114.霊廟にて
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夕方、学生たちが帰ったあとの『研究棟』は、いつもの静けさをとりもどした。
自分の研究室にもどろうとしたユーリが研究棟のいりぐちに目をやると、太陽の光のような黄金の髪に、晴れわたる夏の空のような青い瞳をもつ背のたかい美丈夫、竜騎士団長ライアス・ゴールディホーンがちょうどやってくるところだった。
「ライアス」
「ユーティリス、ネリアはいるか?」
どこまでもさわやかな笑顔で、ライアスはユーリにはなしかけてきた。ユーリは師団長室の扉をあける。
「ネリアなら師団長室に……あれ?いませんね……」
ライアスも師団長室をみまわし、ソラにもたしかめたが、ネリアは師団長室にも居住区にもどこにもいなかった。
「転移……か?ユーティリス、王城の魔法防壁はどうなっている?」
「とっくに対応ずみです……魔術師団の二の舞はごめんですからね」
ネリアに防壁を壊されるぐらいなら、最初からネリアの名も登録して自由に通れるようにしておいたほうがいい。だが王城よりも王都はもっとひろい。
「そうか……それじゃ、どこにでかけたかもわからないな……」
こまったように眉を下げたライアスの顔を見あげて、ユーリが問いかける。
「ネリアになにか用ですか?」
『ネリアを食事に誘う』などと、いえるわけもない。
「いや、だいじょうぶだ……またでなおす」
帰っていくライアスのうしろ姿を、ユーリはその赤い瞳でじっとみつめていた。
わたしは見覚えのない、窓もなく薄暗いひんやりとした部屋にいた。そして目のまえにはもうひとりの人物。
たしかさっきまで師団長室でぼんやりと、きょうのできごとをあれこれと考えていたはずだ。グリドルの製品テストの結果とか、レオポルドのただならぬ様子とか、職業体験とか……。
いろいろなことが起こるなぁ……こんなとき、グレンならどうするだろう?……とかそんなことを考えて。
(グレンに会って話がしたいな……)
そう思ったのがいけなかったらしい。
転移魔法陣がいきなり発動し、つぎの瞬間には目のまえにレオポルドがいた。黄昏時の空をおもわせる薄紫の瞳だから、まちがいない。こんな色の瞳は彼以外にみたことがない。
だけど、なんで?
そう思ったのは、むこうも同じだったらしい。目をまるくして問いかけてきた。
「お前……まさか、また私に会いにきたのか?」
「へっ⁉︎レオポルド⁉︎頭痛がして帰ったんじゃなかったの?」
「頭痛はだいじょうぶだが、なぜここに……いや、お前みたいな世の理を超えてくるようなやつに聞いてもムダか……」
「……『非常識な』をたいへん柔らかい言いかたに変えていただきまして、ありがとうございます……」
部屋をみまわせば部屋ぜんたいはうす暗いものの、壁には魔導ランプの光がともっている。部屋の奥に竜王の像が翼をひろげて守るように上にのった、たくさんの小さな扉がついた黒いタンスのようなものが置いてあった。
「ええと……ここは、どこ……?」
「……ここは、アルバーン家の霊廟だ」
「霊廟……お墓みたいなもの?」
「……塚のことか?死ぬと魔石しか残らない我々には、それはない。魔石の保管場所として、このような霊廟が各家にしつらえてある」
レオポルドが奥の黒いタンスを指し示した。どうやら、あれに魔石を保管するらしい。
「そうなんだ……レオポルドはお参り中だったってこと?……わたし、邪魔しちゃったよね」
レオポルドは、黒い魔術師団のローブはぬぎ、私服らしいシンプルな青いシャツに黒いズボンをあわせていた。
「べつに……ひとりで考えたいことがあっただけだ。なにかしていたわけではない」
そういってレオポルドは手に持っていた紫の包みに視線を落とした。
「……こんなところで、考えごと?研究棟で暮らしていたときのこと?」
思いきって聞いてみると、レオポルドはかぶりをふった。
「いいや……ハッキリ思いだそうとすると、かえって輪郭がおぼろげになる……」
魔石は骨ではないとはいえ、亡くなったひとの一部なわけで……いくら静かだとはいえ、こんなところ……考えごとにむいているだろうか。そう思っていたら、レオポルドのほうも眉をひそめた。
