秋前期〜パーティ給仕〜
9月の下旬頃。残暑が続いていた中でも、徐々に落ち着き、秋の気配を感じさせる一時の快適な気候が訪れる。そんな中でも使用人たちは、ある行事のため忙しく働いていた。
エマ「ワインの準備はできたか?」
慈「つつがなく。最高級のものを揃え、お好みの口当たりのものを提供する準備が整ってるよ」
エマ「料理は?」
マハロ「準備できてるぞ!まーさん料理をテーブルに並べ終えたさァ」
丹恋「バッチリ!はろちゃんのおりょうり、しゅしゅしゅって作っててね、にこも負けてられないな〜って、いーっぱいがんばったよ!」
エマ「あァ、お前たちが主導してたンだったな。普段以上に手ェ込んでるモン作ったみたいだな」
丹恋「そう!お客さんのお料理だしね、はろちゃんといっしょにおしごとできてうれしかったんだもん!」
マハロ「はは、嬉しいこといってくれるなァ」
エマ「ンじゃ、料理は問題ねェとして…珠紀の準備は?」
鈴莉「大丈夫……です…!少し……その…色々ありましたが…」
珠紀「はー…まさかあの手この手で足止めされるなんてな…」
エマ「お前まさかまた脱走しようとしたンじゃねェだろうな!?」
珠紀「まさかも何もAIの僕に対応を任せればいいだろう?」
エマ「主催不在のパーティなんてあるわけねェだろうがッ!クソ珠紀!」
珠紀「全く…やれやれ、口うるさい従者を持つと息が詰まるねぇ」
エマ「こっちのセリフだいい加減にしやがれ!」
さんご「さっきは大変だった、ね。ひな、ナイス」
姫「あたしは普通に声掛けただけだけだけどね。そういう使塚も気づいたら後ろにいるんだもの、捕まえられてよかったわ」
珠紀「はあ…仮にもご主人様に対して酷い扱いだと思わないかい?可哀想な僕…」
鈴莉「あ…あはは…」
さんご「仕方ない、ね。たぶん?」
エマ「そう思うンなら日頃の行いを考えろや。自業自得だアホ珠紀」
姫「そこまでは言わないけど…まあ、確かにだんだん掴めてきたし?正直敬う感じではないかも」
珠紀「あはは、姫もなかなか言うねえ…」
鈴莉「………その、それでも、いざと言う時は頼りになるなあって思って…ます。あの、私の言葉じゃ、心もとないかも…ですけど…、みんなも…そう思ってると思います。あの、使塚さんもそう思いますよね…?」
さんご「ん?」
鈴莉「ぇと…使塚さんも、ご主人様を頼りにしてるんじゃないかなって…」
さんご「うん。いい人だし、ね」
珠紀「……あはー、そう真っ直ぐ言われてしまうとちょっと調子狂うな…」
丹恋「あ!ご主人様、てれてますかっ?」
珠紀「照れてない。僕はいいから早く仕事に戻ってくれ。主人命令ね」
丹恋「はあ〜い」
慈「にこ、ちょっといい?このスイーツ、にこのレシピだよね?隠し味を聞きたくてさ」
丹恋「あ!にこの特製スペシャルデザートだねー!じしんさくなんだよ!ちーくんさすが、お目が高いねっ」
慈「にこの料理が美味しいからだよ。貴腐ワインに合わせたらお客さんも喜んでくれるんじゃないかな」
丹恋「きふワインってなあに?」
慈「貴腐菌の働きで果実の水分が蒸発して凝縮された貴腐ブドウから作られたワインで…」
丹恋「……うーん???」
慈「ふふ、つまり希少価値の高い、ハチミツみたいに甘いワインのことだよ」
丹恋「そっかー!にこ甘いのだいすき!」
律「それにしても、苧環財閥の方々を招いたパーティとなると、粗相をしてしまわないか少し心配ですね」
マハロ「瀬戸なら大丈夫だろ!まァ、困ったことがあれば私もいる。ドーンと大舟に乗ったつもりでいくといいさァ」
