だけだ。順調にいったとしても、これから原価計算をして販売価格を決定したり、市場規模をリサーチして、生産数を決定したり……やることは山積みだ。
商売だって、錬金術師団はど素人だ。売りこみかたすらわからない。
グリドルづくりなんて……錬金術師団がやる本来の業務じゃない。いっそのこと権利もろもろ全部ひっくるめて、パロウ魔道具に買いとってもらったら?それでおたがいウィンウィンじゃない?
けれど、それだとわたし達はよくても……レナードの気持ちはどうなるんだろう。パロウ魔道具の社長である父親との溝が、ますます深まるとしたら……それはよくない。
レナードはまだ立ちあがれず、震えながら言葉をつむいだ……。
「オヤジがいったんだ……新製品の発売でくそいそがしいときに、職業体験なんて『お遊び』やめちまえって……俺だって錬金術師に本気でなるつもりはなかったけどっ!ライガの改良にはこれ以上ないってぐらい真剣に取りくんでて、それなのに否定されてくやしくてっ!錬金術師団はライガだけじゃない、グリドルだって開発してる……って、つい……ほんとうに、すみません!」
レナードひれ伏しちゃったけど……カーター副団長といいレナードといい、師団長室でなんでひれ伏すかなぁ……。
「レナード、とりあえず立って。みんなもいい?パロウ魔道具から妨害がはいった……つまり、むこうの社長はグリドルを認めたってことよ。社長のお墨つきをもらったとおもえばいいわ」
わたしは宣言した。
「製品テストを続行します……場所をかえてね!」












