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金色の人狼

 研究室に残っていたのは、人型をした女の人狼だけだった。他は既に避難を終えたようだ。

 白衣を着た彼女は、年の頃は三十代後半くらいに見える。思いつめたようなきつい目をしていた。


 女はカミーユの姿を見て、分かりやすく動揺した。後ろに数歩よろめいて、沢山のガラス瓶が乗ったワゴンにぶつかれば、瓶のいくつかは落ちて割れてしまった。


「やあ、所長。数える程しか会ったことはなかったけど、その様子じゃ俺のこと、覚えていてくれたみたいだ」


 部屋に入ったカミーユがそう言えば、色を失った唇を震わせて、フランセットは手にしたものを抱きしめた。これから一緒に逃げようと思っていたのだろう。大きなガラス瓶に入った薄赤の液体には、濃い血の色をした鉱石が沈んでいる。


「どうして――」

「それはこっちの台詞。どうしてアリアーヌまで巻き込んだ?」


 怒りのこもった瞳で睨みつけたカミーユに、フランセットは体を固くして部屋の壁際まで後ずさる。

 逃がさぬように距離を保って見守るジェニーとエミリアの二人に視線を送って、フランセットは歯ぎしりをした。


「……そんなものを連れてくるなんて!」


 そんなもの扱いされたジェニーとエミリアは、揃って眉間に皺を寄せた。

 フランセットは嫌悪感をあらわに、カミーユを睨んで罵った。


「どうして、ですって!? お前のように簡単に人を受け入れる国王派が許せないからに決まっているわ! ジョフロワ様だって本当はヴィルシェーズ家との縁談なんか絶対に嫌だと思っているはず。だから私が代わりに手を下したのよ。お前がアリアーヌを攫ったことにすれば、ジョフロワ様はヴィルシェーズ家を絶対に許さない」

「……そうか。だったら君がアリアーヌを閉じ込めていたことをユメル卿が知れば、どう思うかな」


 感情を殺したような声でカミーユが言い放てば、フランセットは目を見開いてわなわなと体を震えさせた。


「まあ、そんなことはどうでもいいか」


 カミーユは冷笑して、手を出した。


「とにかくそれ、渡してくれるかな」


 フランセットは一瞬視線を胸の中のガラス瓶に落とした後、挑むような眼差しを向けてきた。


「……誰が渡すもんですか。これは研究のために必要なのよ。ジョフロワ様の役に立つために」


 噛み殺してやらんばかりの目つきで睨みつけるフランセットに、ジェニーが一歩進み出た。


「渡しなさい。これはお願いじゃない。命令よ」


 ジェニーの周囲が淡く発光していた。それが無数の魔力の粒子だと気がついて、フランセットは戦慄した。


「わ、私を攻撃すれば、これも無事じゃ済まないわよ」


 そう言いながらじりじりと横に動くフランセットに、ジェニーは僅かに目を眇めた


「止まりなさい」


 と、ジェニーが声を上げたところで、フランセットは壁際にあった大きな荷物に手を伸ばし、それに掛けてあった布を勢い良く剝ぎ取った。


 それを見た瞬間、思わず皆が息を呑んだ。


 荷物と思っていたものは大きな檻で、中には大きな狼が二匹、うずくまっていた。二匹からは魔力を感じる。普通の狼じゃない。きっと人狼だ。

 だが弱い。こうして対峙してようやく感じる程度だ。彼らはここで何かをされていたのだとすぐに察することができた。


「ほら、出番よ」


 フランセットが檻の前を上げれば、それを合図に狼たちは勢い良く飛び出してきた。


「カミーユ、下がって!」


 咄嗟にジェニーは魔力で障壁をつくり、狼たちは光の壁にぶつかって跳ね飛ばされた。

 彼らはすぐに体勢を整え、低い唸りをあげる。


「ジェニー、私が防ぐわ」


 エミリアの声を背中で聞いて、ジェニーは障壁の代わりに光球をつくる。それを放つと、狼たちは身軽な動きで避けながら、一瞬で二本足になってジェニーに襲い掛かった。

 完全体となった人狼たちは、エミリアのつくった光の壁を両手でこじ開けようとする。


 視界の端に、フランセットが逃げようとする姿が映った。カミーユがそれを追う。ジェニーは大きく舌打ちをした。


「邪魔よ!」


 両手をかざして魔力を放てば、障壁ごと人狼たちは後方へ吹き飛ばされる。

 叫び声を上げて、胸部をじりじりと焼けつかせながら、壁にぶち当たった彼らはずるずると床に崩れ落ちた。


 急ぎジェニーがそちらを見た時には、揉み合ったカミーユとフランセットの間で、ガラス瓶が床に落ちていくところだった。


「駄目……!」


 ジェニーは思わず手を伸ばして叫んだ。しかし視界の先で無情にもガラス瓶が割れ、赤い液体が跳ね上がる。そしてオレニアが粉々に砕け散った。

 それと時を同じくしてカミーユが、自分の体を抱きしめるようにして膝から崩れ落ちた。


「カミーユ!」


 ジェニーは悲鳴まじりに叫んだ。赤い液体と欠片の上に倒れ込んだカミーユは、血だまりの中にいるようだった。

 両手を頭に当てたフランセットが絶叫する。


「あ、あ、ああああ!」


 やがてフランセットはがくんと項垂れ、白衣のポケットに手を入れると、そこから一本のアンプルを取りだしていた。


「許さない……」


 呟いて、フランセットはアンプルの首部を折ったかと思うと天を仰いでそれを口に入れた。

 そして瞬く間に、完全な人狼へと姿を変えていた。


 言葉を忘れたかのように咆哮して、フランセットは倒れたカミーユに襲い掛かろうとした。咄嗟にジェニーは魔力を放つ。

 着弾はしたのに、フランセットはものともせずに、今度はジェニー目がけて飛び掛かってきた。


 障壁で防ぐが、さっきの人狼たちと同じように、ぎりぎりと無理矢理にこじ開けようとする。

 フランセットの背後に回ったエミリアが攻撃を放ったが、まるで効いていない。


「何なのよ……」


 幾重にも張り巡らされた堅固な壁が破られようとしている。かつてない魔力に、信じられないようにジェニーが呟いた瞬間、光の壁は左右に引き千切られていた。牙を剝き出しに裂けんばかりに開いた口が、ジェニーに襲い掛かる。


「……っ!!」


 ジェニーが目を見開いた瞬間だった。

 フランセットの後ろから、金色の人狼がその首に喰らいつく。

 凄すさまじい絶叫が轟き、そのまま倒れ込んだフランセットはぐったりとして動かなくなった。


「カミーユ……」


 ジェニーは掠れた声を漏らす。気付かぬうちに目じりが濡れていた。

 フランセットの上から、ゆるゆると血だらけのカミーユが立ちあがる。


「戻ったのね」


 近付いたジェニーが両手を伸ばせば、美しい人狼は壊れ物を扱うようにジェニーの体をそっと抱きしめた。

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