近所の兄ちゃんの思ひで
日が暮れて森が赤く染まる。
洞穴の大岩を持ち上げる力をえる目途は立っておらず、このままではまた野宿しなくてはならない。
この間は雨に濡れた状態での野宿だったことを考えるとそれよりはマシ。だったら別に野宿してもいいかもしれな……いやいや。
俺は野宿する気などない。
ブン! ブン!
「???の棍棒」攻撃力80を素振りする俺。
自然の摂理について感傷に浸った後、俺ははたと思いついた。
落石はハチの体当たり(ちから25)によって起きた。???の棍棒を装備した俺の攻撃力は97。ハチの4倍。数字の上では岩くらい粉砕できても不思議ではない。
ちらりとハチを見てみれば
何々? 構ってくれるの? と寄ってきた。
突然素ぶり始めた俺にハチも困惑していたようだ。
残念ながら今は構ってやることはできない。
元の世界の俺は、というか人間は、木の棒で岩を粉砕することなどできない。
こんな単純な方法なのに今まで思いつかなかったのはそういう常識があったからだろう。
だけど、身分証明書の情報が本当ならできるはずだ。
粉砕できなかった場合、身分証明書の記述が嘘ということになる。唯一の情報源なので嘘だと困るのだが、嘘なら嘘でそれ以上信用しないなど対策も立てられる。
でもそれはないだろうと俺は確信していた。
天使のわっかが宙に浮いたこと。狼の瞳が生き物の瞳ではなかったこと。仲間になったハチが一回り大きくなったこと。神様パワーでアイテムがパワーアップすること。一つ一つでは確証が持てなくても、こう立て続けに起きてはこの世界は異世界なんだろうと疑わなくなってきている自分がいた。
本当に木の棒で岩が砕けるものだろうか?
もし砕けなかったら……それはそれで、ここが異世界ではない証明になる気もして、残念なことではない。
むしろ砕けてしまったら今度こそ本当にこの世界は異世界ではない決定的な証明になろそうな気がする。
期待と不安を胸に岩の前に立つ。
棒……いや、バットは腕で振るのではない。腰で振るのだ。
小学生のころ近所の兄ちゃんに野球を諦めさせた俺のバッティングを見せてやるぜ。
ちなみに近所の兄ちゃんはリトルリーグの万年補欠の投手だった。出場機会を得るためアンダースローに転向、3番手投手の座を勝ち取ったばかり。調子に乗っていた。
下級生で草野球経験しかない俺など軽くひねれるだろう。そう考えて「いっちょもんでやるか」と俺の前に現れた。
だがそれは大きな間違いだった。
アンダースローとは球を投げる投げ方の一つである。読んで字の如く下から投げる投げ方だ。
投げ方は大きく分けて上手投げ、横手投げ、下手投げの3通りあるのだが、アンダースローはスピードを犠牲にコントロールをよくする。変化球もよく曲がる。普段速い球ばかり見ていれば遅い球は打ちにくく、その奇妙な投げ方とあいまってそれなりに効果を発揮する投げ方である。
しかし、草野球経験しかなく遅い球しか打ったことのなかった俺にとってはただの打ちごろの遅い球にすぎなかった。
結果、近所の兄ちゃんは俺にめった打ちにあい、野球を辞めるきっかけになったとかならなかったとか。
まぁ、小学生でアンダースローやってるやつなんてどのみち大成しないから俺に責任はない。たぶん。
一応兄ちゃんを擁護するなら変化球を投げてこなかったところだろうか。ほぼ素人の下級生相手に変化球を使うのは大人げないというプライドがあったのか、付け焼刃のアンダースローじゃまともに変化球を投げられなかったのかはわからないが、リトルリーグで投げてたくらいだし投げれないわけはないと今では思っている。
昔はそこまでおつむが回らなかったので周りのみんなに吹聴して兄ちゃんのプライドをずたずたにしてしまったけれど……ごめんね兄ちゃん。
話はそれた。
本当どうでもいい記憶は割と残ってるな、などと思いつつ???の棍棒構える。
「やめてください。その棍棒を収めてください」
誰かが俺を止めた。
思わずあたりを見渡すが、人の姿は見えない。念のためハチを見るが、つまんなそうに丸くなって明後日の方向を見つめていた。
俺が構ってやらないから拗ねてしまったようだ。
ならいったい誰が?
「ここです。あなたの目の前にいます」
目の前には大岩しかない。まさか……
「そうです。その岩が私です」