109.中庭で鉄板焼きを
よろしくお願いします。
本日、中庭での昼食はなんとエクグラシア初の『鉄板焼き』だ!
魔道具ギルドで、グリドルのために頼んでいたプレートの試作品ができあがったので、そのテストも兼ねている。オドゥが眼鏡のブリッジに指をかけながら、興味深そうにのぞきこんでいた。
「金属板を熱して、そのうえで食材を焼くのかぁ……地方で『溶岩焼き』はみたことがあるけどねぇ」
グリドルは、家庭用のちいさめサイズも頼んだけれど、魔道具ギルドのおいちゃん、ビルの意見もとりいれて、テーブルひとつぶんくらいの大きさで業務用サイズもつくった。
用意した食材は、野菜に肉にシーフード……そしてソバだ!焼きソバだよ、おっかさん!
「さぁ!焼いて焼いて……焼きまくるわよぉ!」
「なんで俺までこんなこと……」
ソラに鍛えられたおかげか、いい手つきで肉をスライスしながら、グラコスがブツブツいうのを、ユーリが聞きとがめた。
「グラコス、きみは竜騎士団志望だろう?竜騎士たちは遠征先でしとめた魔獣をさばき、自分たちで調理する。体術の訓練もいいが、料理の訓練もしておかないと、ひどい食事をたべるハメになるぞ?」
「そうなんですか⁉」
おどろいて聞きかえすグラコスに、ユーリはうなずいて説明した。
「遠征時の食料は、基本的に現地調達だから……血ぬきや解体の技術もだが、毒ぬきや寄生虫の知識もないと、自分たちでつくった食事で体をこわすよ」
「ああ、調理技術って必須の心得らしいねぇ……ライアスも魚はきちんとさばけるし、料理は得意だよ。まぁ、男の料理ってかんじだけど」
オドゥもそれにうなずいた。遠征でたべる肉は、家畜のそれじゃない……ちゃんと下処理をしてきちんと火をとおさないと、体調をくずしかねない……頑健な肉体を維持するためには食事が基本だ。しかもその毎日の食事がおいしいにこしたことはない……だいじなことなのだろう。
「ふぅん、それなら錬金術師団での職業体験も役にたちそうだね!」
わたしがそういうと、グラコスとニックががぜん真剣な表情で肉をきりはじめた。真剣なのはいいけど、それはそれで顔つきがなんかこわい。
ウブルグがみなの様子をながめつつ、ほむほむとうなずいてあごをなでた。
「リンガランジャという魔鳥の肉は、炙るとうまいぞぃ……濃厚にしてクセがなく、かむほどにじわりと味がしみだして……酒にもよく合う……」
味をおもいだしたのか、舌なめずりまでしている。
「へぇ……魔獣グルメも奥が深そうだね!」
中庭を使って魔獣グルメパーティーとかも楽しそうだ……研究棟でなにやってんだ!……といわれそうだけれど、これも素材研究のひとつとおもえば、オールセーフ!だって、わたしが師団長だもん!
肉も味噌漬けにしたり、塩麹に漬けたりしても味がかわるし、いろいろな食材の組みあわせをためすのも楽しそう!そう考えると、わくわくするなぁ……。
そして、食材とはべつに準備したのは、『焼き肉のたれ』と『ソース』だ。材料自体は割とざっくばらんに市場に売っている果物や野菜などを、錬金釜にぶっこんで煮つめたものだ。圧力釜がわりに錬金釜をつかうのはわたしぐらいのものだろう。
それにヴェリガンと相談して取りよせた、数種のスパイスも加えてある。そう、なんといっても料理はひと手間と『おいしくな~れ』という愛情!
時短料理も便利だが、おいしいものを食べたいと思ったら、手間を惜しんではいけない!
そしてわたしの横で、これまた粘着質な目つきでメモをとっているのは、さいきん料理にめざめたカーター副団長だ。副団長には、グリドルの製品化第一号をプレゼントする約束になっている。ぜひとも料理のレパートリーを増やしていただきたい!
