第十一話 昇級試験、始まりました。パート2
歩き始めて五分ほど。ユウキの妙な音と臭いを捉える。血のような鉄臭い。音に至ってはぐちゃぐちゃと、肉が噛み切られ咀嚼されるような音。恐れずにその方向へと近づいていくが、ある一定の距離まで近づいたところで第六感が危険信号を発し、木の陰に隠れる。
木の陰から首を出し様子を伺うとユウキの視線の先には大型の狼のような生物がいた。この言葉では大型犬程度という印象を持たせるが大きさは少なく見積もっても体長三メートル、高さ一メートル、あるいはそれ以上の大きさである。不運なゴブリンの死体を貪っている口からは鋭くとがった牙がギラリと光っておりナイフのようにゴブリンの身体を易々と切り裂いている。食べられているゴブリンは先ほどユウキから逃げ出したゴブリンであろう。不運にもユウキから逃げ出してオオカミと遭遇、そのまま食われてしまったのだろう。かわいそうに。
一心不乱に肉を貪っているオオカミにもし見つかってしまえば戦闘は免れない。勝てる保証などどこにもないし、運よく倒せたとしても骨の二、三本は確実に持っていかれ依頼続行が難しくなるだろう。今のユウキでは倒せる見込みがかなり低い。そのため、見つからないようにその場を離脱することを選択した。
異常な緊張感が漂う中ユウキは逃げ出すタイミングを見計らう。オオカミがゴブリンの死体を食べ終え、満足したようにユウキとは逆の方向を向いた瞬間ユウキは離脱する。
ぱきっ
不穏な音をユウキの耳は捉える。嫌な予感がした。この音に思い当たる場所があるユウキはまずは足元を見る。そこには二つに折れた木の棒と自分の足があった。一か月前にも似たようなことをしたユウキはデジャブを感じ、大きくため息をつくと手で顔を覆った。オオカミやイヌの聴覚というものは非常に高い。だとしたらこの至近距離で鳴り響いた音を聞き逃すはずはない。
「グルルルルル……」
狼はユウキの方を向いて牙をむき、地獄の底から鳴り響くような唸り声をあげている。体中に力が籠っており、少しでもアクションを起こした瞬間、飛び掛かろうという意思を格好で表している。その姿を見て今すぐにでも逃げたいと思ってしまったが、動くことが出来ない。とりあえずこのまま何もしないのはよろしくないと判断したユウキは何かしらのアクションを起こすことにした。片手を上げ、にこやかな笑顔を顔に浮かべる。
「ハ、ハロー?」
友好を深めるための挨拶は火に油を注ぐ結果となってしまい(当然である)、オオカミの怒りを誘発した。
狼はユウキの頭を噛み砕くために頭に向かって飛び掛かった。
「さいっあく!」
ユウキはそれを咄嗟に横に転がることで狂暴な意思を内包した凶悪な顎を回避する。すぐさまに立ち上がりオオカミの方を向くと、オオカミは躱されたことがよほど気に食わなかったのか、ユウキを殺意のこもった眼で睨みつけ、牙をガチガチと鳴らしていた。もう逃げられないと判断しユウキは大剣を構えて戦闘態勢をとる。すると構えた瞬間、オオカミはまた頭に狙いをつけて噛みつきにかかる。しかし躱すだけではこの状況を打開することはできない。オオカミをしっかりと見据えたユウキはバックステップでギリギリのところで回避する。目の前でナイフのような歯同士がガチンと音を立て当たる。躱すことができなかったらと考え背筋が凍るような感覚に襲われた。しかし、攻撃に転じることのできる距離で回避できた。手に持った大剣を信じ、反撃に転じる。剣を横一文字に振るうがオオカミはしなやかな身を翻して何の苦もなく躱して見せる。今までに経験したことの無い敏捷さに舌を巻きながらその速度を冷静に分析する。確かにその速度は速いが当てられないほどではない。もう少し早いタイミングで振れば当てられるだろう。そう分析したユウキは、大剣を握りなおすと目の前のオオカミの一挙手一投足を観察する。
