#121 黒き神 その3 (カグヤ視点)
苦痛の絶叫が、暗い大気を震わせる。
ダスクの一撃で胸の古傷が裂け、真っ赤な血がシャワーのように噴き出、飛沫が私たちの身に降り掛かった。
捩れる巨体にぶつかってしまわないよう、私を抱えたダスクがその場を離脱する。
「今の一撃でも仕留められなかったのは少し残念だが、しかし通じはした」
私の魔力供与で強化されたダスクの攻撃は、思惑通りアメジスト・ドラゴンに傷を負わせた。
「この調子で攻撃を繰り返していけば、いずれは倒せますね」
とは言え、喜んでばかりもいられない。
驚愕と衝撃のピークが過ぎたドラゴンが、先程とは違う種類の叫びを発した。
怒りだ。
あの途方も無い巨体へ成長してから、胸の傷以外にまともなダメージなど受けたことが無かったであろう最強生物が、プライドを傷付けられて暴力的な音を轟かせる。
「ううっ……!」
鼓膜が破れるかという大音量を受け、両手で耳を塞いでその場に蹲る。
先程のダスクの攻撃はダメージを与えはしたものの、致命傷でもなければ行動の質を落とすような重傷でもなく、その力は全く衰えていない。
「これで奴も俺たちの存在に気付いた。次からは警戒されて攻めが難しくなる」
長い首を忙しなく振り回して、ドラゴンが辺りの様子を窺う。
「攻撃してくる者の存在には気付いても、正確な位置までは把握できていないようですね」
七十メートルの巨体を有するドラゴンに比べれば、人間など虫も同然、捕捉するのは一苦労だろう。
位置が悟られていない内に、更にもう一撃加えておきたい。
そう思った矢先、キョロキョロとしていたドラゴンが首を止め、違う動作に入った。
体中に生えていたアメジストが突如として、ギラギラとした危険な輝きを放ち出し、それに合わせて周囲に立ち込めていた瘴気の流れに異変が生じる。
その現象の正体が、私にはすぐに理解できた。
「あれは『朔に誘われる黒き潮汐』と同じ……!」
「瘴気の吸収か……!?」
アメジスト・ドラゴンのような宝石龍種は、体に生やした至宝龍石で大量の魔素の吸収と貯蔵を行い、属性の相性が良いほどその効率は上がる。
そうやって得た魔素は体内で魔力に変換され、ドラゴンの次なる攻撃の糧となる。
巨大な口から紫の輝きが迸り、強烈な魔力の波動が私たちの背筋をぞくりと凍り付かせた。
空が、大地が、周囲の全てが悲鳴を上げて身震いしているのが分かる。
「何でしょう、物凄く嫌な予感がするのですが……!」
「同感だな。ここに留まるのはまずいッ……!」
私たちが共通の危機感を覚えた直後、ドラゴンが仕掛けた。
口一杯に溜め込んだその膨大なエネルギーを、自身の真下に向けて吐き出したのだ。
意図が分からず疑問符が浮かんだのはほんの一瞬、それはすぐに始まった。
最初の異変は、ゴゴゴゴゴ、という大地の凄まじい鳴動。
立ってなどいられないほどの大震動を受けて、ダスクと共にズテンとすっ転んでしまったかと思えば、次は手を突いたその場所が、怪物が口を開けるが如くバリバリと裂け出した。
「きゃあ……ッ!?」
「掴まれ……!」
亀裂に片腕が吞み込まれかけた私を、逸早く体勢を取り戻したダスクが引っ張り寄せて、大地を蹴って空高くまで連れて行ってくれた。
上空から見下ろして、何が起きたのか理解することができた。
私たちが居た場所だけでなく、ドラゴンの居る場所を中心に、大地に巨大な亀裂が生じていた。
放たれたブレスが地中で膨張して四方八方に駆け巡り、やがて行き場を失って、さながら間欠泉の如く地上へ噴き上がろうしているのだ。
その見立て通り、亀裂から何百という魔力の柱が立ち昇り、荒野を穴だらけにしていく。
飛んだ所で、ブレスはここまで届く。
「『隠遁者の住処』ッ!!」
暗黒の球状結界が術者を覆う、闇の防御魔法。
物理攻撃にも魔法攻撃にも優れた防御効果を発揮するだけでなく、『安静の幕板』と同じく空中配置も可能、光を完全遮断する特性も持つ。
私たちが完全に包まれた直後、結界を凄まじい衝撃が揺さ振る。
「きゃあ……ッ!」
怒涛の勢いで訪れる衝撃に耐えながらも、魔力を注ぎ続けて『隠遁者の住処』の強度維持に努める。
命中する度に修復を繰り返して、些細な隙間も許さない。
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