107.リメラ王妃とお茶しましょう
よろしくお願いします。
けっきょく、アーネスト陛下にはにげられた。
わたしたちがいた転移陣の部屋は本城と奥宮の境にあるらしく、わたしはそこから連れだされ、リメラ王妃とともに奥宮をさらにすすむ。
(こういうところでユーリもカディアンも育ったのかぁ)
高い天井、太い柱、チリひとつ落ちていない磨きぬかれた床。こんなところで育つとは……王子様だからあたり前なんだけど……すごいおぼっちゃまだ。
ヌーメリアと王城のなかをあちこち……食堂や事務室、医務室、図書室、家政部門、通用門や各部署におかれた転移陣のあたりとか歩きまわり、王城のスタッフたちともたくさんすれちがった。
いま歩いている場所はそのどれともちがい、落ち着いた静かなたたずまいで、床や柱のひとつひとつをつくるのに、たくさんの人の手がたずさわったという、歴史を感じさせる。
(きらびやかともまた違う……荘厳で静謐で……なんだか、修学旅行でいったお寺みたい……)
いまさらなんだけれど、エクグラシアという国をつくりあげた、ひとびとのエネルギーと情熱に圧倒される。このシャングリラの王城は、その中心なんだ。
そんなことを考えつつ歩いていたら、つきあたりの扉のまえでリメラ王妃が立ちどまった。
「もうしわけないけれど、茶会の途中で中座してしまったの。参加されていたかたたちにあいさつだけ、させてもらうわね」
リメラ王妃がわたしをふりむいてそういうと、扉がしずかに開き、そのむこうにはまるで天国の花園か……とおもうような甘い香りがただよう、華やかな光景がひろがっていた。
あふれるように花が飾られ、てっきりアトリウムかと一瞬思ったけれど、そこは大きな窓がある広めの談話室だった。白いテーブルクロスがかけられたテーブルに、かわいらしいお菓子の盛られた皿がいくつもおかれている。
テーブルのまわりには美しく装った令嬢たちが何人もいて、ちょうどお茶会の真っ最中だったらしい。いろとりどりのデイドレスがさらに華をそえている。
……あっ、ライザ・デゲリゴラル嬢までいる!
「みなさん、さきほどは中座してごめんなさいね?わたくし、これからネリス錬金術師団長と話がありますの。会はこれでおひらきにいたしましょう」
要は、わたしがきたから帰れ……ということだ。ひぃ……先約のあるお茶会を優先してくれていいのに!
金の髪に緑の瞳をもつひとりの令嬢が、すっと優雅に立ち上がり、わたしたちのほうへ歩を進める。ほかの令嬢たちもそれにならった。
アイリも美少女だけど、この場にいるどの令嬢もきれいだなぁ。
「では王妃様、退出のごあいさつだけお許しくださいませ」
うわ、天使!もしくは妖精!
きれいな礼をとった令嬢の、豊かにうねる金の髪は艶があり、まるで光をまとっているかのようで。近くでみる緑の瞳は、神秘的にきらめいていて、くちびるはまるでばらの花びらのようだ。
「サリナ・アルバーンともうします。ネリス師団長、失礼します……王妃様、本日はおまねきありがとうございました」
……サリナ……アルバーン⁉
顔を上げたサリナ・アルバーンは目だけで軽くほほえみ、静かに退室していった。
仮面のおかげでわたしの表情が見えなかったのが救いだった。アルバーン……もしかして、レオポルドの親戚?わたしは前にユーリとした会話を思いだす。
『アルバーン公は自分の娘と婚姻を結ばせるつもりですよ』
『いとこ同士で?』
もしかして、もしかしたらだけど……そのあとに続くライザ嬢をふくむほかの令嬢たちも、次々にあいさつだけして退室していった。それを見送ってから、リメラ王妃はわたしにむきなおった。
「おまたせしたわね、いきましょうか」
わたしはさらに奥にすすむらしい。
「あの、お茶会の途中だったのでは?」
「だいじょうぶよ、あの子たちはいつも招いているから。女の子たちと話すのは楽しいわ……かわいいし、気持ちも晴れやかになるでしょう?」
「たしかに。あんなに華やかな子たちに囲まれているだけで、テンションが上がりそうです!」
「テンションが……上がる?」
リメラ王妃は意外そうな顔をして、わたしのほうをふりかえった。
「ええ。『ザ・ほんもののお嬢様』ってかんじですよね!あっ、王妃様もおきれいなうえに、まっすぐに伸びた正中線が美しくて、うしろ姿すらほれぼれしますね」
「……あなたはわたくしの、正中線をみていたの?」
「いけませんか?ちょうど目のまえにありましたし」
「……あなた、かわっているといわれない?」
ええ、まあたまに。前は「かわっている」といわれても、「そういわれても……ふつうとはなに……?」と思っていたのだけれど、いまのわたしには免罪符がある!
