第十三話 ランク、昇級しました。
「……眠い。……疲れた」
森の中で見境なしに暴れまわったユウキは効果が切れた瞬間糸の切れたマリオネットのように動けなくなり、体力の限界から無防備な状態で眠りにつくこととなった。目が覚めた時には日は傾き始めており、空は真っ赤に染まっていた。急いで帰ろうと立ち上がったユウキであったが限界まで使ったユウキの体力が簡単に回復するわけがなくさらには身体はボロボロでまともに動けたものではない。この二つが重なって森の中をゾンビのような冒険者がさまようということになった。
さらに問題だったのが、オオカミを倒そうとするあまり奥に入り込み過ぎ街までの道のりが一切分からなくなってしまっていたことだった。作ったはずの目印すら見つけることが出来ず、その影響で暗くなりつつある森の中を彷徨う羽目になり森から出るころには完全に太陽が隠れてしまっていた。戦闘の疲れと素材の重さはユウキの足取りの重さに拍車をかけ、森から街までの、どんなに遅くても一時間ほどの道のりを二時間近くかけて帰宅することとなってしまった。
完全に陽が落ち、真っ暗な中で一人寂しく歩き続けるユウキ。誰一人として彼とすれ違うことはない。真っ暗な中を遠くに見える街の明かりを頼りに歩き続けるユウキは本来であればにやけそうになっているのを意地でも堪えようとする、というのが理想であったが今の彼にはその元気すらない。足取りはふらふらとしており、疲れで表情筋は完全に機能停止している。
やっとの思いで辿り着いた街は普段と変わらぬ賑わいを見せており、日常に戻ってくることができたことを実感しほっと一息つく。安心してへたり込みそうになるが、必死の思いで堪えて集会場を目指す。集会場に入ると昼の賑やかさとは正反対に人は二桁もおらず、非常に静かである。
人が入ることもないような時間帯に集会場に入って来たボロボロのユウキに一斉に視線が集まり小さく嘲笑が上がる。このあたりでここまでボロボロになることなどないため、知らない人間が見ては当然の反応である。いつもならば何かしらの反応を見せるところであるが今日は気にしている暇がない、というより見えていない。いつものようにカウンターに向かおうとしたところで、カウンターから飛び出したサリーナが駆け寄ってくる。
「お疲れさまです。随分と遅かったですね」
サリーナは観察するようにしてユウキを見回す。やはり彼女からしてもここまでボロボロになるというのは不可解だったのだろう。彼女の視線を気にすることなくユウキはリュックを地面に投げつける。その唐突すぎる行動に驚きながらそれを拾い上げ、背中を向け集会場から出ていこうとしているユウキにその意図を尋ねた。
「これは?」
「リュックに今回の素材全部入ってるんで全部売り払って。詳しい話は明日で。本当にもう限界なんだ……」
そういったユウキはサリーナに背を向け、集会場を後にしようとする。そんな彼をサリーナは呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待ってください!報酬受け取らないでどうするんですか?」
「帰って寝る」
そういったユウキは一方的に別れを告げ、集会場を後にする。残されたサリーナはどうしていいかわからなかったが、素材売却の資料を作るために、カウンターの奥へ戻っていった。
集会場を後にしたユウキは無心で宿屋に向かう。宿屋に入り鍵を受け取ったユウキは即部屋に入り、鍵を閉めるとすぐにベッドに倒れこむ。そして十秒もしないうちに深い眠りについた。
顔に当たる朝日で目を覚ましたユウキは、たっぷりと時間をかけて起き上がると体の調子を確認する。ところどころに痛みが残っているが依頼を受けずにのんびりと過ごす今日を生きるのに支障はない。体中を伸ばしストレッチをしベットから降りて窓を開け外を覗いてみる。太陽は真上まで昇っている。
