↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/22

繋がっているから

 王都の外れにある建物に戻って部屋に入ると、ソファで眠っていたエミリアがぱっと顔を上げた。

 見張りのため窓辺に立っていたナタンは、神妙な顔でこちらを見ている。


「ごめん、起こしたわね。ナタン、代わるわ。あなたも仮眠をとって」

「いえ、私は大丈夫です。隊長こそ――」

「いいから。夜明け前には出るわよ。あと一時間もないわ。休みなさい」


 ジェニーは部屋の中央にあった椅子を窓辺に持ってくると、ナタンの顔を見ずにそのままそこに座る。

 するとソファから立ちあがったエミリアが、有無を言わせぬ口調で言った。


「ナタン、隣の部屋で休んで」


 エミリアはジェニーの前まで来ると、外を見たまま目を合わせようとしないジェニーの顔を覗きこんできた。

 エミリアの顔がかつてないくらい近づいて、驚いてジェニーは椅子から立ちあがる。慌てて顔を逸らした。

 ナタンの方を振り返って、エミリアはもう一度言った。


「休んで、ナタン」

「……そうします」


 ナタンは隣室へ行って扉を閉めた。

 扉の閉まる音を確認して、エミリアはそっとジェニーの頬に触れた。その指に促されて、逸らした顔を戻せば、ジェニーより少しだけ背の低いエミリアと目が合う。


「なんて顔してるのよ」

「…………」

「カミーユは、何て?」


 ジェニーはゆるゆると口を開いた。自分が思っていたよりもずっと声が震えていた。


「リュカとアリアーヌのこと、ユメル家とのこと。自分にできることをやりたいって。国内の派閥間にも影響が及ぶことだし、簡単ではないと思う」

「……どれくらい掛かるか分からないわね」


 こくりと頷くと、エミリアは手を伸ばしてジェニーの後頭部を引き寄せた。ジェニーは抵抗せずに、エミリアの肩の上に顔を押し付ける。

 いつになく優しいエミリアの声が耳元で聞こえて、ジェニーは体を震わせた。


「愛は目に見えないけれど、だからこそ簡単に消えてなくなりはしないわ」

「…………」


 ジェニーは手を動かしてエミリアの衣服の端を掴んだ。

 エミリアはジェニーの後頭部を子供を扱うようによしよしと撫でながら、気遣うように言った。


「大丈夫?」


 ジェニーは顔を上げないまま頷くと、くぐもった声を出した。


「大丈夫……。つがい、だから」

「……そう、良かったわね。二人ならきっと、乗り越えられるわ。信じることよ」


 エミリアがいてくれてよかった。友人という存在の有難みを、こんなにも強く感じたことは今までなかった。


「ありがとう」


 ジェニーは心から感謝していた。慰め、励ましてくれたことを。そして部下に情けないところを見られないように配慮してくれたことも。


 それからジェニーは、ようやく顔を上げた。急に気恥ずかしくなって、それを隠すように緩く笑う。


「……こんな風に動揺するなんて。私、弱くなった?」

「そう結論を出すのは早急ね。愛を知ることで、人は弱くも強くなる」


 愛とは何か。簡単に分かるとも思えないけれど、少なくとも信じてみようという気持ちになった。


「エミリアの研究に、私も協力すべきね」


 そう言うと、エミリアは花のように微笑んだ。


「歓迎するわよ」


 その後、ジェニー達は明るみ始めた空の下、予定通りパラディーを出た。


 フォンテの基地まで無事に戻ると、休息を取ってから乗ってきた軍用車でテスタリオに出発した。

 助手席ではエミリアが、手にした試験管を残念そうに眺めている。


「部長ががっかりするわね。粉々になっちゃって」


 試験管の中には入っているのは、砕け散ったオレニアの欠片だ。研究所を抜け出す前に、エミリアはきちんと回収していた。彼女のウエストバッグには、もう何本かオレニアや、オレニアが浸かっていた溶液の入った試験官が収納されている。


「でも結果的にカミーユに魔力が戻ったし、そのお陰で私は助かったわ」


 後部座席からジェニーが言うと、視線を寄越したエミリアがふっと小さく笑った。


「危なかったわね。珍しく」

「……薬を使うなんて、反則よ。というか狭いところ、苦手なのよ。加減しなくちゃ全部巻き込むし」

「確かに、地下で生き埋めにはなりたくないわ」

「まあ、そうなったとしてもナタンが見つけてくれたわよ。ねえ?」

「私は人狼ほど鼻が利かないですからね……。隊長の魔力は感知できても、エミリアさんは微妙かもしれません」

「……私ってあなたのつがいじゃなかったの?」


 ナタンの冗談に笑って、ジェニーは窓の外を見やる。

 隣の座席が空なので、ジェニーの視線はずっと前か、外にばかり向けられていた。誰もいないそこを見てしまうと、寂しさが込み上げてしまう。


「デバイスを持ち帰れなかったのが残念でならないわ」


 エミリアがぼやいた。

 オレニアが砕け散ったことで、またフランセットが死亡したことで、魔力吸収の魔具の研究は頓挫するだろうが、今後も注視する必要があるだろう。他にオレニアがないとも限らない。報告書にはそうまとめる必要があるとジェニーは考えていた。あとは軍の秘密情報部に引き継ぐことになるだろう。


「カミーユ、早くこちらに来てくれないかしらね。どうして魔力が戻ったのか、調べたいわ」


 エミリアの言葉を聞きながら、ジェニーは窓の外を眺め続けた。


 白い鳥の群れが、澄み渡った青の中を涼やかに泳いでいる。飛んで行くことはできないけれど、いつだって見上げることはできる。

 ここから彼のいるところまで、空はずっと、繋がっている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。