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#111 快進撃 (カグヤ視点)

 そのしばらく後、私たちはシュナイン領の森を訪れていた。



 否──正しくは森ではなく、かつて森だった場所。

 まるで火災の後のようだ、というのが私の第一印象だった。



 灰のように水気を失って干からびた土壌は黒く変色しており、その上に生えるのは、葉が(ことごと)く枯れ落ち、白骨の如く瘦せ細った木々。

 立ち込める濃厚な瘴気が空と景色を覆い、辛うじて差し込んだ月光が木々に降り注ぎ、妖しい影を作り出す光景は、まさしくこの世の地獄。



「あらゆる生命が失われた死の世界……何度見ても(おぞ)ましいものよ。居るだけで命が削られていく気がする」



 吸気浄化マスクを着けたクレオーズが、何の生き物かは知らないが、転がっていた頭骨を爪先でコンと転がした。



「同感ですね。だと言うのに、何故私がこんな所に来てしまったのやら……」



 嘆きの溜め息を吐き出す彼の名は、ヴェセル・ルヴェイ・シュナイン──シュナイン家当主の次男であり、ミレーヌの婚約者だ。

 私たちが『黄昏の牙』のアジトでクレオーズと会談している間、オズガルドとジェフはシュナイン家との交渉を纏め、彼を連れて来たのだ。



 そして私の空間転移魔法『夜陰を急ぐ密行者シークレット・エクスプレス』で、皆でこうして瘴気が満ちる源泉の付近までやって来た。



「ミレーヌが待っているというから付いて来てみれば……まんまと騙されましたよ。我ながら情けない」



 何故当主ではなく次男坊が来たのかと言うと、要するに私のことを信じていないからだ。

 もっともこれは至極当然のことであり、瘴気を吸い尽くして『邪神の息吹』を鎮めることができる、などという突拍子も無い話をされて、信じる者など居るはずが無い。



 フェンデリン家当主モルジェオが私の力をすんなりと信じてくれたのは、反乱鎮圧や後始末のために力を使っていたことと、両親であるオズガルドとエレノアが話してくれたためだが、フェテログリムではまだ『望月』の片鱗すら見せていない。

 到底信じ難い話のために当主がわざわざ危険地帯に赴き、その結果死んでしまうようなことになっては笑い話にもならず、かと言って縁の深いフェンデリン家の直々の誘いを断っても角が立つため、フェンデリン家の娘ミレーヌと婚約が決まっている次男ヴェセルが当主代理として遣わされたという訳だ。



「いや~、ごめんねヴェセル君。そうでも言わないとこんな危険地帯には来てくれないだろうと思ったから」



 申し訳無さそうにジェフが詫びるが、それで簡単に釣られてしまうヴェセルもヴェセルだと思う。

 人柄も能力も申し分無いと聞いているが、婚約者ミレーヌが絡むと随分と頭が単純になってしまうようだ。



「でも、今回の件が上手くいけばシュナイン領の『邪神の息吹』が鎮まり、ミレーヌも安心して嫁ぎに来れる訳だから、何だったらカグヤの力でひょいっとミレーヌを連れて来ることだってできるんだから、全くの嘘って訳でもないよ」

「そうかも知れませんが……本当に瘴気の吸収なんてできるのですか?」



 ヴェセルが疑わし気に私を見遣るが、ジェフは自信満々に、



「今に分かるよ。ヴェセル君の役割はそれを見届けて、お父上に報告すること。お願いしますよ?」

「こうして来たからには務めは果たします。シュナイン家のため、領民のため、そしてミレーヌのためにもね」



 ヴェセルならばミレーヌを大切にして、シュナインとフェンデリン、両家の懸け橋になってくれるだろう。



「お喋りはそこまでにしてくれ。──来るぞ」



 緊張感の籠ったダスクの声で、全員が思考を切り替えて現実に向き合う。



 闇の中、こちらへ突き進んで来る異形の巨影群。

 植物がほとんど枯れ果てたお陰で視界が確保できているからこそ、その接近がはっきりと見て取れる。



 瘴気が溢れる源泉に近付くには、まずあの闇の怪物達を排除しなくてはならず、そしてそれは困難を極める。



「狙いは私でしょう。以前にも私の魔力を感知したアンデッドに襲われたことがあります」



 サメは数百メートル先からでも微かな血の匂いを嗅ぎ付けるそうだが、それと同じように、他の生物の魔力を糧とするアンデッドは魔法発動時に拡散する魔力の波動を敏感に感じ取る。