のそのそとした動きで準備を整えたユウキは宿を後にして集会場へ向かう。背中にはいつものリュックがなく大剣が隠れることなく太陽の光を反射している。空腹を感じながら歩くユウキはいつものように屋台で昼食を買い、それを頬張りながら集会場に入っていく。中は賑わいを見せておりいつもの四人やサリーナがいる。その中に昨日のユウキの姿を見た冒険者もいるのか、彼のことをあざ笑っている。昨日と違い、体力が全開のユウキは彼らに睨みを飛ばしながらカウンターに向かっていく。
「ヘイ、昨日渡した素材の値段はついた?」
書類に視線を向けていたサリーナに声をかけると、突然声を掛けられた驚きで表情を変える。が、確実にその中の驚きとは違う、焦ったような感情が含まれているのに気付く。
「おはようございます。ちょっとこちらのほうにお越しいただけますか?」
しかしそこはプロ。すぐにいつもの表情に戻るとカウンターから出てユウキを奥の部屋に誘導する。何事かと思いながら誘導のままに奥に進んでいくと一つの部屋に案内される。応接室らしき部屋に対面で置かれた高級そうなソファーに座らせるとそのままサリーナはどこかに出て行ってしまう。放置されたままソファーでくつろいでいると閉められた扉が開き、サリーナとともにきっちりとした服装で胸元にバッチをつけた人物が入ってくる。始めて見る人物を観察していると彼がユウキの前の席に座る。
「さて…、君がユウキ君だね。私はここのギルドマスターをしているガドルというものだ」
目の前の男は服装を整えると丁寧な所作頭を下げながら自己紹介をする。いきなりの重役の登場にユウキは戸惑いを見せるが、挨拶にはあいさつで返さねば無礼というもの。ユウキも挨拶をしようと当た上を下げようとするがガドルに手で制されてしまう。
「ああ、自己紹介は構わない。君のことは彼女から聞いている。世間話はなしで早速本題に入らせてもらおう」
本題に入るといわれ、ユウキが姿勢を正すと、ガドルはサリーナに視線で指示を送り白い何かを持ってこさせる。鋭くとがったそれ、ユウキには見覚えがあった。
「これが何かはわかるね?」
「もちろん。俺が昨日彼女に渡したリュックに入れてあった牙だ」
「そうだ。君が彼女に渡した袋の中のゴブリンの素材に混ざっていたものだ。この近辺でこれほどの大きな牙を持つものは限られている。そのうえで君に聞こう」
ガドルはユウキの眼を見据え、問いかける。
「君は昨日何を討伐したんだい?」
しっかりと自分の目を見て問い掛けてきた彼にユウキが嘘をつく必要性は一ミリもない。嘘を含ませることなくありのままで応える。
「体長三メートルくらいの巨大なオオカミらしき生物だ。あれが何なのかは知らん。いきなり遭遇して戦闘を余儀なくされた。その結果討伐した」
ユウキの主張にそうか、と完結に答えた紳士は眉間を揉みながら思考し始める。その間にユウキは部屋の隅に立っていたサリーナを手招きして事の詳細を問う。
「あの牙の持ち主ってなんなんだ?」
「恐らくですがユウキさんが討伐したのニンビルウルフというオオカミですね。生息域自体は広いのですがこのあたりには生息していないんですよ。まあたまに別の地方から流れてくることはあるんですが」
ユウキはへえと息を漏らす。このあたりではイレギュラーな生物サリーナは顔を上げていた紳士を見て、そそくさと部屋の隅に引っ込んでいく。それを見たガドルはユウキが会話を終えたのを見計らって言葉を紡ぎ始める。
「ここからが重要だ。君が今回倒したニンビルウルフは本来Eランクの生物であり、この牙の大きさからみるにかなり成熟した個体とみえる。それほどの生物をFランクの冒険者が、なおかつ単独での討伐というのはあまり例にない。ランクのすべてが戦闘力のすべてではないとはいえこれは結構稀な例だ。そこで今回、私の判断で君をEランクに格上げする推薦状を本部に送りたいと思う。もちろんこれは特例的な措置であるし、君が拒否するというならば無理強いはしないが…」
「拒否する理由があると思うか?もちろん受ける」