律「ふふ、愛嘉さんに保証していただけるなら安心ですね。完璧に務めあげるよう頑張ります」
蛍「マハロ!悪い、少しいいか?意見を聞かせてくれ」
マハロ「ああ、音響の調整だなァ。勿論愛嘉さんを頼ってくれ!」
蛍「ありがとな。助かる!このぐらいの音量だと大き過ぎるかと思ってさ…」
律「あの、敷枝さん。良ければ私もお手伝い致しましょうか。確かプレイリストの見直しもありましたよね?」
蛍「ああ、そうなんだ!せっかくだし思い出に残るようなパーティにしたいしな、気合いを入れたいんだ」
律「ふふ、気合十分ですね。素敵だと思います」
マハロ「瀬戸と蛍とならいいの作れそうでワクワクしてきたな!」
穹斗「んー…」
玲央「煉城さま、どうかされました?」
穹斗「あーいや…さっきの話、別世界のことみたいでちょっと今でも現実味湧かなくて」
玲央「サブミッションのことでございますね。ご主人様の醜聞を狙って行動を起こされるお客さまの阻止、でしたね」
穹斗「ですねー。俺は一般家庭育ちなんで、ちょっと驚きましたね」
姫「確かにそうね。まあ、その時になればどうにかなるでしょ。なるようになるというか」
穹斗「ふ。確かにそうですね。そのぐらいの気持ちの方がやってけそうです」
姫「でしょ。大丈夫よ」
穹斗「はは、不思議ですね、日南さんに言われるとそんな気がしてきました」
玲央「いざとなれば他の方々もいらっしゃいますから。もちろん私も全力を尽くしますので、共にご主人様をお守りしましょう!」
姫「そうそう。…あたしもなんかあったらフォローするし。お互い頑張ろ」
穹斗「はい。俺も日南さんたちに助けられてばかりじゃカッコ悪いですから、頼ってくださいね」
姫「うん。頼りにしてる」
玲央「ふふ。心強いですね」
準備を終え少しすると、次第に招待客が集い始める。使用人たちは手分けをしながら、招待客に心を尽くした"おもてなし"に取り掛かった。
*****
鈴莉「あれ…、その、どうしましたか…?じゃなくて、ぇと…迷子、かな?」
大泣きする子供「う゛ぇっ、ふぇっ、うええ〜ん…!」
鈴莉「大丈夫です、から……!……ぁの、泣かないで…」
大泣きする子供「う゛ぅっ、お姉ちゃん誰…?」
鈴莉「ぇと、佐狐鈴莉……です。こ、このお屋敷の使用人…で…」
子ども「お姉ちゃんに何ができるの…?」
鈴莉「何が…ええと…。すぅ、はぁ…。お母さんをお探し…します…!」
子ども「ほんとに…?」
鈴莉「ほんとのほんと…です!今の私は、このお屋敷の使用人、なので!」
子ども「……じゃあ、お願いします」
鈴莉が子供の対応をしている中、怜央はバーカウンターでグラスを磨いていた。そこに恰幅のいい男が近づき、声をかける。
恰幅のいい客「オッホン。君、酒を貰えるかな」
玲央「ええ、勿論でございます。種類はいかがなさいますか?ワインからシャンパン、カクテルやビールもご用意できますよ」
恰幅のいい客「オッホンオッホン。アレをお願いできるね?」
玲央「アレでございますか…」
恰幅のいい客「ウム。よろしく頼むぞ」
玲央「アレ…アレ…」
丹恋「…はーい!ラブラブフルーツミックスカクテルですねっ!今お持ちしますね!…あれ?れおくんどうしたのー?」
玲央「愛多地さま…!アレってなんでございましょう…!?」
丹恋「アレだけのリクエストだったってことー?うーん、それはむずかしい問題だね〜…」
玲央「はい…」
丹恋「うーんうーん…、あ、そうだ!ヒントもらうとかどうかなぁ?」
玲央「ヒントでございますか!確かにそうですね。聞いてまいります!」
