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第14話

 園田凪はどのように救出されたのか。警察の興味はもっぱらここにあって、僕とひまりは長い取り調べを受けた。凪がいなければ僕らの行為は単なる不法侵入だった。逮捕されなかったのは、ハーメルンのオーナーが未成年者略取の疑いで代わりに逮捕されたからだ。

 取り調べは僕とひまりで別々に行われた。そのため、正直に話したつもりでも説明はちぐはぐになった。僕は凪の存在を確信していたわけではない。全てがひまりの独断だったとも言いづらく、その曖昧さが刑事を苛立たせることになった。

 愛莉についても同じだった。西浦の失踪に関与している可能性に言及したが、その考えに行き着いた合理的な推理は披露できない。結局、僕はひまりに付き合っていただけだと判断されて、先に帰宅を許された。

 警察署を出るとすっかり深夜になっていた。非日常的な冒険は終わり、明日からは一端の社会人に戻る。ひまりの取り調べは長引いていたため、先にタクシーで帰った。

 マンションのエントランスに入ると疲労が押し寄せ、殴られた顔の傷が痛み始める。エレベーターを待つ間、郵便受けを確認する。いつもはチラシしか投函されていないが、今日は白い封筒が一通入っていた。

 まだ終わっていない。そう直感した僕はその場で封を切る。中には一枚の折りたたまれた便箋が入っていて、そこには綺麗な文字が整然と並んでいた。ひまりへの愛情とともに、どこかの住所が愛莉の署名とともにしたためられている。単なるラブレターとは違う。これは愛莉のレプリカだった。

 ひまりが僕の家に来たのはそれから一時間後のことだった。手紙のことを連絡しておいたため、取り調べから解放されるなり飛んで来たらしい。こうなることを予想していた僕は、眠たい目をこすって起きていた。

 「警察に連絡した方がいい」

 「駄目」

 ひまりは何度も文章を読み返す。最後は便箋を丁寧に封筒に戻し、自分の鞄にしまった。

 「ここに行こう」

 「賛成できない。愛莉は殺人犯なんでしょ」

 「そう。だから必ず罰は受けてもらう。でもね、愛莉の気持ちを無視するなんて嫌だ。愛莉の罪は私たちの罪でもあるのに」

 こんなに感情的なひまりは初めてだった。ただ、その動機が言葉通りでないことは、僕にも分かっている。手紙にはひまりの敵を排除すると書かれていたからだ。

 勝手に危ない橋を渡られるよりは一緒に川に落ちた方が良い。そう判断した僕は、最終的に矛を収めた。

 記載の住所は多摩川の河口にほど近い工場群の中にあった。放置されて十年は経過しているであろう木造建築物は、いたるところが風雨で朽ちている。勝手に入れば今度こそ逮捕されるかもしれない。

 ひまりは躊躇うことなく扉のドアノブをひねる。鍵はかかっていなかった。

 建物の中は暗く、伸ばした手の先も見えない。ひまりはスマホのライトをつけるなり叫んだ。

 「愛莉、いるんでしょ。来たわよ」

 「ひまりさん、こっちです」

 すぐに愛莉の声が返ってくる。身構えた僕の横でひまりは先を急ぐ。僕も腹を括った。

 事務所を通り抜けて作業場に入る。真っ先に感じたのは強烈な鉄さびの匂いだった。見渡すと埃を被った工作機械が何台か確認できる。

 愛莉はそんな作業場の中央に立っていた。誰かを膝立ちさせて、背後からナイフを首につきつけている。

 「愛莉、やめなさい」

 「この人はね、今日までに何十もの命を奪ってきた大量殺人鬼なんです」

 「だからって愛莉に殺す権利はない」

 「よりによって次の標的はひまりさんでした。社会の宝を狙うなんて許せません」

 男の顔は血にまみれているが、まだ浅く呼吸をしている。ひまりが近づくと、その分だけナイフが食い込んだ。

 「もうやめて。それが私のためだと思っているのなら大間違い」

 「違います。社会のためです」

 「いいえ、私のためなんでしょう。凪のことだってそう。社会なんてただの言い訳。手紙読んだから私には分かるよ」

 愛莉は黙っている。ひまりの言葉を求めていた。

 「子供は社会の宝。その通りだと思う。けれど私は、全ての人が異なった価値を持つ社会の宝だって信じてる。だから全員が等しく同じ権利を差し出し、同じ身分になった」

 「それは私たちにも当てはまりますか。多くの人を殺した、こんな反逆者にも価値があると言えますか」

 「負の存在だってことは認める。だけど価値はある。罪を償うの。罪を犯した者は罰を受ける。それは自浄作用なのよ。愛莉は社会の怠慢が子供を傷つけると言った。もし愛莉がその男を殺せば、社会は罰を与える機会を失う。怠慢と等しい結末じゃない」

 愛莉はひまりだけを見つめている。子供とひまりだけが享受できる偏った愛。これが動機だった。

 「私はこの社会が好き。だからはっきり言う。自分の都合で社会を狂わせた愛莉は嫌い」

 ひまりの言葉は厳しい。刺激しないかと心配したが、当の愛莉は笑顔を見せた。

 「私の人生、最後の幸運はひまりさんと出会えたことですね。自己満足に酔った傲慢な心に気付かせてくれました」

 そんな話の途中、遠くからサイレンの音が聞こえてくる。ひまりと愛莉は敏感に反応した。

 「ごめん、僕が呼んだ。ひまりを危険にさせたくなくて」

 僕は正直に白状する。この建物に入る前、刑事から教えてもらっていた連絡先に今の状況を伝えていたのだ。時間が失われたことにひまりは拳を握る。

 「これで私が危険な目に遭うことはなくなった。だからナイフを捨てて」

 「はい」

 愛莉は大人しく指示に従う。男の身体が床に崩れ、ナイフがそばを転がる。駆け寄ったひまりが男の状態を確認する。

 「直樹さんでしたね。ひまりさんのこと、大切なんですね」

 「当然です」

 「じゃあ私が守る必要もない」

 愛莉が寂しそうな顔をすると、ひまりも同じ目をする。その様子はまるで、ホームで別れる間際の恋人同士のようだった。そうなるとこのサイレンは発車のベルになるのだろうか。僕は気を失っている男の世話をひまりと替わった。

 「行ってください」

 「え?」

 「話があるのなら、行ってください。ここは僕に任せて」

 ひまりが即座に愛莉の手を握る。愛莉は嬉しそうにその感触を確かめた。

 「私があの裏口から逃げ出し、それをひまりさんが追いかけた。そうですね」

 愛莉の口裏合わせにひまりが頷く。僕は工場を出ていく二人を静かに見送った。

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