上を目指しているユウキにとってこんな機会は千載一遇のチャンスである。受けない理由がなどどこにもない。ここで受けないのはよほどの真面目野郎くらいだが、彼はそこまで真面目な人間ではない。膝の上に置いた握り拳を強く握りしめ、喜びを噛みしめた。
「よろしい。ならば推薦状を出して結果が届くのは今日から三日後だ。楽しみに待っていてくれたまえ。以上だ」
「よろしくお願いします」
そういったガドルは席を立ち応接室を後にする。立ち上がり頭を深々と下げそれを見送ったユウキも後を追うように部屋から出た。続いてサリーナも部屋を後にする。
「それにしてもよかったですね。ランクが二つも上がって」
「そりゃねえ。それよりそんな奴相手に生きて帰ってこられた方がよかったわ」
「それよりもなんで戦うことになったんですか?」
「本当に成り行きだったんだよ。ゴブリン追い回してたら運悪く遭遇してね」
さすがに街のみんなが心配だったとは言えないユウキははぐらかしてサリーナに伝える。彼女もそれ以上追及することはなかった。
「しかし、なんて言おうかな」
「四人にですか。普通に言えば祝福してもらえますよ。私からもやんわり伝えておきますし」
「そりゃ助かる。俺の口から言ったら自慢みたいになっちまうからなぁ」
二人が集会場のロビーに戻ってくると、彼らの姿を見つけたいつもの四人が駆け寄ってくる。
「どうしたの。奥に連れていかれてたみたいだけど」
「もしかして何かやらかしたのか?」
にやりとしながら言ったスグルドを見て二人は顔を見合わせる。視線でどうするかを決めた会話を終えたサリーナが説明を始める。
「実はですね……」
「はあ、一気にEランクねえ」
三人は息を漏らし感心しており、ユーナ一人だけが驚きの表情でぶつぶつと何かをつぶやいている。
「まあ、まだ確定ではないんですが、それでもほぼ確定的でしょう」
「まあ純粋に良かったじゃねえか! 上を目指すんだったらもらっておいて損はないぜ」
スグルドはユウキの肩に手をかけ、バシバシと叩きながら祝福する。もちろんではあるのだが、このままEランクになっていいのかという懸念もあった。今回討伐できたのは、状況がうまく絡み合い、なおかつ運も味方したからに過ぎない。先ほどは威勢よく肯定してしまったが考え直してみたユウキは実力に見合っていないんじゃないか、ともほんの少し思い始めていた(とはいえ今更降りるつもりはないが)。そんな考えが顔に出ていたのか、それを見てラクスがフォローに入る。
「本来ランク昇級の際の試験というのは単独ではなく複数人で行われることが多い。それに運もあったから、みたいな顔をしているが運を引き入れるのも実力だ。もっと胸を張れ」
ラクスのフォローにその場の全員が少々驚くが、ラクスのフォローでユウキは自信が持てた気がした。下を向いていた顔が上に向く。
「ランク昇級の報告は何時頃?」
「大体三日後ですね」
「よし!じゃあおごりは三日後だな」
スグルドが日程を決めながら拳を手を打ち付けるとフリアがキャーと歓喜の声を上げる。そんな中一人静かに佇んでいたユーナはユウキを穴が開きかねないほど見ながら小さく何かを呟いていた。それに気づいたユウキは声をかける。
「どうした?」
話しかけられたユーナはこちらの世界に戻ってくるようにはっ、と表情を変えると彼の問いかけに答える。
「負けていられません!お暇でしたら私の依頼にお付き合いいただいてもいいですか!」
声を張り上げ、鼻息荒くユウキに詰め寄りユーナ。その気迫にユウキはのけぞる。があいにく今日は依頼を受ける気はない。それをはっきりと伝える。
「今日は無理。明日からならオーケー」
「構いません!是非明日からお願いします!」
そういうとカウンターに向かって走り出し少しすると集会場を飛び出していく。それを見た三人の一人は慌てて、もう二人は呆れたように後を追ってで集会場を出ていく。置いてけぼりを食らった二人は顔を見合わせる。
「とりあえず、報酬の確認をしましょうか」
「そっすね」
二人はカウンターに戻り、昨日の報酬の清算を始めた。




