108.きみのために朝食を
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リメラ王妃とお茶をしたのは二時間ほどで、『研究棟』にもどってこられたのは、午後になってからだった。
「ただいま~」
師団長室で書類整理をしていたヌーメリアが顔を上げる。
「おそかったですね、師団長会議は昼前に終わったんじゃ?さっきお昼にライアスがネリアにあいにきてましたよ」
「えっ!ほんと?なんの用事だったんだろ……」
「さあ……用件はいわずに帰られました。直接話したそうでしたよ」
「そっかぁ……でもきょうはもうでかけたくないな……」
ユーリの様子を聞きたい……といいながら、リメラ王妃はわたし自身のこともあれこれ聞いてきたので、お茶がおわるころにはどっと疲れてしまった。
「ネリア、なんだか疲れてますね」
「うん……師団長会議のかえりに王城の転移魔法陣みにいったら、リメラ王妃につかまってお茶してた」
「リメラ王妃と⁉」
「母上と⁉」
おどろいたヌーメリアの声に、ちょうど工房から入ってきたユーリの声がかぶさった。
「そう、ユーリのお母さん……ソラ、わたしお茶はいいや、王妃様のところでたっぷり飲んできたから。なにか軽くつまめるものをおねがい」
「かしこまりました」
ソラがうなずいて用意をしに退出するのといれかわりに、ユーリが心配そうにきいてきた。
「……母上はなにか言ってましたか?」
「ん?とくになにも……『男の子は大きくなると話し相手にもならずつまらない』とぼやいていたぐらいかなぁ……ユーリ、最近顔もみせてないんだって?毎日帰っているはずなのにどうして?」
ユーリは困ったように眉を下げる。
「僕よりむこうのほうが忙しいですから……生活時間があわないと、とんと会いませんよ」
「そっかぁ……話の途中で何度も王妃様のカップが割れたから、こんどユーリが魔力制御の魔道具でもつくってあげたら?」
「王妃のカップが何度も……割れた?」
ユーリがぎくりと顔をこわばらせた。
「うん。修復の魔法陣があるといっても、ああしょっちゅうじゃ、まわりもたいへんだよね」
「……わかりました。ちかいうちに顔をだします」
ユーリは青ざめた顔でこたえた。何度もカップが割れる……王妃の機嫌は最悪にちがいない。父ひとりを犠牲にさしだすだけでは、すまないかもしれない。
ひと休みしたらほんとうはすぐにでも、あたらしい長距離移動魔法陣の術式を描きなおさなくてはならないのだけど……疲れたしきょうはもう居住区で、ゴロゴロして過ごそうかとおもっていたら、カーター副団長が師団長室に飛びこんできた。
「ネリス師団長はもどられたかぁっ!」
「ひゃうっ⁉な、なに⁉」
カーター副団長はわたしの姿をみとめると、すっとんできてわたしの前にひれふした。
「ネリス師団長に従います!なんでもいうことを聞きます!ですからっ!ですから娘だけはぁああ!」
「ど、どうしたの⁉カーター副団長⁉」
工房につづくドアから、副団長の娘のメレッタ・カーターがヒョイと顔をだした。
「ふふん、もうおそいわよお父さん!アルチニさんがお母さんからバッチリ了承のサインをもらってきたわ!あっ、ユーリ先輩、母が『なにこの美少年!リメラ王妃様そっくりの繊細で優しげなお顔立ち……尊い!尊いわっ!』ですって……あとで先輩だけピンの『フォト』、おねがいしてもいいですか?」
「美少年……」
ユーリはちょっと複雑そうな顔をしたが、すぐに気持ちをきりかえたらしい。キラキラ王子様スマイルでにこやかに返事をする。
「もちろんだよ!なんならあとで『フォト』にサインをつけようか?」
「きゃー!いいんですか⁉じゃあ母の名前もいれてもらっても?母の名は『アナ』っていいます。よろしくおねがいします!」
「メ、メレッタ……」
会話においてけぼりになったカーター副団長が、力なくメレッタをよぶが、当のメレッタは聞いちゃいない。うん……会話についていけてないのは、わたしもおなじだよ副団長!
