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#116 暗中の訪問者 (カグヤ視点)

 一寸先は闇、という言葉がこれほど相応しい状況も他にあるまい。

 視界は完全に瘴気に閉ざされて、正面に突き出した手の指先さえ見えなくなるほどで、カンテラの光も互いの姿を照らす以外に役に立っていない。



「一度はぐれたら二度と会えなくなりそうですね」

「お互いに離れないようにな」



 源泉がある大地の裂け目の底まで、あとどのくらいの距離があるのかは分からないが、方角だけはこれまでの源泉と同様、瘴気の流れで読み取れる。



 オズガルドたちは一旦フェテログリムに送ってきた。

 事前の約束通り、二時間が経過した段階で活動は中止、彼らの居るフェテログリムへ帰還しなくてはならない。



「くしゅんっ」



 体がぶるりと震えた。



「冷えたか?」

「いえ、大丈夫です」



 フードとマントを着けていても、降り注ぐ邪水雨のお陰で服も髪も肌も真っ黒に濡れてしまっているが、私ならば『原点へ立ち返る期リターン・オブ・ザ・ネイティヴ』で元通りにできる。



「……それにしても静かだな」



 邪水雨が立てる音は一向に止む気配が無く、他の音は搔き消されてほとんど耳に入らないが、ダスクが言っているのはそういう意味の静寂ではない。



「そうですね。他の源泉の十倍の瘴気を放出しているのですから、それに相応しい盛大な歓迎があると思っていたのですが……出迎えてくれたのはゴーストとスペクター、レイスのみ。想像を絶する死闘を覚悟してきた身としては拍子抜けです」

「変異魔物に関しては、瘴気が度を越えて凄まじいせいで、変異しても極限環境に適応できず死に絶えてしまった、とも考えられるが、霊体以外のアンデッドが全く居ないというのは腑に落ちない」



 レイスは問答無用で討伐し、ゴーストとスペクターは『不浄なる魂へ響く魔声デッドマンズ・コントロール』で支配、周囲の索敵を命じて有効活用している。

 私を万遍無く取り囲むよう、数メートルの距離にそれらを配置することで、この最悪の視界の中でも敵の接近を先んじて察知できる。



 しかし、彼らが存在を告げてくれるのは同じ霊体ばかりで、物理的な体を持つ魔物には未だに遭遇しておらず、敵と呼べる相手は『不浄なる魂へ響く魔声デッドマンズ・コントロール』が効かないレイスのみ。



「順調に進めるのは勿論喜ばしいことなのだが、少しばかり──いや、かなり不気味というのが正直な所だな」

「同感です。気を抜かないようにしなくては……」



 進めば進むほど従属するゴーストやスペクターは増えて、索敵の範囲や精度も上がっていく。

 これならば何者であろうと、私たちに奇襲を仕掛けることはできない。



 そう思っていると──



「きゃっ……!」



 ズボッ、という音と共に足が止まり、体がつんのめる。

 周囲の気配を探ることに気を取られて、足元への注意が(おろそ)かになっていた。

 地中にアースバウンドでも潜んでいて、無防備な足を捕獲されたのかと思ったが、倒れないようすかさず私の腹部を押さえて、ダスクが支えてくれた。



「足元に気を付けろ。邪水雨が降り続いているせいで土は泥濘(ぬかる)み、岩は濡れて滑り易い」

「ありがとうございます……」



 敵の襲撃ではなく、単に泥溜まりに足が嵌まってしまっただけと分かり、ほっと安堵する。



 足を引き抜いてから、カンテラを近付けて路面を窺った。

 泥溜まりの大きさはちょっとしたプールほどで、自然現象で出来たものと言うよりは、まるで巨大な何かがズシンと()り込んだ痕跡に、泥と邪水が溜まって出来たもののように思える。

 嵌まった時の感覚からして、深さは三十センチほど。



「これは……魔物の足跡だな」



 ダスクが口にしたその見立てに、思わずギョッとした。



「これが『足跡』……!? こんなに大きなものが? ──もしかして……!」

「ああ。足の形状とサイズからして、(くだん)のドラゴンのものと見て間違い無いだろう。尻尾を引き摺ったような跡も近くにある」



 足と尻尾の痕跡は更に奥へと続いている。



「私たちの進行方向と全く同じ……源泉のある方角へ真っ直ぐ続いているようですね」

「気を付けろ。既にここは奴の縄張り(テリトリー)。いつ遭遇しても不思議じゃない」

「ゴーストとスペクターをより広範囲に展開して、周囲を偵察させます」



 中級以下のアンデッドの知能は低いため、高度な命令を下しても理解されないが、こちらへ近付くものを発見したら叫び声を上げる程度のことはさせられる。



 ドラゴンの痕跡を辿って少し進むと、程無くしておどろおどろしい複数の叫び声が上がった。

 何者かがこちらへ接近してくる。



「早速ですね」

「音が全くしない所から見てドラゴンじゃないな。恐らくはまたレイスだろう」



 上級に分類されるだけあってレイスは恐ろしい存在ではあるが、同時に他の魔物が現れるのでなければ、私とダスクにとっては()したる脅威になり得ず、ここに来るまでに遭遇した個体は危な気無く排除してきた。



 そしてダスクの予想通り、煙で構成されたような半透明の巨大髑髏と両手が、闇の中から登場した。



「オオ、本当ニ人間ダ……」



 レイスが一体。

 他にアンデッドは居ない。



「生キテル奴ヲ見ルナンテ、イツ以来ダロウカ。長カッタ……」



 安堵か感嘆か、はたまたその両方か、レイスが溜め息を──実際に吐息が出る訳ではないが──吐く。



「何を訳の分からないことを……」

「待テ待テ。俺ハ敵ジャナイ。襲ッタリシナイカラ、ソウ警戒シナイデクレ」



 ダスクが凄むと、動揺を表すように両の眼窩に灯る鬼火が左右に揺れ動いた。

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