第一話 私が化け物になった日
ーー絶対に許さない。なんで私がこんな目に? どうして私が…?
……許さない。
あの2人だけは……絶対に許さない! あの2人が幸せになるなんて、そんなこと絶対に許さない!!
呪ってやる。
あの2人が不幸になる為に、全力で呪ってやる!
ーーあの2人に不幸を、私以上に、大きな不幸を……!!
……………
………………………
………………………………いま、何時?
頭が重い、体がダルイ。…疲れた、何もやる気がしない。…ああ、起きたくないな…。目が覚めたら、きっと今頃村はお祭り騒ぎだ。大人達は祝い事に浮かれて飲んで、めでたいめでたいとか言ってるんだ。子ども達は滅多にないご馳走を目にして、うるさい声ではしゃぎ回ってるんだ。そしてその中心で、あの2人は私の事などさも無かった事のように、にこにこ笑いながら「ありがとう、ありがとう」とか言ってるんだ、きっと。
ーーーー気に入らない。
誰も彼もが気に入らない。ムカムカする。みんな私の事を忘れて、浮かれて騒いで飲んで歌って………きれいさっぱり私の事なんて忘れてるんだ。
ーーーフザケルナッ!!
ああ、また腹が立ってきた。本当にムカムカする。雨でも降らないかな。いや、雷雨だ。嵐が起こればいい。「こんなめでたい日になんて不吉な…」とかになればいい。…ふふふ、そうだ、それぐらい願ってもバチは当たらない。…ああ、願ったんだった。そうそう、昨日の夜にあの2人を呪ってやったんだった。ふふふふ、きっと雨が降るぞ。それであの何度も仕立て直した純白のドレスがずぶ濡れになればいい。せっせと庭に準備していた会場もぐちゃぐちゃになればいい。私の、この恨みの深さを思い知らせてやる。
ふふ……ふふふふふふふ。
あーっはっはっはっはっはっはっ!
「グルォーッホッホッホッホッ!」
ーーーッ!?
…な、何っ!? 何、今の声!?
「グル、グルォッ!?」
ヒィッ!? 後ろ? 後ろに何かいるッ??
…あれ、何もいない。ていうかここどこ!? 真っ暗で何も見え………る。… 岩だ! ほら穴? 洞窟?? ……え、何で!?
「グォッ! グロロッ? グロゥ?? ……グ、ルォッ!?」
ヒィィーッ!! やっぱり近くに何かいるぅっ!!
「グォォーーッ!! グロログロゥグルォッ!!」
ギャーーッ! だから何なのこの声怖いぃッ!
とにかく逃げろーーッ!!
ズドン!ズドン!ズドン!ズドンッ!
イヤーーッ! いるぅーっ! 近くにいるぅ!! 凄い足音で追いかけてくるぅー!!
ズドン!ズドン!ズドン!ズドン!ズドンッ!
ギャーーーッ! 誰か助けてぇーーッ!
「グガーーッ! グロオオォーーーッ!」
ズドン!ズド………ヒュルルル〜〜……
「グガアァアアアアアッ!!」
ーーーぎぁあああああッ!
落ちてるーー!! いきなり断崖絶壁ってーー! 死ぬーーッ!!
ーーーバッサバッサバッサ…
………ッ!?
ーーバッサバッサバッサ…
ーーッ!? 浮いてる!?? …う、浮いてるぅううーー!? 何でーーッ!?
バッサバッサバッサ…
……って言うかさっきから何この羽音!? あ、そうか! きっとデカイ鳥か何かの魔物に捕まったのか。ああ、良かった……って、いや良く無い! 食べられる! 私食べられちゃうよぉーーーって、…………え?
ーーバッサバッサバッサ
う、嘘………。
バッサバッサバッサ
…………………………羽だ。
振り返ったら、真っ黒いコウモリみたいな羽があった。しかも私の背中から生えてる。それになんか体中がふかふかしてるなと思ったら体中毛だらけだよ。私こんな体毛濃くなかったよ。それなのに体中真っ黒の毛でふっさふさだよ。しかもなんか頭重いなと思ったら頭から水牛みたいなぶっとい角が2本生えてたーよ。
……………何だ、これ。どうなってんのコレ? 夢? 幻?? ……イヤイヤイヤ、お母さん早く私を起こしに来てよ。こんな冗談笑えないよ。誰か嘘だと言って。早く私を起こして。嘘…、うそウソうそ、嘘だよこんなの。
嘘だ、うそ……だ………………………。
ーーーー嘘だああァァァーーッ!!
「グルオオォォーーッ!!」
「グロゥ、グッ…グルッ……グルゥ……」
暗い洞窟の中で、一匹の巨大な化け物が泣いている。大きな体を震わし、その体にしては小さな目から大粒の涙を流して泣いていた。
…………私だ。
「グォングロログォグォン!?(何で私がこんな目に!?)」
低い地響きのような獣の唸り声。……間違いなく、私の声だ。
「グロロッ!? グォングロログォングオォ!!(何でよ!? なんで私ばっかりこんな目に!!)」
何で! 何で私がこんなに不幸な目に会わなくちゃいけないの!! あの2人を呪ったせい? だから私が呪われたの!? そんなの納得出来ない! 悪いのは私じゃなくて、全部ぜんぶあの2人が悪いのに!!