ユーリがにっこりと、わたしに報告する。
「ネリア、メレッタを学園生たちのリーダーに指名したので、試運転のさいの事故にそなえ、いちおう保護者の了承をもらいました。あとで彼女に物理衝撃を軽減する防御魔法をかけてもらってもいいですか?」
「ほんとに?うん、もちろん!メレッタがんばってね!」
「はい!」
「メレッタ……やめろ、やめるんだ……」
蒼白な顔でうったえる父と反対に、メレッタは上機嫌でしかたない。自分のためのライガをみんなでつくる。なんて素晴らしいんだろう!父の心配をウキウキと、ウィンクひとつで笑いとばした。
「もぉ、心配性だなぁお父さんたら!ネリス師団長に防御魔法かけてもらうし、だいじょうぶだってば!」
「うん。きちんと防御魔法かけるから、副団長もそんなに心配しないで……ね?」
もちろん、メレッタに怪我をさせたりなんてぜったいにしない。心配するカーター副団長のためにも、しっかりした防御魔法をかけてあげなければ。そう思い、わたしは気をひきしめた。
ネリアはいまひとつピンときていないが、ユーリとカーター副団長にはもちろんわかっている。
ネリアが防御魔法をかける……すなわち、愛娘メレッタの命はネリアの手のうちにある……ということ。そう、クオード・カーターはもうネリア・ネリスにたいし、手も足もだせない。
錬金術師団の副団長、研究棟きっての実務派クオード・カーターは、ここに陥落した。
「ネリス師団長のご命令ならなんでもします!とまりこみの錬金でも雑用でもなんでも!」
「うーん……副団長にやってほしいのは、そういうことじゃないんだけどなぁ……じゃあねぇ……」
ひれ伏してはいつくばったまま、顔を上げようとしないカーター副団長をもてあまし、ネリアは彼にひとつの命令をくだした。
工房の五年生たちは、きのうまでとはまるで様子がちがい、真剣に議論している真っ最中だ。
「だから、安全対策の術式は座席に体を固定するだけじゃダメだ!事故がおきたとき、機体と一緒に落ちないよう、切りはなす術式もとりつけないと」
「竜騎士たちがドラゴンから落下したときに発動する風の魔法陣……あれを応用できないかな?」
「いいね!竜騎士団での職業体験が役にたったな……そうするとここは……」
「ちょっとみてくれる?これが、素材の費用を合計した概算なんだけど……シャングリラの一般家庭における年収の三年分に相当するわ」
「それじゃ、たかすぎるな……年収の三ヵ月~半年分におさえられないか?」
「試作機だからまだそこまでおさえる必要はないだろう。素材の比較検討もしたいし、安全性を重視して製作にとりかかろう」
「重力魔法と風魔法のバランスはどうする?」
「『浮かぶ』を重視するなら、重力魔法だ。『スピード』重視なら、風だろう。メレッタ、きみの意見は?」
「私?私は……」
わたしはしばらく目をまるくしてみんなの様子をながめたあと、ユーリにたずねた。
「すごい……みんながまとまってる……ユーリ、どうやったの?」
「僕はなにも……メレッタをリーダーに指名しただけです。ことしの職業体験に集まっている学生たちは優秀ですからね、学年首席と次席がそろい、王族までいる。これでなにもできないなんて、いわせませんよ」
ユーリは母ゆずりといわれる優しげな面立ちに、にっこりと笑みを浮かべた。
帰宅した娘からもらった『ユーティリス殿下直筆サインいりフォト』を枕元におき、翌朝きげんよくめざめたアナ・カーター副団長夫人は、台所におりてさらにおどろくことになる。
結婚以来二十年ちかく研究にあけくれ、一度も家庭をかえりみなかった夫が、はじめて『朝ごはん』をつくっていたのだ。青天の霹靂とは、まさしくこのことだ。
「どうしたの⁉いったい……」
「師団長の命令だ。ま、まだうまくないし……品数もすくないが……ど、努力するからっ!」
クオードが顔を真っ赤にして、スタンプカードにスタンプを添えてさしだした。アナがよくみると、スタンプの意味はこうだ。
〇 満足
△ いまいち
× もっと頑張りましょう
どうやら夫は、「毎朝、朝食をクオードがつくるように」という命令を師団長からうけ、その結果をアナからカードにスタンプを押してもらい、師団長にみせないといけないらしい。
「たのむっ!メレッタの命がかかっているんだ!」
「もう、お父さんったらおおげさ!」
アナにはなにがなんだか、よくわからない。
よくわからないが、アナは(こんどの師団長は面白いわねぇ)と思いながら、△のスタンプを押した。
クオードは『朝ごはん製造機』に勝てるのか⁉
『魔術師の杖 錬金術師ネリア、師団長になる』
https://izuminovels.jp/isbn-9784844398967
いずみノベルズ公式サイト
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Twitterのいずみノベルズ公式アカウント(@izuminovels)
表紙と挿絵担当のよろづ先生より、掲載許可をいただいた『赤の錬金術師』ユーリ・ドラビス。
錬金術師団の白いローブをキリッと着こなし、まさしくアナ夫人の秘蔵お宝フォトです。









