第0話 : ガラクタの眼と、始まりの雷光
街を揺るがす凄まじい爆発音と、黒煙。
幼いレオの目の前に広がる景色は、ただの「無力」そのものだった。
事故現場の瓦礫の山。助けを呼ぶ声。右往左往する大人たちと、手を出せない警察。目の前で失われかけた命を前に、幼いレオは己の小ささに歯を食いしばり、血が出るほど拳を握りしめた。
(誰も助けてくれないなら、俺が守れる力を手に入れるしかない。科学でも、美術でも、何だって使ってやる——誰も到達できない、圧倒的な力で)
その日、レオの中で「ヒーロー」という狂気にも似た誓いが芽生えた。
(数年後——雨の降る恒松都郊外、廃車置き場)
高校生になったレオは、冷たい雨が打ち付ける積まれたスクラップの山の中を歩いていた。
金も資材もない。あるのは学年1位の頭脳と、部屋に積み上がった設計図だけ。
「……ハッ、笑えてくるな。ヒーローを作ろうってのに、使えるのは鉄くずばかりか」
自嘲気味に呟いたレオの足元で、泥に塗れた一台の潰れた乗用車が目に入った。インパネ部分に埋もれていたのは、年式遅れの古い『純正カーナビ』。
雨水に晒され、画面には亀裂が走り、誰も見向きもしないガラクタ。
しかし、レオがその画面に触れた瞬間——バチッと小さな静電気が走り、ノイズ混じりの液晶がほんの一瞬、蒼く明滅した。
「……生きようとしてんのか、お前も」
レオは迷わずドライバーを取り出し、泥まみれのカーナビを慎重に掘り起こすと、防水シートに包んで抱え直した。
(レオの部屋・深夜)
ハンダゴテの煙と、ハッキング用のコードが走り抜ける複数のモニター。
レオは三日三晩徹夜し、カーナビの基板を焼き直し、最新の処理用チップを強引に増設。独自の自己学習型AIプログラムを流し込み続けた。
「よし……繋がれ……!」
レオが起動スイッチを入れると、小さなカーナビの液晶画面がフッと暗転し、やがてシンプルな波形グラフィックが浮かび上がった。
『……音声認識テスト。マイク入力、正常。起動処理完了いたしました。……おはようございます、マスター』
スピーカーから響いたのは、少しノイズの混じった、けれど完璧に調律された無機質な声だった。
「成功だ……! 名前の登録をする。お前の名前は『ダ・ヴィンチ』だ。万能の天才から取った」
『ダ・ヴィンチ。了解いたしました。マスター、データ照会を行います。……レオ・フェルナンド様。あなたの検索履歴および作成中の設計図をスキャンしました』
ダ・ヴィンチの波形が、呆れたように細かく揺れる。
『分析完了。単三乾電池での高電圧放電、手動型電撃爆弾、廃材によるアーマー作成……正気を疑う計画でございます。試算結果、あなたがこの「ヒーロー計画」で生還・成功する確率は0.001%未満です』
「ほう、0.001%もあるのか」
レオはニッと口角を上げ、泥とハンダで汚れた手を拭った。
「ゼロじゃないなら十分すぎる。行くぞ、ダ・ヴィンチ。俺と、お前というガラクタで……この街のヒーローを作り上げるんだ」
『……ハァ。起動早々、途方もない異常者に拾われてしまったようです』
ダ・ヴィンチの声にはどこか呆れつつも、演算処理の速度を上げるような微かな電子音が混ざっていた。
『承知いたしました、レオ様。確率0.001%の計算支援を開始いたします。まずは……その酷い部屋の掃除と、明日のテスト対策から始めましょう』
「そこからかよ!」
冷たい雨の夜、狭い自室で交わされた小さな約束。
ここから、全財産を投げ打ち、80万ボルトの雷光をその手首に宿すまでの、レオとダ・ヴィンチの物語が始まったのだった。