一度体勢を直すためにユウキが少し右足を後ろに引くとオオカミは弾丸のように走り出す。このまま当たってしまえば確実に肺に衝撃が走り呼吸がままならなってしまう。そうなれば確実に戦闘不能。ここで戦闘不能になるのは絶対に避けなければならないと直感的に思ったユウキはオオカミの側面に回り込むように横に跳びこむ。
すると急激に側面に入りこまれたオオカミはユウキのことを一瞬見失う。オオカミは死角に入ってしまったユウキをキョロキョロと周囲を見回し見つけ出そうとする。その間にユウキは地につけた体を起こし、大剣を無防備なオオカミの胴体に向かって振り下ろした。
「グオオオオオ!?」
オオカミの体毛を掻き分けて皮膚を切り裂いた一撃に悲鳴を上げる。顔にもそれが現れており、表情は歪み苦悶に満ちている。オオカミの皮膚は固さがほとんどなく非常にしなやか。それを大剣越しに感じ取ったユウキはオオカミの速さに気を付け、ヒットアンドアウェイの戦法を取ることができれば逃走、あるいは、と考えた。
斬りつけた後はすぐさま後ろに跳び退り、距離を取り直す。オオカミの眼光はさらに鋭くなり、傷つけられたことにより殺意はさらに強まった。威嚇のために大きく吠えたオオカミは再度ユウキに噛みついた。これをバックステップで回避するが、噛みついた後連続して噛みつきが襲い掛かりユウキの眼前にオオカミの牙が迫っていた。二度目が来るとは思わなかったユウキはとっさに膝の力を抜き体を逸らすことでことで身体を落とし回避する。
が、オオカミも学習しないわけではない。下に沈みこんだユウキのことを予想していたように、オオカミは下に向かって鈍器のように頭を振り下ろす。なりふり構わない攻撃。オオカミのユウキへの怒りが伝わってくる。さすがの連撃にユウキも怯むが、引いた弓が元に戻るときのように無理やり体を持ち上げながらも斜め前方に向かって転がり、側面の死角に入りこむ。カーゴパンツの裾に牙が掠めるが気にしている場合ではない。余計なことを考えている暇すらなく死角に入り込んだユウキは、攻撃に転じようと立ち上がり剣を振るうが、ユウキの動きを追っていたオオカミは即座に大剣の間合いの外に回避し、振るわれた大剣は空を切る。距離を取られたユウキは立ち上がり、大剣を構えなおす。
「このままじゃ……」
じり貧だよなあ。ユウキの口からつぶやかれた一言はこの戦闘を如実に表していた。先ほどの動きでわかるが、オオカミの動きはユウキの動きを上回っており、既に死角に入るのも、不意打ちすらも通じない。したところでかわされる。この状況を打開するためには隙を作る奇策が必要だった。ユウキはオオカミの動向を見定めながら自分の頭脳を働かせこの状況の打開策を考え出そうとする。
十秒ほど考えたところでユウキはポーチの中を思い出す。先月買ったあれは使えるだろうか。そう思い、ユウキは下がりながらポーチの中に左手を突っ込み中をまさぐっていく。ポーチをまさぐることとオオカミに夢中になっていたユウキは他の確認を怠っていた。
「おっと」
咄嗟のことで集中していたユウキの意識が持っていかれる。ガッ、という音の正体は木の根っこ。そこに躓いてしまい小さく体勢を崩す。しかし、その一瞬。一瞬目を離してしまったのが致命的なミスとなってしまう。オオカミは意識がそれた瞬間、スタートダッシュを切り、傷を全く感じさせない敏捷性でユウキへと迫った。その速さはトラック以上。
「……!?」
ユウキの声が声にならないほど走る速度はすさまじい。ユウキが体勢を整える一瞬の間に既に二人の間の距離は約五メートル。もう回避行動はとれない。今ユウキに取れる行動は防御のみである。とっさに剣を盾のように前に出して地面に差しガードを試みるが、オオカミの身体はユウキより大きくその分重量もある。その重さはユウキのおよそ三倍以上。その質量と速度からくる運動エネルギーはユウキだけでは受け止めきれるような代物ではない。ユウキの身体は蹴られたボールの如く吹き飛ばされ、
「ガフッ!?」
木にぶつかることでやっと停止した。