私は怒りに任せて拳を振り下ろした。
ーードガアアァンッ!!
「グォッ!?(ヒィッ!?)」
……あ、あり得ない。確かに勢いよく拳を地面に叩き付けたけども…。
私が振り下ろした拳はもの凄い轟音と共に洞窟の地面を割り、いい感じのクレーターが出来上がった。…な、なんちゅう怪力。まぁ私がやったんだけど…。
ブシュウーーーッ!!
「グロロォオッ!?(ええぇえッ!?)」
クレーターが突如ヒビ割れ、そこから大量の水が勢いよく噴き出した。
ザーーーーッ……
大量に噴き出した水が、まるで土砂降りの雨のごとく化け物の体に降り注ぐ。ザーザーと降り注ぐ水をかぶりながら、化け物は噴き出す水柱を呆然と見つめた。
……ああ、私って凄い。願った通りのどしゃ降りだ。
洞窟の外を見れば、気持ちがいいほどに雲ひとつない快晴。化け物は遠い目で晴れやかな青空を眺める。
…ああ、きっと今頃村中みんな笑顔なんだろうな。このめでたい日に神様がきっといい天気を下されたのだとか何とか言ってる奴がいるに違いない。めでたい2人に神様も祝福して下さっているんだよとか言っちゃってる奴もいるに違いない。
化け物は降り注ぐ水をかぶりながら、遠い目で洞窟の外を眺める。
ふっ……
フ ・ ザ ・ ケ ・ ン ・ ナ ・ ッ !
何で私だけこんなびしょ濡れになって1人淋しく洞窟の中で泣かなくちゃいけないんだ! こうなったのも全部全部あの2人のせいなのに!! 許さない!絶対に許さない!! あの2人の幸せだけは、めったメタにぶっ壊してやるうぅーーッ!!
ーーーピカッ! ドオーーーーォンッ!!
化け物は突如響いた雷鳴と共に洞窟を飛び出した。飛び出した空はさっきまでの快晴が嘘のように暗雲が立ち込め、洞窟の中に負けないぐらいのどしゃ降りの暴風雨が吹き荒れていた。
ーーー許さん許さん許さん許さんッ!!
絶対に、絶対に邪魔してやるうーーーッ!!
化け物は背中の巨大な羽を広げ、真っ暗な空を突き進んだ。雨で漆黒の毛はてらてらと濡れ、鋭い牙を剥き出しにし、血走った目はギラギラと光る。その姿はまさに悪魔。落ちてくる雷を無意識によけながら、悪魔のような化け物は自分が生まれ育った村を目指してひたすら飛び続けた。
ーーーピカッ! ドオーーーッン!!
「キャーーーッ!!」
「近くに落ちたぞ!」
「子ども達は早く中に入りなさいっ、ひどい嵐だ! 」
「 早くテーブルを中に運べ!」
嵐が吹き荒れる中、人々が雨に打たれながらセットされたテーブルと椅子を必死に運び出す
「全く何だってこんなめでたい日に。こんな天気になって花嫁さんも可哀そうに」
「まぁ、天気ばっかりは神様の気まぐれ。俺たちにはどうにもならんさ」
「…しかし、さっきまでは雲ひとつないいい天気だったのに、まるで悪魔が降りて来たような暗雲じゃないか。気味が悪い」
お披露目の為にセットされたテーブルや食器を急いで片付けながら、村人は土砂降りの暗い空を見上げる。
「……あ?」
「どうした?」
「いや、何か今、黒い大きな影が飛んでいったような…」
「カラスか?」
「いや、それよりももっと大きな…」
「おおーい、こっち手伝ってくれー!」
「あ、ああ、すぐ行く!」
化け物は怒りで頭が一杯になっていた。そのせいで自分が化け物になった事などすっかり忘れていた化け物は、窓ガラスに映った自分の姿を見て、声も無く驚愕していた。
「ーーーッッ!!」
突然巨大な黒い化け物と目が合って、余りの恐怖に体が硬直する。その化け物は真っ赤な血のような赤い目を見開き、裂けたような大きな口からは鋭い牙と太く赤い舌が見える。その余りにも凶悪な顔に思わず叫びそうになり、咄嗟に手で口抑えると、化け物も太い毛むくじゃらの手で自分の大きな口を抑える。
ーーーって、まさかこの化け物、私ぃッ!!?