丹恋のアドバイスを受け、玲央は先程の客の元へと戻って行った。一方その頃、穹斗はというと女性客の対応を行っていた。
マダム客「あらぁ〜!アナタよく見るとなかなかカワイイじゃないの!どぉ?アタクシの元で働いてもいいのよ♡」
穹斗「はは…。どーも、ありがとうございます。俺には勿体なさすぎる申し出ですねー」
マダム客「そんなことないわよ!ねぇ、いいでしょ?今より給料弾んであ・げ・る♡」
穹斗「いやー…ちょっと今の所は転職も考えてないので〜…」
招待客の対応は一筋縄ではいかないらしい。ひらりと女性客の手を躱しながら応対を続けている穹斗の姿を、子どもを保護者の元へ届け終えた鈴莉が捉えた。
鈴莉「ふぅ…お母さん見つけられてよかったあ…あれ、煉城さん、困ってる…?」
玲央「どうしました?」
鈴莉「あ、ぁの…。煉城さんが、お客様に、その、熱心にお誘いを受けてるみたいで…」
玲央「それは大変でございますね…!今すぐお助け差し上げなくては…!」
鈴莉「そう…ですね。あの、ところでそれは…?」
玲央「お客様ご要望のカルーアミルクですね。ヒントを3つ頂いてようやくご用意できました!」
鈴莉「はわ…。大変でしたね…」
穹斗「……ふぅ…なかなか骨が折れますね〜…」
玲央「煉城さま!大丈夫でしたか?」
穹斗「あー、はい。一応納得して貰えたんで。それよりなんか気になる話があったというか…」
玲央「気になる話、でございますか?」
方々に散って給仕をしていた使用人たちの元には情報も集まってくる。彼らは集まった情報を報告すべく、インカムを活用するのだった。
珠紀「ああ、お久しぶりです。おじ様」
恰幅のいい客「オッホンエッホン。今日は招待をありがとう」
珠紀「はは、当然ですよ。わが家のもてなしはいかがですか?」
恰幅のいい客「ああ、悪くない。私の要望にもしっかり答えてくれたんだ」
珠紀「おじ様…また甘いのばかり飲んでいると奥様に叱られますよ」
恰幅のいい客「オッホンオッホン。それはいいんだ。娘も世話になったみたいでな、感謝するよ」
エマ「ッたく…アイツも真面目にやってりゃそこそこできンだからよ…最初からやりゃぁいいもンを…」
姫「んー…まあ、ちょっと意外かも。あんなに嫌がってたのにねって感じ」
律「そうですね…。しかし、人脈を築くことは避けられないでしょうから。…父も、人脈をつくることを重視しておりましたので、事情はある程度理解できます」
慈「人脈もその人を形作る価値のひとつ、ということかな。それだけの教育を受けて身につけてきた律さんも流石だけどね」
律「いえ…。父の教育方針でしたので。でも…そうですね、ありがとうございます」
蛍『あー…報告いいか?』
律「…!敷枝さんからの報告ですね。何かあったのでしょうか…」
エマ『…なンだ?』
蛍『ちょっと小耳に挟んだんだけどな、ご主人様の評判を落とすために酒を質の悪いものとすり替える動きがあったらしい』
エマ「酒か…既に客前に出してンのではないだろうな?」
蛍『そこまでは言ってなかったな。ただ、全部を全部ではないらしいな。いわばロシアン状態だな』
さんご『おー、その例え分かりやすい、ね。んごも使おう、かな』
蛍『お、そうか?状況を簡単に表せていいよな!』
さんご『うん。上手い、と思う』
エマ「誰が上手いこと言えッつった!…控えに置いてあるもンは検品して、出てるのも一旦確認するか…」
丹恋『たいへんたいへん!ご主人様にスキャンダル?を起こすために動いてる人がいるみたいですよぉ!』
