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#112 小休止 (カグヤ視点)

「この地で為すことは終わりました。次の源泉へ向かいましょう」



 変異魔物たちが元通りになったのを確認してから、私はふうと息を吐いて言った。



「本当に源泉が涸れておる。今や微弱な瘴気も感じぬな……」

「アンデッドは全て消え去り、変異魔物も元通り。眼の前で起きたことだというのに、私の頭では理解が追い付かず未だに信じられません……」



 初見のクレオーズとヴェセルにとっては常識を逸脱した奇跡に映るだろうが、私にとっては今日まで幾度も繰り返してきた作業に過ぎない。

 それからもやる事は一緒、同じ作業の繰り返しだ。



夜陰を急ぐ密行者シークレット・エクスプレス』で次の源泉へ向かい、同様のやり方で魔物を排していく。



「随分と飛ばしておるな、カグヤよ」

「今夜中に全てを終わらせるつもりですから、のんびりしてなどいられません」

「それは結構なのですが……大丈夫ですか?」

「源泉の瘴気を吸収すれば、それが全て私の魔力に変換されて完全回復する訳ですから」



 他の生物にとっては百害あって一利無しの瘴気だが、私にとってはこの上無い魔力の補給源である。



「いえ、魔力ではなく体力の方なのですが……」

「そこは……気合いで頑張ります」



 その後もシュナイン領に点在する源泉を順調に吸収し尽くしていった訳だが、気合いで誤魔化せる疲労などたかが知れている。

 私の息が荒くなってきたのを見て取ったダスクが、



「カグヤも疲れてきたようだ。この辺りで少し休憩しよう」

「賛成~」



 私ほどではないが、疲れた様子のジェフが同意する。

 辺りに危険な魔物が居ないことを確認してから、全員で適当に腰を下ろした。



「どうぞ」

「ありがとうございます」



 エレノアが淹れてくれたハーブティーを受け取ると、カップのほんのりと心地良い熱が両手を満たしてくれた。

 皆で夜のティータイム、月光に照らされての束の間の静穏。



「ふぅ……。少し落ち着きました」



 温かい吐息と共に、疲れが幾分か体の外に出たようだった。



「シュナイン領はフェンデリン領よりも源泉の数が多いからな」

「いくら空間転移があると言っても、それを片っ端から浄化していきゃそうなるさ。魔素(マナ)の吸収と魔力の放出だけでもそれなりに体力を使うしよ」



 ダスク、ベリオ、クレオーズは鍛えているためか、ほとんど疲労を感じていない様子だった。

 オズガルドとエレノアは老体故に疲労していたようで、今まさに回復魔法で調子を整えている最中だ。



「しかし、カグヤ殿であれば、自身の体の時間を体力を消耗する以前まで戻せるのでは?」



 ヴェセルのその疑問に対し、



「何でも魔法で解決しようとするのは良くありませんから。特に私の『望月』は辺りが暗くなければ解放されず、月によって解放の度合いが変わるため、魔法が使えない時のことも考え、慣れておいた方がいいと言われました。体力も少しは付けなくてはなりませんし」



 強大な力を得たからと言って、事ある毎にそれに頼るようでは、やがてそれ無しでは何もできない人間になってしまいかねない。

 切羽詰まった状況でもない限り、休めば自然と回復する体力のために魔法を使うのは、甘えか怠惰のような気がしてならないのだ。



「そうした制約があるためなのか、其方の闇の極大魔力『望月』……改めて凄まじい力であると感じた。最早神の域に達しているとさえ思える」



 クレオーズが厳めしく唸る。



「神、ですか……。確かに時間や空間をも操作できるのですから、そう表現するのも間違ってはいないのでしょうが、私自身は全く平凡な人間です。この世界に来るまではずっとそうでした」



 天才でも超人でもない我が身が神の域に踏み入っているということに、未だ私は不安や恐怖を感じている。

 宝くじや相続で大金を得た者が身を持ち崩し、以前よりも生活が悪化してしまったという話が珍しくないように、身に余るものを授かってしまったばかりに不幸に見舞われた者は数多い。

