第六十三話 三人、平和を謳歌していました。
大宴会から一週間ほど経ち、仲良し三人組はいつものように依頼をこなしていた。とはいえ、あの時のような大規模な依頼がそう簡単に出ることはなく、三人とまともに戦えるような生物が出てくるわけでもない。というわけで大して難易度の高くない依頼を毎日暇つぶしのようにこなし続けていた。
しかし、一週間で何も変わっていないかと言われればそうではない。一番大きく変化したのはカナタだ。まず、一人でもここの人間と交流できるようになったというのが一番大きな変化である。先の討伐戦で披露した会話能力であるが、あれからさらなる成長を見せている。まだまだ単語だけで流暢に話すということはできないが、それでも独学で理解し、問題なく会話出来ている。これだけで彼女の頭の良さがわかるだろう。
さらには今まで無手で戦ってきた彼女であるがついに自ら武器を手にした。安物の剣を十振り、器用に全身に装備し、毎日満足そうに依頼をこなしている。さてなぜ業物といわれる部類の武器を手にしていないのかというと答えは非常にシンプル。叩きつけるように使うカナタの癖とそれに長期間耐えられる武器が存在していないから。―まずは安物で使い方を練習したがいい―というのがスペシャリストの言葉である。彼女自身、安物であっても武器を振るえていることに満足しているため、何も問題はない。
加えてランクが一気に三つ上がりEランクに昇級した。彼女の働きを考えれば妥当な判断だろう。それに対して不満の声も上がったが、それらはすべてカナタの腕力によって黙らされた。
さて残りの二人だが、この二人はカナタと比べて変化していない。とはいえ二人ともランクが一つずつ上がり、ユウキはCランクに、アルピナはBランクへと昇級し、さらにアルピナはあれを乗り越えたことにより精神的に強くなり、ユウキは身体能力が向上していた(具体的に言うと頑丈になった)ため、変化していないわけではないのだが。しかし、カナタの変化に比べればやはり小さいとしか言えない。
討伐戦の影響で荒れてしまった坑道もすっかり元通りになり、町は前のような平穏を取り戻した。また、これは余談であるが、あのドラゴンはもともとあそこに住んでいたわけではないようで、以前三人がゴブリンの群れを壊滅させたときの埋め立てられていた穴、あそこから坑道近くに入り込んだらしく、そこで坑道の採掘の音がきっかけとなってあそこまで来てしまったらしい。ユウキのあの時の勘はあながち間違っていなかったのだ。
余談はここまでにして、三人の話に戻ろう。三人はいつものように依頼をこなしていた。ゴブリンの群れを壊滅させた事後処理をしている最中、ユウキは暇つぶしに口を開く。
「なあ、みんな魔力を持っているって話を前してたと思うんだが、本当に持ってるのか?」
「唐突にどうしたのよ。魔力は生まれた時からどんな生物であっても持ってるものよ。量には差異はあるけどね」
「だけどよ。俺今までに感じたことないんだけど」
「そりゃそうよ。今まで知らなかったものを感じ取ろうと思っても分からないでしょう?ちょっとこっちに来なさい」
彼女に手招きされユウキは近づいていく。二人の距離が一メートルほどまで来たところでアルピナは口を開く。
「手、出しなさい」
言われるがままに両手を差し出して見せるとアルピナが差し出された手を掴む。いきなり掴まれたことで少し動揺したユウキであったが、そんなことどうでもなくなる感覚がユウキの身体を駆け巡った。体の中をまるで濁流のように駆け巡る謎の力、血液のような法則性はなく自分の中身をかき混ぜ一つにしていくようで、不快でも愉快でもない、形容しがたい感覚が襲った。その感覚に体から力が抜け、思わず膝をつく。
「大丈夫かしら?」
「……ああ、大丈夫だ。……今のがそうなのか。ああ、そうなのか……」
「これで感じ取ろうと思えば感じれると思うわ。感じ取れるだけで魔法が使えるわけじゃないけどね」
彼女の手を借りて立ち上がったユウキは自身の手をさすりながらその手を見つめている。思うところがあるのかそのまま十秒ほど動かなくなってしまう。先ほどの感覚が未だに残っており、身体中がどうもむず痒くて仕方ない。おかしくなりそうな感覚に苛まれながら事後処理を進めていると、大剣を掴んでいる間だけ、かゆみが薄れることに気付いた。これに気付いたユウキはそれから片時も大剣を離さず小脇に抱え続けていた。この異変に気付いたアルピナは帰りの道中、彼に問い掛けざるを得なくなる。
「本当に大丈夫?大剣背中にかけるんじゃなくて抱えているけど、脳みそのどこか変になっちゃったかしら?」
「いや、なんかこの大剣を抱えてる間だけ、むず痒さが消えるんだ。こうしてないと気持ち悪くてな。あと脳みそ云々は聞かなかったことにしておいてやる」
そう告げると彼女は目を見開き顎に手を当てながらぶつぶつと呟き始める。
「むず痒さがまだとれない?となると相当の魔力が体内に……。訓練もしてないのにどうしてそこまで……」
そんな彼女を他所にカナタはユウキに魔力の感触を問いかける。やはり彼女も気になるようで今は使わないと決めている祖国の言葉を使ってまで問いかけてくるのだからよっぽどである。
『なあ、どんな感触だったんだ?』