エマ『あァ?』
穹斗『こっちも報告ですねー。わざと転んでオーバーにトラブルを演出して評判下げようとしてる人がいるっぽいです』
エマ『…なンだと?』
蛍『…はは、これは問題山盛りって感じだな』
さんご『ごしゅじん様、敵が、多い だね』
玲央『大変嘆かわしいことですね…。早急に対処致しましょう!』
エマ「そうだな…。まずは珠紀の周辺に気ィ配りつつ、ワインのすり替えも対応する。徹底的に問題を排除して終わらせンぞ!」
エマーソンの仕事の割り振りを受けて、サブミッションが始まった。屋敷の使用人たちとして、主人の醜聞を避けるべく、動き出すのであった。
******
蛍「ひとまずこのことは珠紀さんの耳に入れて置いた方がいいだろうな」
穹斗「ですねー。こっちでなんとかするにしても珠紀さんの方でも知っておく方がやりようありそうですし」
怜央「そうでございますね。念には念を、ということがありますから」
マハロ「だなァ。丁度すぐそこにいるみたいだから、声掛けてみるか?」
3人が話し合っていると珠紀の方が先に気づいたようで、「ねぇ」と普段通りの調子で声をかけてくる。
珠紀「あっちにいる婦人に羽織ものを届けておいてくれるかな。空調の調整もお願い」
マハロ「了解。…なァ、珠紀さん」
珠紀「ん、どうした?あ、さっき君の料理を絶賛している人がいてね。紹介するから、後で話してみるといいよ」
蛍「おぉ、それは大手柄だな!マハロのご飯は美味いからなあ」
怜央「愛嘉さまのお食事、私もいただきましたが非常に絶品でございました。私も見習わなくてはなりませんね…」
マハロ「はは、それは嬉しいなァ!…いや、それより大事な話なんだ。招待客だが、裏で色々動いてるらしくてなァ…」
怜央「何かありましたら当然私どもも対処いたしますが、どうかお気をつけくださいね…!」
珠紀「うん、だろうね」
穹斗「だろうねって…それだけですか?」
珠紀「まあね、いつもの事だからさあ」
蛍「そんなもんなのか…」
穹斗「あー。まあ、こっちも動くんで、念の為気をつけてくださいね」
珠紀「ふふ、じゃあいざとなった時は穹斗に体張って注目引いてもらって回避しようかなあ。着ぐるみとか着てみる?」
穹斗「え」
蛍「はは、着ぐるみかあ。確かに穹斗なら着こなせそうだ!可愛い猫とかどうだ?」
穹斗「蛍さんまで冗談キツイですって…。俺の身長じゃそもそも入らないでしょ。逆に蛍さんならどうです?似合うんじゃないですか?」
珠紀「あはは!それもいいねぇ。ふたりでいっそお揃いで着たらどうかな?」
蛍「お揃いかぁ。うん、それも楽しそうだな!やろう!」
穹斗「…なんか蛍さんの場合そういう気がしていましたけど。勘弁してくださいよ〜…」
マハロ「はっはっは!なんだかんだ悪くないんじゃないと思ってるように見えるけどな?」
怜央「ふふふ、そうでございますね。煉城さまには申し訳ありませんが煉城さまの着ぐるみ姿…思わず興味が湧いてしまいますね…」
可愛らしい令嬢「あの〜、珠紀さん、ごめんなさいっ、ちょっといいですかぁ…?」
珠紀「うん?どうかしましたか?」
令嬢「そのぉ…少し酔っちゃってぇ…どこかでお休みさせて貰えませんかぁ…?」
珠紀「ああ、それなら別室へご案内しますよ」
令嬢「それなら〜…珠紀さんについて来て欲しいなぁって…。ダメですかぁ…?」
珠紀「それは構わないけど…」
マハロ「いや、私がお連れするよ」
令嬢「え?やだ〜、あたしは珠紀さんと、」
マハロ「すまんが介抱は私がしたいんだ。可愛いお嬢さんをエスコートさせてくれよ。……ダメか?」
