第五十話 鬼の力、目の当たりにしました。
カナタの準備を終えた翌日。二人は冒険者としての使命を果たすために町の外に来ていた。今回は実力を確認するためにニンビルウルフの討伐を手始めとして受注している。初めての依頼にしては難易度が高いと思うかもしれない。しかしカナタが東の国からこのダルクレイに辿り着くまでに必ずそれなりの戦闘経験をすることになる。それらを加味してできると判断しての依頼であった。
依頼者がニンビルウルフを見かけたという場所に歩いている最中、手持ち無沙汰になったユウキは隣を歩くカナタに適当な世間話を持ち掛ける。
「そういや、防具見てるとき穴が開きそうなくらい剣見てたけどお前そんなに剣が好きなのか?」
『私の家系、というか私たちは種族の関係上、人間と戦うことがあるんだが、その時に見た刀、……私の地方に伝わる刃物を見た時にその美しさに惚れ込んでしまってな。それ以来武器というものに興味を持ってしまったんだ』
カナタは照れ臭そうに頬をポリポリと掻きながら言葉を紡ぐ。拳で戦うというイメージを持たれているというのは自身も理解しているようで、武器に興味があるというのが少し恥ずかしいのだろう。
「武器か……。俺あんまりそういうのは詳しくないんだよな……」
特に何も考えずに思いついたことをそのまま口に出しただけの何気ない一言であった。しかし、本人にとってはそうでもなかったらしい。予想外に強く食いついてしまったカナタは瞳をキラキラと光らせ、彼の前に立つとズイと迫る。
『ほう?だったら私が教えてやろう』
「おおう?」
カナタの言葉を聞いた瞬間、ユウキの背中に冷や汗が走り、本能が第六感が警鐘を鳴らす。さっさと話しを変えろ、ともう一人のユウキが声を上げているが、間に合わない。ユウキが話題を逸らす前にカナタが口を開いてしまった。
『では、教えてやろう!まずは最も一般的な剣と呼ばれる武器だな。長さはいろいろあるが扱う上で特殊な技術が必要ない使いやすい武器だな……。一般的であるがゆえに大切なのは取り回しの良さになる。そのためには……』
武器マニアであるカナタの熱弁は目的地に着いてからも続くことになってしまった。虚空を眺めながらそれを聞いていたユウキは、うかつな発言をしてしまった自分を呪うのであった。
『と、まあこの程度かな。何かほかに聞きたいことはあるか』
「イイエ、モウケッコウデゴザイマス」
目的地に到着してなお、無駄な講義を聞かされたユウキは完全グロッキー状態になっていた。彼が言いたいのは一つ。___あの街にはそういう話出来る人たちたくさんいるだろうから彼らとやってくれ。それに対してカナタは非常にすっきりとした表情で笑みを浮かべている。これほどまでに殴りたいと思ったことは今までにない、というのはユウキの後日談。
「それじゃ始めるか。ただでさえ無駄に時間食ったから早めに終わらせよう。とりあえず別々に行動は避けて一緒に行動で」
ユウキは適当な指示を出し森の中へと入っていく。ユウキの隣を歩きながら慣れた様子で周囲を警戒しているカナタは十分ほど歩いていると、いきなりユウキから離れて別方向へと走り始める。
「おい!?」
何もないところへ走り始めたカナタの背を追いユウキも走り始めるが全く追いつかない。それどころか少しずつ距離が離れていく。ユウキの走る速度は間違いなく常人より速いのだがカナタはそれ以上のスピードでぐんぐん前に進んでいく。立ち止まったカナタに追いつくことのできたユウキは後ろに付き様子をうかがう。カナタは息を切らした様子もなく木の陰からじっと一点を見つめている。
「おい。いったいどうしたんだ……、ああ」
カナタの視線の先には草食動物の肉を貪っているニンビルウルフがいた。落ち着き払っているように見えるユウキであるが、内心ひどく動揺と感心していた。ここまで体感で五百メートルは離れている。木々の生い茂る森の中でここまで正確に発見することなど不可能である。音で探知することもできるかもしれないがそんなことができるのは化け物じみた聴覚の持ち主に限られる。少なくともまともではない。カナタの異常としか言えない感覚能力に驚いていると、カナタにニンビルウルフに視線を向けたまま問いかける。
「行っても構わないか?」
端的に告げられたその言葉の意味を理解したユウキは精神を戦闘時のものに切り替え、ポーチからナイフを取り出す。
「頼んだ。一応、これを持っていけ」
もはや先ほどの動きを見てカナタを行かせることを躊躇する必要はないだろう。あそこまでの能力を見せつけられて止めるほうがおかしいというものだ。手渡された二本のナイフを受け取ったカナタは飛び出すタイミングを窺う。そして、ニンビルウルフが食事を終え顔をカナタたちとは逆に向けた瞬間、木の陰から飛び出し襲い掛かった。急襲に驚いたオオカミは体を強張らせ動けなくなる。カナタはその隙を見逃さなかった。懐に飛び込み拳を振り上げると同時に、ユウキは不意の事態に対処できるように援護に回る。