化け物はまたまた驚愕し、固まった。
「ーーーーー…」
「ッ!!」
化け物は近づいてくる人の気配に気付き、慌てて積んであった椅子の影に隠れるーーーって、バカか私は! こんなデカイ体が椅子なんかで隠れるわけないだろう、このバカめっ!化け物が間抜けな自分を罵倒しているうちに、村の若い男達が姿を現した。
ーーー終わった。
23年の短い人生だった…。
化け物は村人にタコ殴りにされて、縄で縛られ引き摺られ、最後は吊るされ火炙りにされる自分を想像し、大きな体を震わせた。
「グルォ…(終わった…)」
「っ!? な、何だ??」
「どうした?」
「い、今何か、獣の唸り声が聞こえなかったか?」
「…? いや、聞こえなかったが…気のせいじゃないか?」
「そ、そうか…。おかしいな…」
首を捻りながら去って行く村人達。その後姿を見ながら、化け物は太い首をクイッと捻った。
………あら? あらららら?? 見つからなかった? このデカイ体が見えなかった? …いやいや、そんなバカな。化け物は自分のデカイ体を見下ろし、巨大な身体をビクッと硬直させた。
なっーー!? …な、な、な、何コレー!? 体が、体が透明になった!!と、透明人間だあァァ!!
化け物はペタペタと自分の体を触り、自分の体が確かにそこにあることを確認する。
……うん、体はある……が、見えない。
化け物が数歩下がると、化け物の足元の影がズズッと化物に合わせて移動する。また一歩下がると影もズッと下がる。化け物は倉庫の窓ガラスを見た。何も映っていない。今度は自分の足元を見た。……黒い大きな影だけがある。……影だ。化け物の姿はないのに、影だけがある。
……なにコレ? 私ってば無意識に姿を消す魔法でも使っちゃった訳?
化け物は自分の影を見つめながら、もう一度首を唸った。
「私、ルイス・フォードは、カレン・レイザルを妻とし、生涯をかけて愛し、守り抜くことを誓います」
「私、カレン・レイザルは、ルイス・フォードを夫とし、生涯をかけて愛し、尽くすことを誓います」
「では誓いのキスを…」
ーーピカッ!ドオォーーーンッ!!
「キャーーッ!」
「また近くに落ちたぞ!」
「雨も雷もどんどんヒドくなってないか?」
「こんなめでたい日になんて不吉な…」
雷雨の中、村の小さな教会で若い2人の結婚式がとり行われていた。激しく打ちつける雨風と鳴り止まない雷の音、招待客の怯える声が重なり、厳かなはずの式はかなり物々しい雰囲気になっていた。そして、その教会の後ろの方で、禍々しい空気を放つ存在が…。
…ふふふふふふ。いいぞいいぞ、雨よもっと降れ、雷よもっと落ちろ。ちょっとおばさん、いつもみたいにもっと甲高い声で叫んでよ。隣のボイドおじちゃんもそんな小さな声でボソボソ喋ってないで、もっと大きい声で『不吉な…』を強調してよ。
化け物は教会の1番後ろの席に座り、大きな口を横に長く裂けるようにしてニヤリと笑った。しかし、謎の魔法で姿を消した化け物の凶悪すぎる顔は、隣に座るボイドおじちゃんにも誰にも気付かれることはなかった。
「ルイス……私怖い。せっかくの結婚式なのに、こんなに雨と雷が…」
「大丈夫だよカレン。ほら、恵みの雨って言うだろ? だから僕たちの結婚は雨の祝福…」
ーーピカッ! ドゴオーーーーンッ!
「ヒッ!」
「キャアーーーッ!」
「うわあ! 教会の聖なる木に雷があっ!!」
「なんてことだ!」
教会の横に生える樹齢400年と言われる木に雷が落ち、あたりは騒然となる。
ーーふっふっふっ、よくやった雷。神聖な教会の木に雷が落ちるなんて不吉極まりないじゃないか。……ふっふっふっふ、はーっはっはっは!!
「グロオォーッグロロッグロッグロォッ!!」
「ヒィッ!?」
「な、何だ!?」
「イヤァーーッ! 何かいるわーっ!!」
し、しまった。思わず笑い声が漏れてしまった。
「この不気味な声…、ま、まさか! 魔物だ、魔物が出たんだァーッ!」
「ま、魔物!?」
「キャーーッ助けてーッ!!」
『魔物』と言う言葉に敏感に反応した村人が、次々にパニックを起こして教会の外に飛びだしていく。
不気味な声って……ちょっと笑っただけなんだけど。いや、確かに自分でもちょっと気持ち悪い声だなと思ったけども。だからって魔物はひどいんじゃないですか?
化け物が恐ろしい顔を更に顰めている中、教会にいた殆どの招待客が得体の知れない恐怖に顔を引きつらせて教会から逃げていく。ガランとした教会内には、新郎新婦と、わずかに残った親族だけが茫然と立ちすくんでいた。教会の窓から、落雷を受けた聖なる樹が、火を上げて倒れていくのが見えた。
「わ…私の……私の結婚式が……いッ、いや、いやぁっ! こんなのヒドイッ! ヒドイわぁッ!! 」
「そんな…、な、何でこんな事に……」
泣き叫ぶ新婦に、青ざめる新郎。
そんな2人を眺めながら、化け物は声を押し殺して笑っていた。