令嬢「う……それなら…お願いします…」
マハロ「ありがとうなァ!じゃあお手をどうぞ、お嬢さん」
令嬢「は…はい」
マハロが令嬢の手を取り別室へと向かっていく。珠紀を連れ出そうとしていた令嬢はすっかり目的も忘れたようにマハロを見つめていた。その頃、バーカウンターではちょっとした揉め事が起きていた。
味にうるさい女性客「なんですの?この凡俗でも飲まないような質の悪いワインは。嫌がらせかしら?それともこれが美味しいと思えるほど味の分からない主人なのかしら」
律「大変申し訳ございません。新しいものを提供いたしますので…」
女性客「当然でしょ!もっともこんなのを提供するようなパーティに大したものはないでしょうけど!」
律「申し訳ございません。ご納得いただけないようでしたらいかなる処分もお受けしますので…」
慈「律さん、待って」
律「…?」
慈「大丈夫だから。俺に任せて」
女性客「あら、貴方は?」
慈「お客様、もしかして当方の挑戦ワインに気づかれたのですね」
女性客「挑戦ワイン?何ですの?それは」
慈「実は、当家有数の力作メニューがありますが、真の価値が理解できる方にこそ飲んでいただきたいという思いから、あえて品質のランクを落としたものを提供していたのです」
女性客「……そうでしたの?」
慈「ええ。味の違いを分かる方にのみお出しする特別メニュー、よろしければご提供しても?」
女性客「ふぅん…別に構わないですけど!今度こそ上質なものを出さないなら帰りますわよ」
慈「もちろんです。…にこ、さっきのスイーツの用意はできる?」
丹恋「できるよ!お客さん、なっとくしてくれるかなぁ?」
慈「もちろん。俺が保証するよ。にこの料理はいつでも美味しいからね」
丹恋「えへへ…!わかった!」
丹恋が保冷室から持ってきたものは金箔のかかったショコラドーム。艶々とした美しい形のそれに女性客も僅かに目を見開く。
丹恋「おまたせしましたっ。オムライスみたいにキラキラと、にこのラブをいーっぱいつめこんであります!」
慈「熱々のフランボワーズソースをかけてみると…ほら」
女性客「わぁ…!宝石みたいなベリーが入っていますわ…!」
丹恋「どうぞめしあがれっ!」
フランボワーズソースがかかるとショコラのドームが溶け、雪のように白いバニラアイスとふんだんに使われた季節のベリーが姿を表す。魔法のような光景に女性客は先程までの怒りも忘れ、目を輝かせた。
女性客「凄いですわ…!アイスもバニラが上質で美味しいですの…!」
慈「よろしければお供にこちらのワインもどうぞ」
女性「最高ですわぁ…!」
ひとくちひとくち味わいながら舌鼓を打つ女性客にざわついていた周囲の客も落ち着いたようだ。様子を見ていた律もほっと胸をなでおろす。
律「ありがとうございました、小鳥遊さん、愛多地さん」
慈「ううん。律さんが困っていたんだから、当然だよ。それににこのスイーツで解決できる自信があったしね」
丹恋「えへへ〜!そうかなあ?」
律「ええ。まるで魔法みたいでした!どうやって思いついたのですか?」
丹恋「オムライスといっしょだよ!美味しいものとにこのラブをぎゅーってつめこんで、上からつつむの!そうしたら美味しくなるかなあって!」
律「ふふ、なるほど。それなら確かに美味しくなりそうですね」
丹恋「でしょ〜!大せいこうだったね!にこのカンバンメニューにしちゃおっかな?」
慈「うん。助かったよにこ。ありがとう」
エマ「こっちでもトラブルが起きたと報告聞いたが、問題ないか?」
