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冒険、始めちゃいました。  作者: カイナベル
第一章 始まりの町編
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道中、いろいろありました。

 「さすがに疲れたな」

 

 ユウキが森に向かって歩き始めてからおよそ一時間。街に続くであろう道に出てからも休みなく歩き続けていたが、街どころか人っこ一人見ることができていない。一時間も歩いたら、人一人くらいにあってもおかしくないくらいのものではあるがそれは現状叶わぬ願いと化している。ユウキに見えているのは空を羽ばたいている鳥だけである。くるくるとユウキの上を旋回しており、少々精神がすり減っているユウキにはそれが小馬鹿にされているように見えた。さらにユウキの精神の摩耗を促進させていたのは、一時間も歩いているのに景色が全く変わらないことだった。

 

 森自体は近づいているため大きく見えるようになっているが、そんなものは気休めにもならない。森以外は景色がほぼ変わらない。そろそろユウキもこんな考えを持ち始めるのではないだろうか。いや既に持っている。「あの性悪女神、だましやがったんじゃないか?」と。が、さすがに教えられたものは信じたいし、命に関わることをさすがにホラ吹かないだろうと(命を奪ったのはドジふんだだけなので一応セーフということで納得している)と、心を侵食し始めていた疑念を洗い流し歩くことに集中する。

 

 森が次第に視野の面積を大きく取り始め、その大きさはかなりのものになる。目測で横幅だけでおよそ百メートルはある。経験したことないほどの大きさに驚きながら、気持ちを奮い立たせようとしたときに問題が発生する。肉体的疲労の蓄積である。精神面は何とか誤魔化せても身体面はさすがに誤魔化しようがない。一時間以上舗装されていないデコボコの道を歩いていたらさすがに肉体は疲弊する。スポーツマンであったら軽く乗り越えられるだろうがあいにく彼は部活無所属、もうすぐ十八歳の一般ピーポー。肉体の疲労は無視できず、自らの疲れを一部分でも意識し始めたら自分の身体のいたるところが気になり始める。それは胃袋も例外ではなく、胃に意識が行ってからは空腹を告げるアラームが鳴り続けている。何とか考えないように意識するが、アラームの音量は大きくなるばかりで止まることを知らない。空を見上げ、太陽の位置を見ると斜めに傾いている。腹時計との兼ね合いでちょうど昼過ぎだと考えたユウキは頃合いと判断し、一度脚を止め休憩することにした。

 

 辺りを見渡し、周りとは離れたところに生えた一本の木を見つけその木の陰に入る。木の下に腰を下ろしウエストポーチから水筒と食料を取り出す。食料は干し肉で、いざ一口と思いかじってみると、干し肉。どうしようもなく、干し肉だった。そんなところだった。まぁ、飢え死にしなくて済むのならばこれはこれで、と納得し配慮をしてくれた女神に心からの感謝を心の中でする。シオンの印象が先ほどから掌ちぎれそうなほどにくるくる回っているがそんなことは気にしないほうがいい。干し肉を半分ほどかじり取り水で流し込む。食事を終え両方をポーチにしまい屈伸をしながら立ち上がる。

 

 そよ風が顔に吹き付けてくるが気温が高めであるため、肌を撫でる風も暖かく逆にとても気持ちがいい。一度グーンと伸びをしてから、再び歩き始めいよいよ森に足を踏み入れる。ズブの素人がのこのこ森に入っていくのは本当であればよろしくないのだろうが、考えたところで今のユウキにはどうしようもない。気にせずにどんどん奥に入っていく。

 

 森の中にも獣道ではなくきちんとした道があることに内心ほっとする。木々が傘のように陽の光を遮っているため草原を歩いていたころよりも日に当たらず少し冷えたが、それでも十分すぎるほど暖かい。道に沿って歩き続けているとユウキは木の枝が折れる音を耳で捉えた。

 

(第一異世界人発見か?)

 

 ユウキがまずとった行動は警戒行動、要は辺りを見渡すことだった。いつでも動けるように膝を曲げ、大剣に手をかけながら目を凝らし、じっくりと周囲を見回す。ピりついた空気が流れる中でも頭の片隅でこんなのんきなことを考えられるあたりやはりユウキは少々楽観的であると言える。集中した意識は周囲の動きを鮮明にとらえているが、特にこれといった動きはない。目に映るのは先ほどと何も変わらない風景のみ。木の枝が折れる音なんて何かが動かないと出ないはずなんだが?と思いながら、剣にかけていた手を頭に持っていき、ぼりぼりと頭を掻きながらもう一度辺りを見渡すと目に入ったのは足元に真っ二つに折れた木の枝。

 

「俺かよ!」

 

 ユウキは小さくつぶやく。ユウキの初めての異世界での出会いだと思ったことと敵かもしれないと考えて上がった好奇心と警戒心が一気に下降する。異世界での初めての出会い。不安とわくわくで胸が高鳴るのは、刺激を求める少年にとっては無理もないことだった。

 

 「まあいい」内心呟いたユウキは再び森の中を歩きだした。森の中は太陽が見えないため、時間が分からない。街に今日中に着くのであれば森は早いうちに抜けておいた方がいい。先ほどのドジを忘れ、再び歩いていると、二度目のパキリという音がユウキの耳に届いた。

 

(今度こそ第一異世界人発見か?)

 

 再び上昇する好奇心と警戒心。今度は草木が揺れる音、しかも断続的。つまり何かしらが動くことでしか出ない音である。警戒しながら、音の方向を注視する。高まる警戒心に少々不安になりながらもユウキは喜びを感じていた。警戒して体が軽く強張っているが、口角は全く気付くこともなく吊り上がっていた。音がさらに近づき、目の前に来た時ユウキの緊張は異世界に来てからの最高潮へと昇りつめた。藪を掻き分けて音の正体が俺の目の前に姿を現した。

 

「……は?」

 

 そう口に出たのは完全に無意識であった。ユウキの口の筋肉の緊張が解け、下顎が一気に落ちる。いわゆる開いた口が塞がらない、という状態である。異世界での初めての出会い、どんな素晴らしいものが待っているのかと思えば。現れたのは、緑の体表、ぎょろぎょろと動く大きな目、大きさはユウキよりも小さい三頭伸、見てもこれは、ゲームやライトノベルなどで、特にファンタジー系ではなじみ深い、

 

「ゴブリンじゃん……」

 

 ユウキの呟きにゴブリンが反応する。先頭のゴブリンがユウキのことを一瞥したかと思うと、にやりといやな笑みを浮かべ、口を大きく開ける。何をするのかとユウキが考える暇もなく、ゴブリンは大きく雄たけびをあげる。その声に静かな森に響き渡り、そのざわめきは森中に広がっていく。別の場所では同様の雄たけびが上がり、ざわめきは大きくなっていく。雄たけびに後続のゴブリンが反応。散開してユウキの周りを取り囲む。ユウキは直感した。先ほどのの雄たけびはおそらく、というより確実にそういうことだった。

 

「GYAAAAA!」

 

 異世界でのユウキの初戦闘の狼煙が上がる。

 

「……ふう」

 

 大きくため息をつき、剣に手をかける。ユウキは本日二回の憂鬱に頭が重くなる感覚を覚えた。

 

 

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