振り上げた拳をオオカミの脳天に叩きつけ、そのままの勢いでオオカミの頭を地面に叩きつけた。その間にユウキは側面に回り込みそのあと大剣を切り上げ無防備な横っ腹に一撃加えるつもりであった。避ける暇のないに連撃。即席の連携としては上出来である。一つ想定外だったのはユウキがカナタの身体能力を見誤っていたことだけだった。
「ジャアっ!!」
拳を叩きつけたカナタはユウキが間髪入れずに足を高く振り上げ、かかと落としの要領で踏みつけを繰り出した。風を切り全力で叩き込まれた一撃はウルフの頭蓋を砕き余波は地面をひび割った。急所を破壊されたウルフは力なく腹を地面につけた。次の瞬間、ユウキの大剣の死体蹴りの一撃が加えられ切り裂かれた腹部からは臓物が滑り出た。
「うわぉ……」
小さく上がった声には自分の死体蹴りに同情と謝罪の、オオカミを二撃で沈めたカナタのパワーに感嘆の意味が込められていた。まさか自分が依然苦しめられたオオカミを二撃で仕留めてしまうとは思っていなかった。今のユウキであれば苦戦することはないだろうがそれでも素手で仕留めることはできない。一連の流れの淀みのなさといい、改めて鬼の身体能力の高さに驚かされた。
「しかしやべえな……。色々聞きたいことはあるが、とりあえずお前にそれを買ったのは正解だったみたいだな」
ユウキは胸元で淡く光るチェストプレートを親指で指し笑って見せた。高い買い物でこそあったが、ここまでの圧倒的力を見せられてはどう勘定をしてもおつりがくる。
「さあ、さっさと剥ぎ取っていったん街に戻ろう。話を聞くのはその時だ」
ユウキは大剣を背負い手慣れた動きで剥ぎ取りを開始した。初めての経験であるカナタはその様子をユウキの後ろで興味深そうに見つめていた。
剥ぎ取りを終えた二人は街に戻っていた。その最中、ユウキは先ほどの戦闘で気になっていたことを次々と消化していく。
「しっかしいきなり走り出したときは何事かと思ったけど、見えてたのか?」
『いや、見えてはいなかった。ただ、木に何かぶつかるような音が聞こえてな。そのあと唸り声が聞こえたから居ると思って見に行ったんだ』
ユウキはあけすけと告げられた事実に唖然とする。音で感知していたというのはユウキの見立て通りであったがそれにしても感知範囲が広すぎる。五百メートルは離れていようかという距離でそこまでの音を拾えるとなるとなればもはや常識の範囲外である。
「おっそろしい……」
『だが、今回は周りが静かだったからできただけで、周りが騒がしいところではできないぞ?』
「それでもできるのがおかしいんだよ。俺には何も聞こえなかったからな」
彼はもはや苦笑いを浮かべるしかなかった。
町に戻ってきた二人は依頼の報告を終え街中をぶらついていた。今回は少し遅めに出たため、もう一回依頼に出るだけの時間の余裕はない。しかし暇つぶしができるだけの何かを知っているわけでもない。西に向かっていく太陽の元、二人は大通りを歩いていた。
「どうするよ?少し早えけど、もう晩飯にしてだらだら酒でも呑むか?」
『ユウキがそういうのであれば私に反対する理由はない。付き合わせてもらう』
「よし、じゃあ俺のおごりだな。適当に探すか」
二人は早めの夕食のために適当な店に入り、料理と酒を注文する。出てきた料理に舌鼓を打っていると男の野太い大声が店内に響き渡る。
「お~い!いつもの酒と飯を頼むぞ!」
気軽な口調で注文を終えた男は常連であるのか、店員も嫌そうな顔一つ浮かべ応答する。視線をちらりと男の方向に向けるとそこにいたのは先日防具を購入した店の店主であるドワーフであった。ユウキがそのことに気づくと男のほうも二人に気づいたのか、ずんずんと近づいてくる。
「よう、お二人さん。調子はどうだ?」
「ぼちぼちってところかな。こいつの防具もすごくいいってさ」
「そりゃ俺の自信作だからな。ここ座っていいか?」
「ご自由に」
二、三言会話をした男はユウキたちのテーブルに着く。それを料理に舌鼓を打ちながら見ていたユウキ。カナタは気にすることなく料理を頬張っている。
「それにしても防具だけ買って行って大丈夫だったんか?冒険者だろ?」
ドワーフの男は目の前に置かれたジョッキを持つと心配するような視線でカナタに視線を送った。確かに冒険者であれば必要最低限の武器というものが必要である。近接職であれば短剣や盾、遠距離であれば弓と矢。男としてはそれらを一切買わずに帰ったことが不思議だったのだろう。