律「ディックさん…。申し訳ございません、私がお客様に誤って提供してしまいました。後で処分をお受け致します」
エマ「気にすンな。元からすり替えに気づいても特定が間に合わなかったこっちの問題だしな。お前の問題じゃねェよ。それとも罰でも受けたいのか?」
律「いえ、そういうわけでは…。しかし…」
慈「結果何事もなかったんだし、大丈夫だよ」
丹恋「うんうん!むしろお客さん大まんぞくだし、けっかオーライって感じじゃないかな!?」
エマ「そうだな。機転を利かせて対処したンだと聞いた。よくやった」
丹恋「やったー!」
エマ「にしてもさっきの報告は事実だったみてェだなァ…。次から次に問題が起きやがる」
慈「ああ…。本当にワインがすり替えられていたみたいだね」
エマ「さっき愛嘉が案内した客も身元確認したら雇われた女だった。スキャンダル捏造する予定だったらしい」
律「愛嘉さんが…!?大丈夫でしたか…!?」
エマ「問題ねェ。もう客を別室に送り届けて業務に戻ってる」
律「良かったです…。安心しました」
丹恋「はろちゃんすごいね〜。ごしゅじん様のかわりにエスコートなんてかっこいいー!」
エマ「呑気だな…。まァともかく、どちらも無事済んだがもう何もないとは思えねェからな。引き続き業務に当たっておけ」
律「承知しました」
丹恋「はーい!がんばります!」
慈「了解」
使用人たちが警戒を深める中、挨拶回りをある程度済ませた珠紀は、ふと不審な動きをする男性客に気づいた。グラスを手に持ちながらも自身の出方を伺うような男を確認し、そしてスタスタと近寄っていく。
珠紀「見かけない顔ですね、お名前を伺っても?」
挙動不審な男「ふひっ…ひっ…」
珠紀「んん…大丈夫ですか?」
男「ふひっ、あ…ああ…、わっ…!」
そこで男は自ら足を縺れさせ、グラスを持ったまま倒れ込む。事前に聞いていた情報に思考を巡らせ身構えるが、男が倒れることも、零れた中身が珠紀に降りかかることもなかった。
さんご「わ、……っと。大丈夫です、か?」
姫「もう…!まさか自分から突っ込んでいくなんて思ってなかったんですけど…!」
珠紀「2人とも…!?」
思いもよらぬ光景に珠紀は驚いた様子で目を見開く。倒れそうになった男はさんごによって抱きとめられ、グラスも姫がすんでのところでキャッチしていた。さんごはふぅ、と息を吐くと普段通りののんびりとした口調で首を傾げた。
さんご「ごしゅじん様、平気、です か?」
珠紀「あ、うん。大丈夫だけど…」
さんご「よかった。せんぱいに怒られたくないから、ねー」
姫「本当、びっくりしたんだから…。急に使塚がピンチかもって言い出すし、ご主人もご主人で自分から明らかに変なのに近寄るし…!」
さんご「ありがと、ね。ひななら着いてきてくれるって信じてた、よ?」
姫「……まあ、別にいいけど…」
珠紀「……あはー。まさかここで助けられるなんて思ってなかったな」
鈴莉「……ふぅ、やっと追いつきました…!よかったです、何事も無かったんですね…」
姫「一応ね。使塚がすぐに気づいたから」
鈴莉「使塚さん、すごい…ですね……。私なんか、何もできなくって…」
珠紀「別に構わないよ。僕も元より自分で対処する心づもりだったわけだしね」
姫「いや、ダメでしょ。なんのための使用人なのよ」
鈴莉「そう……!ですよ…!私は…その、何も出来なかった…ですけど、皆さんがいるんですから……!」
さんご「だってー」
珠紀「……ん、そうだね。ごめんごめん、ありがとうね、みんな」
姫「まあ…分かればいいけど」