「お前はここにくるのは初めてだろう……よっぽど私に会いたかったのか?本のことでなにかききたいことでも?」
それがわたしにも全然わからない。なぜレオポルドのところに転移したんだろう。転移って、場所じゃなくて人にひきよせられることもあるのかしら。
「ううん……本のお礼もいいたかったし、頭痛ときいて心配ではあったけど。レオポルドのことを考えていたんじゃなくて……その、グレンに会いたいなっておもってて」
レオポルドがおどろいた顔をした。
「もしかして、お前がひきよせられたのは……これか?」
そういうとレオポルドは、手にもっていた光沢のある紫色をした柔らかい布のつつみをとく。そのなかには青味がかった鈍い銀色の光をはなつ、グレンの魔石がつつまれていた。
レオポルド、グレンの魔石をもっていたの?……まさかそれで⁉︎
「魔石にひきよせられるとは……お前はよほどグレンとつながりがあるようだな……」
「グレンの魔石もふだんはここに?」
そうたずねると、レオポルドは首を横にふった。
「グレンの魔石はここにおさめることを許されていない……あいつはアルバーン家の人間ではない。そんなことをしたら、いまは魔石になっている先代のアルバーン公が怒りくるうだろう……」
レオポルドは、手のうえにあるグレンの魔石をじっと見おろす。
「本来なら、夫婦であれば魔石はともに添わせるように保管する。昼間思いだした私の記憶が幻でなければ……二人の魔石を添わせてやってもいいか……とおもったのだが」
彼は竜王の像にまもられた、黒い保管庫に目をむけた。
「だが、母の……レイメリアの魔石はここになかった」
「レオポルドのお母さんの?」
「ああ。帰宅し叔父のアルバーン公にたずねたら、レイメリアの魔石はグレンがもっている、と。お前はそのゆくえを知っているか?」
わたしの心臓が、ドクンとはねた。かろうじて冷静さをよそおって聞きかえす。
「レイメリア……の、魔石?」
「そうだ。レイメリア・アルバーンの遺した魔石だ。グレンはどうしても彼女の魔石を祖父にわたそうとせず、腹をたてた祖父はかわりに私をアルバーン領に連れかえったらしい。私は魔石のかわりだったというわけだ……」
レオポルドは皮肉げにくちびるをゆがませた。この綺麗な顔をゆがませるなんて……レオポルドの祖父という人は、どんなひとだったんだろう……。
それにしてもいつも無口なレオポルドがふだんよりも饒舌だ。よほどショックだったんだろうか。
「それらしいものを見かけた覚えはないか?あいつのことだからなにかに使ってしまったかもしれないが」
わたしは、嘘をついた。
「覚えはないけれど……こんどデーダスの家を探してみようか?」
「……たのむ」
そのとき、霊廟の扉のそとに複数の人の気配がした。
「サリナ様……レオポルド様はだれも近寄るなと……」
「だいじょうぶよ……レオ兄様はわたくしのおねがいならきいてくださるもの!……レオ兄様、いらっしゃるでしょう?」
コンコンと、かるく扉をたたく音がする。
サリナ……サリナ・アルバーン⁉︎
ぎくりと身をこわばらせたわたしをちらりと横目でみてから、レオポルドは返事をした。
「サリナか……どうした?」
「せっかく早くに帰宅されたのですもの、夕食をご一緒しませんか?わたくし、レオ兄様とお話ししたいわ」
「……わかった……いまいく」
扉のむこうからサリナの明るくはずんだ声が聞こえる。
「うれしい!じゃあ待っていますわね!お前たち……お兄様のぶんの準備もおねがいね!」
扉のむこうから人の気配は遠ざかり、レオポルドはわたしを……ふりむいた。
「お前は、もう帰れ。それと……『塔』の魔法結界も越えることができたお前に、おそらく行けない場所はないだろうが……むやみに転移をするな。この転移も、アルバーン家の者にみつかれば問題になるぞ」
「うん……気をつける……」
レオポルドがわたしの顔をみて、ふっと笑った。
「お前はほんとうに……『風』のようなやつだな。自由自在に、きままに……どこにでもいける」
師団長室にもどると、ソラがライアスの来訪を教えてくれたけれど、なんだかもう『エンツ』を送って彼に連絡をとる気にはなれなかった。
ネリアはレイバートの店の事はすっかり忘れています。












