第八十七話 エルフの里、襲撃されました。その四
一方は足場の上、もう一方は空中でお互いに睨みあう三人と一体。どちらもふんだんに殺気をばらまいており、片一方は何時口の中の炎をぶつけてやろうかと考え、もう一方は何時飛びかかろうかとタイミングをうかがっている。今か今かと機会を窺っている二組。その均衡を崩したのは竜の方であった。
口内に溜めた炎を超高温の火球と化して三人にそれぞれ一発ずつお見舞いする。それを三人は各々の方法で回避する。一人は身体強化の魔法を使い、軽々とした動きでブレスを飛び越え、またあるものは障壁を即座に水弾を形成しそれをもって相殺し、またある者は大剣を盾のようにして真正面から受け止めようとする。前者と中者はその卓越した技術で難なく回避して見せたが、後者は少し様子が違った。左腕を痛めている関係で片手だけで踏ん張らなければならずその威力に押され吹き飛ばされかける。
だがしかし、そういった時の対処法も経験の中で学んでいる。吹き飛ばされかかった彼はあえて倒れこみ背をつけることで摩擦力で足場から落ちることを防ぐ。即座に立ち上がり羽ばたくドラゴンを思い切り睨みつけると反撃といわんばかりに一回転して勢いをつける握りこんだ大剣を力いっぱい投げつけた。回転しながら飛んでいく大剣はその鋭い刃でドラゴンの体を切り裂かんとするが、ドラゴンはそれを持ち前の反射神経で察知すると上昇することで回避する。
「クソがぁ……てめえ降りてこーい!」
躱されたことでことでボルテージを上げるユウキは上空で悠々と三人を見下ろしているドラゴンを怒鳴りつけるが、向こうはそんなことは意にも介さずに様子を窺っている。そんな彼を呆れた様子で見つめる二人は一度向けた視線をドラゴンに向けなおす。
「どうするよ兄貴?」
「どうもこうもこいつをドラゴンに向かって飛ばすしかないだろう。アホだがドラゴンと戦えていただけ腕は立つ」
「なんか言ったか?」
「お前が馬鹿だなって話だよ」
飛来してくる大剣を受け取りながら笑顔でフォルゴのことを睨みつけている。しかし、彼がその程度で怯むはずもなく逆に口を返して見せる。それを受けたユウキは大剣を握り締め直すが、そんなことをやっている場合ではないことは彼もわかっている。今彼に反撃することはない。
「あとで一発殴ってやる……」
小さく呟いたユウキが視線をドラゴンに向ける。三人の視線が同じ方向を向いたところで、ディンスルがユウキに対して問いを投げかける。
「ユウキ。お前あそこまで行けるか?」
「行けるかもしんないけど今は無理」
「ほう?どういうことか説明してみろ」
ユウキがその問いに答えるとフォルゴが興味深そうに割って入る。事態の円滑化を図るため、ユウキは二人に聞こえるように自身の装備について説明を始める。
「多分なんだが、俺の籠手とブーツは魔力を流し込むことで形が変わって身体能力も上がる。それを使えばドラゴンのところまで行けるかもしれないが、どうやったらいいかわからんから無理」
「なるほど。だったら俺たちがお前に魔法をかけてあそこまでいかせたほうが早いな。兄貴頼む」
「任せろ。……包め、纏え、そのものの力を示させろ!重ねて請う。かの物を包み衣と化せ!」
フォルゴがそう言い放った直後、ユウキの身体を光が光が包む。そしてユウキは途端に力が漲り左腕の痛みも緩和されたような感覚を覚える。
「お前に対して強化の魔法と防御の魔法をかけた。周りには見えるように糸を張る。それらを使って何とかあのドラゴンのところまで行け。ディンスル、お前は周りを飛び回って気を散らしてやれ」
「りょーかい」
そう言い切るとフォルゴは両腕を振り、辺り全体に糸を張り巡らせていく。と同時にディンスルはその糸と身体能力を駆使してスイスイとドラゴンのところまで上がっていく。そしてドラゴンに纏わりつくようにしてブレイドで斬りつけていく。その身のこなしは今まで見てきたどんな人物よりも圧倒的に高く、ドラゴンはその動きに全くついていけていない。
しかし、今の彼は絶対的な弱点を抱えている。火力不足で攻撃が鱗を傷を入れることすらできておらず、ドラゴンは攻撃で怯んですらいない。彼の攻撃が問題ものであることを認識したドラゴンは既にディンスルから注意を逸らしており、攻撃を受けながら地上にいる二人を睨みつけている。
「奴がお前を見ているぞ。さっさと行ったらどうだ」
「わかってるよ。けど初めてだから微妙に怖えんだよ」
それでも彼が行かなければあのドラゴンは討伐できない。左手に大剣を持ち替えたユウキはドラゴン向かって跳び上がった。手近に伸びている糸を掴むと体を持ちあげ、さらにそれを足場にして跳び上がる。身体能力強化の恩恵は高く、跳び上がる高さは無しの時など比にならないほどに高く、身体を持ち上げるのすら片手で容易なほど強化されていた。