さんご「それより、この人、どうします か?」
珠紀「あ」
さんごの言葉に空気のようになっていた先程の男に意識が戻される。男も思いもよらぬことに呆然としていた様子だったが、皆の視線に気づくとはっと我に返り。そして。
鈴莉「あっ、行ってしまいました……!物凄い速さで…」
姫「あの男逃げ足が早いわね……」
さんご「軽かったから、かな。身軽?」
姫「まあ、あんたでも支えられるくらいだったし…って今はそんな話してる場合じゃないわね」
さんご「どうする?」
鈴莉「で、でも…危ない人、だったら…追いかけた方が……」
珠紀「いや、いいよ。多分雇われただけの人だからね」
姫「え、いいの?明らかに不審者じゃない…」
珠紀「おおかた浮浪者だからね。いちいち目くじら立てていてもキリがないからさ」
さんご「わかり、ました」
エマ「オイ、さっき物凄い勢いで男が出て行ったけど、なんかあったか?」
珠紀「ああ、さっきのはね…」
珠紀がなんでもないように説明すると、次第にエマーソンの目頭シワが寄っていく。そして、明らかに怒気を孕んだ低い声で一言。
エマ「テメェはどンだけやらかせば気が済むんだバカアホ珠紀ィ!!!!」
珠紀「わー、エマってば怒りすぎじゃないー?」
鈴莉「お、お気持ちは分かりますがその…!今はパーティ中なので…!」
姫「そうそう。一旦落ち着けば」
エマ「〜〜〜ッたく、しゃーねェなァ…。警備を強化して警察にも通報しろ!不審者を捕まえンぞ!」
テキパキと指示を出したエマーソンによってすぐに警察が呼ばれ、1時間もしない頃に男は無事逮捕されたのであった。
*******
穹斗「あー、そんなことがあったんですねー。ひとまず解決して良かったですけど」
鈴莉「本当に……、その…びっくりしました…。あの、煉城さんも、大丈夫…でしたか…?」
穹斗「俺は何もしてないですし、大丈夫ですよ」
蛍「こっちはマハロが頑張ってくれたしな!」
鈴莉「そう……だったんですね。よかったです…」
丹恋「にこも聞いたよ〜!はろちゃん大かつやく!だったんでしょ!」
マハロ「はは、ちょいとお嬢さんをエスコートしただけだ。大したことしないぞ!」
怜央「そんなことはございません。大変スマートでございましたよ」
蛍「だよなー。しかもあの女性、すっかり惚れてなかったか?やっぱりマハロの魅力は伝わるんだな!」
マハロ「なんだァ、褒めても何も出ないぞ?それで律、そっちはどうだったんだ?」
律「こちらは…すり替えられたお酒をお客様にお出ししてしまったのですが、小鳥遊さんと愛多地さんが機転を利かせてお客様を満足させてくださいました」
マハロ「それはまた災難だったなァ。ワインの細かい味の違いなんて愛嘉さんにも分からないしな」
丹恋「だよねぇ。にこもぜーったいわかんない!りっちゃんはせきにんかん?強いんだね〜」
律「そうでしょうか…」
慈「うん。君の場合、次同じ状況になっても同じことにはならないんじゃないかな」
律「それは…そうですね。この教訓は学びましたから、次回は必ず確認後提供いたします」
蛍「はは、頼もしいな!」
律「敷枝さんが忠告してくださったにも関わらず失敗してしまったのですから。当然のことです。次回は必ず活かしますね」
蛍「ありがとうな。けど無理はすんなよ?」
律「…ありがとうございます。敷枝さんはお優しいですね」
姫「はぁ…やっとパーティが終わるのね。疲れた……」
穹斗「お疲れ様です。さっき、大変だったんですよね。大丈夫でした?」