「料理も化学だからね!浸透圧の理屈をしってれば、味つけにもいかせるよー」
わたしはグラコスとニックがスライスした肉を、たれにつけていく。
「浸透圧ですな……ふむふむ」
「それにカラメルは砂糖の脱水重合による高分子体だからねーなんだかんだで醤油にもつかう技術なんだよねー」
「カ、カラメルが⁉師団長、そこのところをもっとくわしくっ!」
「あとでねー」
いまのわたしは、ちょいといそがしい。
さぁて、タレは焼いてからからめる派ですか?それともからめてから焼く派ですか?
わたしは横目でちらりと、カディアンとアイリをながめる。このカップルはならんで座っているのに、お互いにろくに目もあわさず、会話をすることもない……わたしたちに遠慮しているのかなんなのか……『婚約者候補』ってつきあっているのとはちがうのかな……。
レナードのほうがよっぽどアイリに話しかけている。
それにアイリ……とびっきりの美少女なのに、笑顔がすくない……。
ケラケラ笑いころげているメレッタは、にぎやかすぎではあるんだけれど、アイリはもの静かというより、どこか緊張しているようにみえる。
「へぇ……火を使わなくても、焼けるもんだねぇ……このソース、うまいよ!」
オドゥがタレに絡めた肉をぱくつく。学園生たちもひたすら無言でたべている。そのスピードのはやいこと!肉が焼ける速度がおいつかない……どうするかな……と思ったら、カディアンが肉奉行をやりはじめた!そうそう、ひっくりかえすのを忘れずに!
自分たちで肉を焼くのっておいしいんだよねー。
わたしは、焼きソバの準備だ。
野菜をいため、肉をいため、ソバを投入!かるくいためて水をかけ、蒸らしたところでソースを投入!
ジュワッ!バチバチバチ!とソースがはじけて香ばしい湯気がたちのぼる。食べるのに忙しかったはずのみんなが、ゴクリと唾をのむ気配がした。
「師団長……手慣れとるのぅ……」
「昔バイトしたことあるからーおかみさんのまつ子さん、元気かなぁ……よっと、さぁめしあがれ!」
「バイト……?」
高校生にはうれしい、まかないつきのバイトだったな……。紅生姜と青のりもほしいな……こんど、市場探検にでかけてみるかな。
みんなで焼きソバをたべていると、オドゥがタコ焼きプレートに目をとめた。
「ネリア、このボコボコしたプレートはどうするの?」
「ああそれ?タコ焼き用の特注品なんだけど、まだいいダシが手にはいらないから、とりあえずデザートにベビーカステラでも焼こうかと」
ヌーメリアがほっこりとほほえんだ。
「おいしいですよね、あれ……アレクも大好きです」
「ヌーメリアはもう食べたの?」
「はい……練習がてら、ネリアが焼いてみせてくれたので……」
アレクも肉をほおばりながら、にこにこと会話にくわわる。
「おいしいよ!僕も焼きたいなぁ……いい?」
「もちろん!」
パロウ魔道具の御曹司、レナードはグリドルが気になるのか、しげしげとながめている。
「ぜんぶ魔道具にまかせるんじゃなくて、調理自体は人がするのか……こどもにもあつかえるとは……」
ワイワイとにぎやかに食事が進んだころ、ソラがついとわたしのそばによってきた。
「ネリア様、レオポルド様がおみえになりました」
「えっ!もうそんな時間⁉魔法陣の術式をみてもらう約束してたの!」
ヌーメリアがベビーカステラの『種』をいれたボウルをもち微笑む。
「いってらっしゃいネリア、あとは私たちにまかせて大丈夫ですよ」
「うん、ありがとう!あとは、よろしくね!」
いそいで師団長室にもどると、そこにはレオポルドがいた。
戦国時代の武将も、料理は嗜みのひとつだったとか。自分達で調理して酒盛りしてたのかも。