 フェテログリムからここへ来た際の空間転移魔法『夜陰を急ぐ密行者シークレット・エクスプレス』が発した闇属性魔力の気配を嗅ぎ付けて、あっと言う間にここまでやって来たのだ。



 敵の数は少なく見積もっても百は下らず、見るからに強そうな個体ばかり。



「オズガルド様、本当にあれらを退けられるのですか……?」

「心配は要らんよ、ヴェセル殿。ほとんどはカグヤとダスクが対処する。我々の相手は二人の対処から漏れた個体だけだ」



 アンデッドと変異魔物の大群と戦って勝つなど、普通のやり方では誰にも不可能な、挑戦自体が自殺行為のようなものなので、ヴェセルならずとも恐怖を感じて当然だ。



「まずは『不浄なる魂へ響く魔声デッドマンズ・コントロール』から」



 中級以下のアンデッドの霊魂に干渉、服従させる魔法だ。

 これで敵は上級アンデットと変異魔物のみとなり、数の上では同等となる。



「行くぞ、ベリオ」

「おうよ」



 従えたアンデッドたちに変異魔物の相手をさせてたちへの接近を阻み、それに乗じる形でダスク達が攻撃を仕掛け、源泉への進路を切り拓いていく。

 私たちがフェンデリン領で繰り返してきた基本戦法だ。



「す、凄い……」

「ほれほれ、ヴェセル殿。(ほう)けておる場合ではないぞ。突破してくる敵を蹴散らすことこそ我らの務め」



 気後れした様子など微塵も無く、クレオーズが胸の前で両の拳を突き合わせ、特製の手甲をガチンと鳴らす。



 戦意満々の彼に応じるように、変異ミノタウロスが猛然と襲い掛かる。

 ミノタウロスは非常に強力な魔物で、その変異型は狂暴性も戦闘力も数段上と聞く。



「──遅い」



 繰り出された怪物の拳を、クレオーズは巨体に似つかわしくないフットワークで易々と搔い潜り、その脇の下を狙って──



「でぇいッ!!」



 ドォン、とまるで二トントラックが猛スピードでコンクリート壁に激突したような、そんな重く激しい音が上がり、喰らったミノタウロスが小さな呻き声と共にグラリと姿勢を崩した。



「『蛇行する雷電鎖スネーク・チェーン・ライトニング』」



 高圧電流を帯びた『蛇行する輝鎖(スネーク・チェーン)』が巻き付いて拘束、動きを封じると同時に感電させる。



 並の人間ならば確実に致命傷となり、魔物であっても全身が麻痺する。

 敵の動きが止まったことを確認してからクレオーズが身構え、その両の手甲が(まばゆ)く輝き出す。



砕砕砕砕砕砕砕砕砕砕さいさいさいさいさいさいさいさいさいさい──撃砕ッ!!」



 機関銃のような速度でラッシュを叩き込み、強烈なアッパーで豪快に吹き飛ばした後、クレオーズが(とど)めの魔法を放つ。



「『不慮の天災アクシデント・フォール』」



 空から降り落ちた落雷が直撃、黒焦げになった変異ミノタウロスが呆気無く崩れ落ちた。



「…………お、お強いのですね、クレオーズ様……」

「だろ? 俺も大将とは何度か手合わせしたが、三分以上持ち堪えられたことは一度も無かった」



 仁王像の如く鍛え抜かれた肉体や、リーダーとして『黄昏の牙』をきっちり統率してきた実績とカリスマ性から、それなりに強いのだろうとは見当を付けていたが、ここまでとは思いもしなかった。

 流石にダスクほどではないだろうが、ひょっとしたらゼルレーク聖騎士団長よりも強いのではないだろうか。



 オズガルド、エレノア、ジェフ、ヴェセルも奮闘してくれて、押し寄せる敵は次々に蹴散らされ、ほんの十分程度で源泉まで到着した。

 ここまで来れば後は容易い。



「──『朔に誘われる黒き潮汐ハイ・タイド・オブ・クレセント』」



 源泉から湧き上がる瘴気、そして周囲を暗黒に包んでいた瘴気が、私の中に吸い込まれて流れ込んでいく。



「これが『望月』による瘴気の吸収か……」

「まさか、本当にこんなことができるなんて……!」



 忌まわしき厄災の元凶は、私の中で大いなる闇の力へと変換される。



「そして『原点へ立ち返る期リターン・オブ・ザ・ネイティヴ』。この地に棲まう全ての変異魔物は以前の姿、以前の精神を取り戻します」



 彼らの時は巻き戻り、狂乱は消えて静穏の時がこの地に訪れた。

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