姫「大丈夫。気持ちはどっと疲れたけど…。後でアフタヌーンティーとか、しようかな…」
さんご「アフタヌーンティー?」
姫「そう。紅茶とか飲みながらお菓子を食べる、みたいな…」
穹斗「あー、いいすね。ゆっくり休めそうですし」
さんご「そう、なんだ」
姫「興味あるなら2人も一緒に飲む?あたしも1人じゃ味気ないし」
穹斗「え、いいんすか?それならぜひ」
さんご「わたしもー。お菓子は好きだから、ねー」
鈴莉「……!アフタヌーンティー……皆さんで…」
姫「あんたも興味あるの?」
鈴莉「えと…その……絵になりそうだなって…なんとなく…」
さんご「興味ある、じゃない、の?」
鈴莉「興味は…あります…!」
姫「じゃあくれば。まあ、たまには人数いるのも悪くないし」
丹恋「あ、いいなー!にこも行きたーい!」
蛍「楽しそうだな!俺も混ざってもいいか?」
エマ「オイお前ら、最後まで気ィ抜くんじゃねェよ。終わったあとのことは後にしろ」
慈「ふふ、この調子だと全員で打ち上げと変わらなくなりそうだね」
エマ「まァそれはいいけどよ…」
和やかに話を続けていると、招待客たちのざわめきが聞こえる。何事かと喧騒の中心を見に行けば、地面に足を庇うようにして屈む主人の姿。
律「珠紀様、足が…!何があったのですか…?」
珠紀「…典型的な話だけど、足を引っ掛けられて転んだんだ。計画が上手く行かなかった腹いせか何かだろう。心配はいらないよ」
律「……っ、しかし、足を怪我されたのでは。具合を確認させていただきます」
珠紀「……少し捻っただけだ。すぐに治る。それより招待客がいるんだ、もうパーティも終盤だしそろそろ…」
「お見送りしよう」と視線をあげたところで、珠紀の言葉は詰まる。野次馬のように見下ろす招待客に紛れて、1人をじっと見つめて釘付けになっている。
律「……?珠紀様…?」
珠紀「……父、上」
父上と呼ばれた男は娘を一瞥すると、そのままくるりと背を向け立ち去って行った。その視線は冷たく、到底娘に向けるようなものではない。
律「……冷たい視線。あの方が、珠紀様のお父様…ですか?」
珠紀「……ああ。苧環財閥現当主。僕の父だ」
立ち去る男の革靴の音はやけに大きく、コツコツと響いて聞こえた。こうして波乱続きのパーティは、幕を閉じた。
******
エマ「……?ノックの音?誰だ?」
パーティを終えたその日の夜。自室で就寝準備を整えていたエマの扉のノック音が響く。扉を開けば、俯く主人の姿があった。
エマ「オイ、何しに来たンだよ」
珠紀「…………、」
エマ「……上がれ」
部屋にあがり、ソファに座らせてもなお、珠紀は俯き続けたまま、話すことはない。痺れを切らして声をかけようとした直後、ようやく珠紀が口を開いた。
珠紀「隣、来て。主人名令」
エマ「……わァったよ」
珠紀の隣に腰掛けると、珠紀はエマーソンの肩にもたれかかり、ぐりぐりと頭を押し付ける。遠慮のない動きに若干の痛みはあれど、今の珠紀を拒絶することはできない。
珠紀「………エマは僕の命令に逆らうことはできない。…だよね?」
エマ「………」
口を開く。しかし、何かを言いかけたまま、それが声になることはない。代わりに、珠紀の頭にぽんと掌を置いた。顔色は伺えないが、弱っていることは理解出来る。くしゃくしゃとそのまま撫でてやっても、それを拒絶する素振りはなかった。
エマ「(あー……どうすッかなァ…)」
エマーソンの心の声は、隣にいる珠紀にも聞こえることはない。開いた窓からは、秋の冷たい風が静かに吹き込み、カーテンを揺らしていた。