「とりあえず今日依頼に行ったんだが、何の問題もなかったよ」
しかし、ユウキはカナタがオオカミをたったの二発で殺すところを見てしまっている。あれを見てしまっては武器が必要とはどうにも言いにくい。苦笑いを浮かべたユウキはそれをジョッキで隠すように掲げ酒を喉に通す。それを見た男のほうもジョッキを持ちグイっと一気に煽り酒を流し込んでいく。
「だったらいいんだが。おっと紹介が遅れたな。俺はキャリイだ。女っぽい名前だがれっきとした男だからな」
「俺はユウキだ」
『私はシンラだ。自分の口で告げることができず申し訳ない』
「だってさ」
お互いに自己紹介を終え、固く握手をする。一人仲介が入ってしまったがそんなことを気にした様子もなくキャリイは差し出されたカナタの手を握る。手を放し、再度酒を流し込んだキャリイは豪快に笑いながらシンラに語り掛ける。
「ここにはいろんな奴らが集まってくるんだ。多少角が生えてて口がきけねえ程度で気を悪くするような人間はいねえよ」
ガハハと人のいい笑いに引っ張られカナタも笑みを浮かべる。水のようにジョッキの中身を飲み干したキャリイは再び酒を注文する。店員によって運ばれてきたのは酒の入れられた一回り大きなジョッキであった。涙の出そうなほど強い匂いがユウキの目を突く。
「お前らこいつは飲んだことあるか?この町の特産品の酒なんだがな、酷く強えがうんめえぞ」
ジョッキに半分ほど注がれたそれを一気に飲み干したキャリイの姿を見てユウキは顔をしかめた。同じようにカナタも顔をしかめている。
「飲まんのか?ほれ、うんめえぞ」
ジョッキをくいくいと動かし、彼は催促して見せる。臭いだけでわかる度数の高さに乗り気になれるわけがないのだが、勧められて断るわけにはいかない。残った酒を飲み干しジョッキを叩きつけるように置くと、キャリィの手に握られているジョッキをもぎ取った。手に取った瞬間に鼻と目を突き刺すアルコール臭にたまらずユウキは目を瞑る。しかし、ここで引くわけにはいかない。覚悟を決め恐る恐るジョッキに口をつけ、酒を流しこんだ。瞬間、訪れたのは激痛。そのあまりの衝撃にユウキは口に残った酒を吹き出し、むせこんだ。
「ゲホッ、ゲホッ!?なんじゃこりゃ!?シヴァリアで飲んだ酒でもこんなに強くなかったぞ!」
ユウキは口直しに適当な料理を口の中に放り込んでいくが、なかなか残った酒の余韻が消えない。それほどにアルコールが強いのだ。
「あん?シヴァリアの酒は確かに強えがうちのこいつにかかれば子供だましよ。俺もそれなりに生きているがこいつほど強い酒は知らないね。さ、カナタもグイっといけ!」
キャリイはさらにカナタにも酒を勧める。微妙に顔を歪めているが人のいいカナタは断ることなくユウキの前に置かれたジョッキを手に取って口をつけた。まだまだ日は高い。宴は始まったばかりである。
「うえっぷ……。あの酒がばがば飲ませやがって……。おかげでめちゃめちゃ気持ち悪いし、カナタは潰れちまうし……」
宴を終えた三人は解散し、キャリィは自分の家へ、二人は宿に戻っていた。しかし、ユウキのコンディションは飲まされた酒のせいで最悪。今にも吐きそうになっているし、カナタに至っては潰れてユウキの背中で眠り込んでいる。鬼というのは先頭力が高いのと同時に、酒に強いという印象があったユウキであったが、潰れているシンラを見てそんなこともないのかと印象が変わった。
「明日は依頼なしで休むかな……。ぜってえ頭痛いよ……。おーい、頼むから自分で歩いてくれよー」
妖怪という存在の印象が少し変わりつつあるユウキはぼやきながら歩き続ける。背中で寝ているカナタを揺さぶり何とか起こそうとするが完全に寝付いているカナタは簡単なことでは起きそうにない。起こすのを諦め再び歩き始めるユウキは背中から妙な音を聞く。苦しそうにカナタの口から漏れる声。チラリと表情を窺うと苦しそうに歪めている。
酒を大量に飲んでいて、ユウキの背中で揺られていた。となればこの後何が起こるかは想像に難くない。
「ちょちょちょ!おい!マジでやめろって!」
ユウキは顔を青ざめさせパニック状態に陥る。何とか起こして止めさせようとするが、全く動じることなく表情を苦しそうにするだけである。さっさと背中から降ろせば被害は少なく済むのだが、パニック状態のユウキはそんなことにも気づかない。カナタの顔に書かれた苦しさが最高潮に達したとき、カナタの口から酸の源泉と汚泥があふれ出し、ユウキの服の中に流れ出した。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
ユウキは悲鳴を上げることしかできずにその気持ち悪さに涙を流した。