「……錬金術師ですから」
「それもそうね……」
ほら、納得してくれた。ちなみにあなたの息子さんもですよ、奥さん!……というセリフは心にとどめておく。だってわたし、大人だもの!思ったことをなんでもしゃべったりしないわ。
ついた部屋は、さきほどの談話室よりもせまく落ちついた雰囲気で、プライベートスペースにちかい場所のようだった。どうやらわたしたちが談話室に寄っているあいだに、手早くお茶の用意をすませたらしい。部屋に到着したときには、すでに席につくばかりになっていた。
「おすわりになって」
「ありがとうございます」
リメラ王妃の正面にすわり、さてなにをはなそう……ユーリの研究棟でのようすを聞きたいといっていたから、その話からかな……などと考えていたら、リメラ王妃が口をひらいた。
「ここにはわたくしたちだけ。その仮面、おとりになったら?」
仮面?あっ、仮面ね……グレンの仮面はみための異様さとは反対に、視界も良好、呼吸もスムーズにでき、つけていることを忘れるほどのつけ心地なので、よくほんとうに忘れちゃうんだよね……。
でもお茶を飲むなら、はずさないと……王妃様は「わたくしたちだけ」というけれど、給仕やおつきの人などが三人ぐらいひかえているので、完全にふたりっきりでもない。まぁ、公人なのでしかたないか。
わたしが仮面をはずすと、リメラ王妃が目をみはった。周囲の人々の息をのんだ気配もつたわってくる。なんだか、カディアンの反応ににているなぁ……。こんな化粧っけのない女が、王妃様とお茶するなんて珍しいのかも。だって王族に会うなら、みんなきちんとした格好だものね。
「……あなたは、グレンのもとにいたのだったわね……?」
「はい、グレン・ディアレスの弟子となり、錬金術を学びました」
「それは、どれぐらい?」
「三年、でしょうか……でも実質学んだのは二年ほどですね」
「……それで『錬金術師団長』に?」
リメラ王妃が眉をひそめた。たった二年で⁉と思うところだよね……でも、わたしも同感。
「ホントですよね……わたしとしては、王都で魔道具師にでもなれれば……と思ってたんですけど、ドラゴンがむかえにきて、あれよあれよというまに師団長になるハメに……」
グレンたら、まったく困ったおじいちゃんだよ……人にいろいろと押しつけて逝っちゃうんだから……。
「そういえば、あなたとユーティリスが婚約するのでは……というウワサもあったのだけど……」
あったね……きっとアーネスト陛下の周辺が先走ったのだろう。ここは否定して安心させてあげよう。
「だいじょうぶです。それはことわりましたから」
「……ことわった?」
「はい、アーネスト陛下から、冗談めかして『息子の嫁にならんか?』といわれましたけど、ちゃんと本人に決めさせてあげてくれと、ことわりました」
パリーン。王妃様の手にあったカップが粉々に砕けた。ふぇっ⁉
「あら、ごめんなさい……わたくし、土の属性をもつものだから、ときどき驚いたりすると陶器のカップを壊してしまうの……」
「そうですか、それはたいへんですね」
「修復の魔法陣をかけてあるから、大丈夫よ。そう……あの人ったら、わたくしの知らぬところでそんな勝手なことを……あとで問いたださなくてはね」
王妃様はにっこりと優雅にほほえんだ。まわりの者たちは表情を一切変えなかったが、内心汗がとまらなかった。
王妃のカップが割れる……それは彼女の怒りのボルテージが上がったときに起きる現象だったからだ。
どうなるかと思ったのですが、やってみたら意外と平和でした。微妙にかみ合ってないような気もしますが。後々波乱を起こしそうな、サリナ・アルバーン嬢もさらっと登場しました。