「おっと……」
しかし、不慣れというものが邪魔をする。上がっていくのはいいのだが細い足場に乗る際、跳び上がる際にその不慣れさでバランスを崩し思った通りの動きが出来ずにいる。神経をすり減らしながら上るユウキが一息つき上空を見上げると体中のあらゆる部分を糸にかけ、まるで空中ブランコのように飛び回るディンスルが見える。練度では説明できないのではないだろうかと思うほどに軽やかな動き。しかし、彼にも体力の限界がある。その前にどうにかしてあそこまで上らなければならない。気持ちを切り替えたユウキは再びドラゴンの下へ上がっていく。
集中して上り続けるユウキ。その途中、ふと頭上が明るくなったことに気づいたユウキは反射的に回避行動をとろうとする。しかし、慣れない足場で咄嗟の行動がとれない。回避に移れなかったユウキはそのまま火球の餌食となり、その炎に飲み込まれる。しかし、炎の中にいるというのに彼の身体には一切の熱が伝わって来ない。その甲斐あって身体に一切変化はない。彼の身体はこういった事態に対して掛けられていた掛けた魔法によって守られており、身体には傷一つつかなかった。しかし、ブレスの威力で彼の身体にかかっていた魔法は粒子と化して消えていく。
「スマン!防ぎ損なった!」
頭上から聞こえてくる謝罪の声を聴きながら、一刻も早く上るきらないと自分のみが危険にさらされるということを理解したユウキは、逸る気持ちを抑えながら上る速度を速めるのだった。
一方でもう一人焦りを覚えている男がいた。空中で一人ドラゴンに肉薄していたディンスルはドラゴンの意識を自分に向けられずにいることに歯噛みしていた。そのせいで先ほどはブレスを打たれてしまった。厳密には防ごうとしたのだが、いきなり自分に標的を向けてきたことで動揺し大きく回避行動をとってしまったことで、それがフェイントであることに気づかず攻撃を許してしまったのだ。
攻撃力が足りないせいで一切注意を向けてもらえず、逆にそれを利用される始末。非常に歯がゆい思いをしていた。実剣があれば話は違うのだが、エルフの里には結界が張られている特性上、エルフ以外はほとんど入ってくることが出来ず、入ってきたとしても人間であるため魔法でどうとでもできていた。そのため、実剣の類の武器がほとんどない。一応あるにはあるのだが、里の端のほうに備えられている程度ですぐに使えるようには配備されていないのだ。
それでも彼はドラゴンに纏わりついて注意を逸らすしかない。それしかやることがないのだから。チラリと眼下に視線を送るとユウキも上がってきている。彼さえ上がってくれば援護に徹してやればこの戦いに決着をつけることが出来る。
一瞬気を抜いたその瞬間、ドラゴンは口内に炎を溜め始める。このタイミングでブレスを打たれるのは非常にまずい。慣れていない足場では回避どころか動くことすらおぼつかない。そのことが分かっているディンスルは即座に妨害に入る。が、ドラゴンは彼が動いた瞬間、その首を彼に向け炎を差し向ける。いきなり自分に注意が向いたことに動揺してしまった彼は反射的に大きく後ろに飛び退り、飛んでくるブレスに備えようとする。しかし、ドラゴンは跳び退った直後、再びユウキに視線を向けなおした。誘われた、そう思った時には時既に遅し。
ため込まれた炎は躊躇なく打ち出されユウキに襲い掛かる。慣れない足場で回避行動のとれない彼はそのまま炎に飲み込まれ爆炎の餌食となる。しかし、炎の晴れた先からは無傷のユウキが現れ、なんともなかったかのように睨みを利かせている。防御魔法があると分かっているとはいえ、それも決して強いわけではない。もう防御魔法は霧散し消えてしまった。次食らえば焼死体の完成である。何とかしなければ。
焦りを孕んだまま再びドラゴンの懐に飛び込むディンスル。しかし、すでに種の割れている手品では驚かせることなどできない。ドラゴンの注意は一切向かず、炎をくすぶらせながらユウキの動向を見ていた。
しかし、ユウキが着実に近づいているのも事実。このままいけばドラゴンの懐に飛び込むことができるだろう。もっともドラゴンは近づかせる気などないのだが。あと一跳びでドラゴンに到着するところまできてドラゴンは再び炎を溜め始める。今度こそはと思い動き出すディンスルはドラゴンの顔の横に回り込むとタイミングを計りながら妨害のための準備をする。
しかし、ドラゴンはジロリと視線をディンスルに向けるとその身を翻しながらディンスルにその口を向けた。しまったと思った時には体が硬直してしまい動かない。それでも被害を最小限にしようと思考を巡らせる。
既にドラゴンは発射体勢をとっている。防御魔法を張っていない彼が食らえば甚大な被害を負うことになるだろう。覚悟を決めながら彼はそのあとの最善手を導き出そうとした。