そう問われユウキは言葉に詰まる。はっきり言って彼の味わった感覚は言葉で表すことのできないものであったためにどう伝えればいいものかと考える。彼の語彙力が足りないが故に表現することができない。一番近いものをあえて表現するのであれば注射針で指された感覚を数千回凝縮したものとマッサージの快感を一瞬に集めたものと無重力状態の感覚を一度に受けたようなものを十で割った後に二乗したものに近い。しかしこれを話したところで伝わるだろうか。絶対に無理である。本人にだって何を言っているのかわからないのだから。
「……俺の語彙力じゃ絶対に伝えられない。もはや言葉にできるかどうかもわからん」
『そうか……。それなら後で私も受けてみようか』
「そうしてみるといい。俺が言ったこ都が分かると思うから」
『そうしてみるよ。今はできる人物がこの通りだからあとでだけどね』
立ち止まってしまい思考の海に溶け込んでいるアルピナを指さしながらカナタはそう言う。相当深くまで沈み込んでいるのか頬をつねってもそれに気づかない。彼女を待っていては日が暮れる、そう判断したユウキは集中している彼女を肩に担ぎ上げるとカナタの隣に並び立つ。
「さ、行くぞ。早く帰って飯にしよう」
「……了解」
二人は街に向かって歩き始める。アルピナが現世に戻ってきたのは街まであと百メートルほどまで近づいたところであった。
夕食を終えた三人は外で他愛のない雑談をしていた。
「そういえば俺はそのうちこの町を出ていくがお前らどうするんだ?特にカナタ」
話の最中、口走ったユウキの問いかけに二人は考え込む。そして十数秒後、口火を切ったのは地べたに座るアルピナだった。
「私は一回故郷に戻るわ。ちょっと試したいこともあるし一回親にも顔を見せておかないとね」
言い終わった彼女は次はカナタの番、と言いたげに顎をしゃくって見せる。彼女の行動の意味を感じ取ったカナタが二番手となって話し始める。
『私は少し一人で旅をしてみようと思っている。せっかく簡単に話せるようになったんだ。楽しまなければ損だしな』
はにかみながらそう告げたカナタはユウキの大剣に腰かけ手をついている。彼女がなぜ大剣に座っているのかというと、彼女も魔力流しを体験したといえば理由はわかってもらえるだろう。
話を戻して、二人の考えを聞いたユウキは空を見上げた。二人とも出会いが最高であったとはいえないが一応苦楽を共にしている。一人旅は慣れているとはいえ、やっぱり別れるとなると少し感傷的になってしまう。
「そっかぁ……。全員バラバラか……」
「何よ。寂しくなっちゃったのかしら?」
「口にすんのもめんどくさいからそういうことにしててくれ」
「大丈夫……、再会……、可能」
たどたどしい言葉でそう語るカナタを見てユウキは視線を向けながら笑みを浮かべる。言っていること自体は非常に素晴らしいことであるのだが、たどたどしく単語でしか話せない彼女がどうも面白い(決して馬鹿にしているわけではない)。
「まあ、生きてればいつかは会えるわよね。私もカナタには会いたいわ」
「てめえ、俺のことは飛ばしやがって」
落ちている小石を拾い上げるとわざと当たらないようにして投げつける。以前であれば全力で顔面に投げつけていただろうが、関係はだいぶ改善されている。先ほどのようなやり取りも今ではガチからじゃれあい程度に変わっており、それに伴ってカナタにかかる負担も激減した。
「嘘よ、嘘。二割くらいはあんたとも会いたいとも思ってるから」
「せめて五割まで増やせぃ」
再び投げつけられた小石をキャッチすると投げ返すアルピナ。帰ってきた小石を軽々キャッチしたユウキは小石を捨てるとランドセルの中から酒瓶を取り出す。そして栓を抜き、一気に中身を流し込んだ。
「あ、いいもの持ってんじゃない。ちょっと頂戴」
催促するように手を動かした彼女を見てユウキは栓を一度締めるとキャッチできるように軽く投げ飛ばす。両手でそれを掴み取ったアルピナは栓を開けていつの間にか手に持っていたマグにそれを入れると中身に口につける。
「んっ。これおいしいわね。カナタも飲む?」
「まずは俺に聞けぃ」
「別に上げないつもりはないんでしょ。だったらいいじゃない」
彼女の指摘にユウキは無言で視線を逸らす。それを見たアルピナは薄くいたずらっぽい笑みを浮かべるとカナタのほうに視線を向ける。
「どう?あなたも飲まない?」
「……了解」
瓶を受け取ったカナタは瓶に口をつけ一口酒を口に含むと目を見開いてさらなる酒を流し込んでいく。そして三分の一ほど飲んだところで瓶から口を話す。
「……美味」
満足そうな表情で口元をぬぐったカナタは栓を締めなおすとユウキに向かって投げ飛ばす。二人合わせて半分近く飲み干されたユウキは不満そうに瓶を受け取るの残った酒をすべて一気に飲み干す。
「高え酒だったのに半分以上飲みやがって。今度何かおごってもらわなきゃ気が済まねえなぁ?」
「わかったわよ。次に会った時にご飯一回おごるわよ」
「……同意」
二人に奢りの約束を取り付けたユウキは交渉が成功したことで満足そうに鼻から息を吐いた。飲み終わった瓶をランドセルの中に入れるとゆっくりと体を持ちあげる。
「さて、酒も飲み終わったしそろそろ帰って寝るか」
ユウキが大剣の柄を掴みカナタに立ち上がるように促すと彼女はすんなりと立ち上がる。二人の動きを見てか、アルピナも立ち上がって帰ろうとしている。今日はこのままお開きとなり、三人はそのままお互いの宿に向かって歩き始めた。
無自覚のうちに飲み交わした再会を願う杯。いずれまた三人で飲み交わすことになるのか、それとも少なくなるのか多くなるのか。彼らには知る由もなかった。