 エレノアも危惧していたが、いつか私もそうならないとは限らない。



「時に、カグヤ殿は初代『聖女』様と同じ世界の同じ国から来たのですよね? 初代様について何かご存知ありませんか?」



 国を救う偉業を成し遂げた人物だというのに、初代『聖女』に関する記録は奇妙なまでに少なく、その実像は名前も含めて全く明らかにされていないため、好奇心を働かせる者は多い。

 実際、ダスクやオズガルドたちからも今のヴェセルと同じ質問をされた。



「いいえ。ただ、好物のアイスクリームの作り方を広めたとエレノア様から聞きましたから、私やテルサと同じ二十一世紀頃の生まれではないかと見ています」



 同時代の人間が三百年も前後して異世界に召喚された理由など分かるはずも無いが、元の世界とこの世界では時間の流れや法則といったものが異なっているのかも知れない。

 異世界転移とタイプスリップの同時体験、とでも言おうか。



「そして初代様も並外れた意志や才覚の持ち主ということは無く、私のようにニッポンのどこにでも居るような、極普通の女性だったのではないかと思います」

「生い立ちに関して言えば、カグヤは『普通』じゃないと思うけどね」

「……そうですね」



 突然異世界に招かれて、いつの間にか絶大な力を授かっていて、厄災を鎮めてくれと多くの人々から懇願され、帰還する術も無い以上、『聖女』として生きていくしか道は無い、と諦めの覚悟を決めた、というのが事の真相のような気がする。



「カグヤの言う通りかも知れぬな。世間では、容易く『邪神の息吹』を鎮めたように伝えられておる初代『聖女』様だが、儂が栄耀教会に属していた頃に読んだ記録では、源泉の浄化に当たって相当苦労されたようじゃ」

「そうでしょうね。『旭日』があるとは言え、道中に現れる魔物にも対処しなくてはならない訳ですから」



 超越的な力さえあれば万事絶好調、などという都合の良い話は只の空想、現実には存在しない。



「聖女の魔力も万能に非ず。源泉に近付くに連れて魔物の数と強さは増し、その撃退のために魔力を費やしてしまって肝心の源泉の浄化が為せないことも多く、護衛の聖騎士が倒れてしまって人員の不足、物資の消耗や士気の低下も深刻だったと書かれておった」

「今まさに遠征中という『聖女』テルサも、同様の事態に見舞われていることだろうな」

「加えて当時はまだ前例が無かったため、初代『聖女』の力に懐疑的な者も多く、協力を拒む者や妨害する者、命を狙う者まで居たそうじゃ。比すれば二代目殿はまだ楽な方じゃろう。今の所は、な」



 しかし、そんな逆風の中でも彼女は見事に務めを完遂し、国と人々に夜明けをもたらしたのだ。



「そうした初代様が直面した数々の困難が、カグヤの前では困難足り得ない。中級以下のアンデッドを戦わずして制し、変異魔物も抑え込んで最終的に元の状態へ戻せるのだからな」

「空間転移によって長距離を安全かつ短時間で移動できる上、瘴気の吸収で魔力欠乏の心配も無く、存在自体が世間に知られていないために目立った妨害者も現れません。更には傷の治癒や体力の回復、更には破損した武具の修復も『原点へ立ち返る期リターン・オブ・ザ・ネイティヴ』で行えてしまえるお陰で、苦も無くここまで来れました」



 老人であるオズガルドとエレノアは疲労こそ他の者に比べて激しいが、苦戦も負傷もしてはいなかった。



「確かにな。夜しか活動できないという制限こそあるものの、『邪神の息吹』を鎮める上では『旭日』よりも『望月』の方が遥かに適している」

「テルサと栄耀教会が何十日も掛けてようやくやり遂げる遠征が、カグヤにとってはほんの一夜の作業に過ぎないんだからね」

「実に有り難いぜ。この国の救済が早く済むってのも勿論あるが、先んじて源泉を涸らしちまえば、栄耀教会の見せ場を奪い、奴らを追い込むことができるんだからよ」



 フェンデリン領やシュナイン領の『邪神の息吹』が鎮まった事実は、いずれ世間に広まる。

 栄耀教会と『聖女』テルサに頼らずとも厄災が終息していくとなれば、風向きは一変、ベリオやクレオーズの『黄昏の牙』の追い風となる。

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