だが事態は急展開を見せる。ドラゴンとディンスルの間に割って入る黒い小さな物体。突然の出来事にドラゴンはブレスを中断する。月光を薄く反射しながら進んだそれはすぐに重力に従って落ちていく。二人の優れた動体視力はそれが一体何なのかをはっきりととらえていた。黒塗りの小型の投げナイフ。エルフの里には存在していないはずの武器だった。
ハッとなったディンスルはそのナイフが打ち出された方向を見る。わかっているだけでもその方向には誰もいなかったはず。そう思いながら視線を向けたディンスルは驚愕することとなる。そこにはこの場を離れたはずのイリスがユウキのランドセルとポーチを持ち立っていたのだ。
彼女はユウキがナイフといった武器を持っていることを覚えており、離脱した直後、それを求めて保管場所へと向かっていたのだ。そしてナイフの入ったその二つを手に入れこの戦場へ戻ってきたのだ。
「兄い、使って!」
そういった彼女は抱えた十本近いナイフを魔法を使い射出する。打ち出されたナイフは弓矢もかくやといったスピードでドラゴンに襲い掛かりその鱗を貫きドラゴンに久しぶりの痛みを与える。しかし、それでも打ち出されたのは小型のナイフ。そこまで深く刺さることはなく羽を羽ばたかせるたびにぽろぽろと落ちていく。しかし、彼女らの本命はそこではなかった。
「サンキューイリス!」
ディンスルは突き刺さったナイフを二本手に取るとそのままドラゴンの下に回り鱗のまばらな腹部を切り裂いた。それは容易くドラゴンの皮膚を切り裂き、そこからの出血を許した。実剣によって傷をつけたという前提ができた。これならばドラゴンもディンスルにも意識を割かざるを得ない。ようやく自分の仕事ができたことに安堵し、次なる攻撃を加えるために、高速で纏わりつきながら各部を斬りつけていく。
こうしてドラゴンがディンスルが脅威であると認識し完全に注意を向けた瞬間、ついにその時が訪れた。ようやく上り終えたユウキが大剣を振りかぶりながらドラゴンに飛びかかったのだ。
「チェェェストォォォ!!!」
雄たけびを上げながら振り下ろされた大剣は彼の存在に気づき回避しようと身を翻させたドラゴンの胸部を切り裂いた。そこから吹き出る血と痛みでドラゴンの動きが鈍る。その瞬間を二人は見逃さなかった。
「ディンスル!」
「わかってる!来い!」
ユウキの落下軌道に素早く入り込んだディンスルはユウキに背中を差し出す。差し出された背中に足を乗せたユウキはそれを足場とすることで跳びあがり、ドラゴンにとどめを刺すために大剣を振りかぶった。その即席の連携によって生み出されたユウキという名の人間弾頭は動きの鈍ったドラゴンに躱せるようなものではなく。
全力をもってドラゴンの首めがけて振り下ろされた大剣は、易々と首と胴体を泣き別れさせ、一瞬で命を奪い取った。血の噴水を浴びながら勝利を確信したユウキは空中でガッツポーズをとる。それと同時に二人の体は重力に従って落ち始める。重量の関係で先に地面に到達したドラゴンの体は地面に激突し体に残った血をびちゃりという音とともにまき散らす。
しかし、その光景を見てもユウキは次は自分の番だとは微塵も思わなかった。そしてそれは次の瞬間には正しいと証明される。空中でユウキの体がマリオネットのような形で停止する。そしてゆっくりと足場の方へ引き寄せられていく。そして足場の上まで誘導させるとそのうえで浮いていた彼の体は重力という物理を取り戻す。
足場に降り立ったユウキはこれをしてくれたフォルゴに礼を告げる。
「サンキュー。おかげでハンバーグにならずに済んだぜ」
「フン。礼を言われる筋合いなどない。………………ドラゴン討伐に手を貸してもらったこと、感謝する。よくやった」
視線をそらしての彼からの感謝の礼を告げられたユウキの隣にディンスルが降り立ち、逆襲のきっかけとなったイリスが駆け寄ってくる。ドラゴン討伐の立役者たちがここにそろったことになる。
「まあ、何とかドラゴンは討伐できたし問題解決だな」
そういったユウキは彼らに向かって手を差し出す。その意図を読み取れなかった三人は不思議そうに首をかしげる。
「おいおい。こういう時にはハイタッチだろ」
その言葉で真っ先に意図を理解したディンスルはそんなこともあったなと言わんばかりに笑みを浮かべてユウキの手のひらに手を打ち付けた。そして続くようにしてフォルゴが軽く手を打ち付け、残るはイリスのみ。おずおずといった動きで手のひらを広げたイリスは弱弱しく、しかし、しっかりと手のひらを打ち付けた。
月光の元繰り広げられたエルフの里でのドラゴン討伐戦は、一人のヒュームと三人のエルフの兄弟の活躍によって幕を下ろした。




