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#110 武僧クレオーズ (カグヤ視点)

 不快感を抱えたまま、私たちはベリオの案内に従って倉庫街へ歩を進める。



 辺りはまるで廃墟の如くしんと静まり返っており、人影はちらほら見えるが、浮浪者だろうか、みすぼらしい身なりの者ばかりで、隙あらば襲って身包(みぐる)み剥いでやる、と言わんばかりの視線を私たちに向けていた。

 彼らも、栄耀教会の悪事の被害者なのだろうか。



 やがて先導していたベリオが、小さな倉庫の扉の前で立ち止まった。

 トントン、トン、トトン、と彼が合図のノックをすると、扉に付いた窓が開き、『黄昏の牙』の構成員と思われる男性が眼元を覗かせた。



「西の虚空でハーピィの姫が舞い踊る時──」



 構成員がそう唱えると、



「東の大海にセイレーンの女王の歌声が響く」



 ベリオも応じて合言葉を返した。



「ジェシー婆さんは畑に種を撒いたか?」

「ああ。石殻芋(せきかくいも)が三つ収穫できたので、お裾分けをポール爺さんに届けに来た」



 来客が三人、という符丁(ふちょう)を理解した構成員が解錠、私たちを招き入れる。

 中には木製の巨大コンテナがズラリと立ち並び、その中の一つが隠し階段への入口となっていた。



 階段を下った先は、古いがしっかりした作りの地下通路。

 随所から水が滴っていてひんやりと涼しく、左右にはいくつもの部屋が並んでいる。



 擦れ違った構成員たちは、部外者である私たちに疑わし気な視線を送ってきたものの、ベリオが居るお陰で特に何か言ってくるようなことは無かった。



「ここはどういった場所なのですか?」

「元は食糧貯蔵庫だったそうだ。地下水路にも続いていて、街中を密かに移動できる。俺たちは表向きには、老朽化した水路の清掃や補修、点検を行う管理人って身分で活動してるんだ」



 この街を統治するシュナイン家がそのように便宜を図ってくれたのだろう。



「今はここに居るみたいだな」



 ノックの後、ベリオが扉を開けて私たちを通す。



「真っ暗ですね……」



 扉を閉めれば、室内は全くの無明。

 しかし、次の瞬間にはボッボッと音がして、左右の床にびっしりと並んだ蝋燭全てに火が灯り、部屋全体の様子が浮かび上がった。



 少人数用の礼拝堂──礼拝室、とでも言おうか、部屋の奥には小さな祭壇が置かれ、見るも大きな背中の人物が一人、どっかりと胡坐(あぐら)を掻いてその前に身を置いていた。

 私たちの入室に気付いているのかいないのか、ずっとブツブツと小声で何か唱えている。



「ベリオだ。大将、来客を連れて来たぜ」



 彼が声を掛けると、部屋の主がピタリと黙る。



「──こんな暗く不潔な地下へようこそ、お客人」



 胡坐のまま、その人物がぐるりとこちらへ向き直る。



 西洋版、武蔵坊弁慶。



 そんな表現が似合う彼は、年齢は五、六十代で、輝きを放つのはつるりとした禿頭。

 鬚の強面とギョロ眼は子供が見たらそれだけで泣き出しそうなインパクトを持ち、格闘技世界チャンピオンを想わせる筋肉質の巨躯を法衣と甲冑で包み、サウル教の聖職者たちと同じ太陽を模した数珠を首から下げていた。



「儂が『黄昏の牙』の頭目、クレオーズ・ベルム・ズンダルクである」



 牙を剥き出しにした鬼か猛獣のように、武装僧侶がにいっと笑む。

 その表情が怖かったのか、抱えていたセレナーデがシャーッと威嚇の鳴き声を上げ、私もまた気圧されてしまったが、それ以上に驚くことがあった。



「ズンダルク、だと……!? ラモン教皇やヌンヴィス司教と同じ……!?」



『聖なる一族』の筆頭とも謳われるズンダルク家の人間が、栄耀教会に歯向かうレジスタンスのリーダーを務めているという意外な事実に、ダスクも私も驚きを禁じ得なかった。



「いいえ。確かにクレオーズ殿はその二人と同じズンダルク家の出身ですが、二十年以上前に破門され、一族からも絶縁、追放されたのです。警戒の必要はありません」



 と、落ち着いた様子でエレノアが説明してくれた。



『黄昏の牙』に属する者たちが栄耀教会に抵抗するのは、信仰心や正義感もあるだろうが、それ以上に自分達が陥れられたことへの復讐や報復、帝国社会に於ける居場所を得るためだ。

 クレオーズにも、何か只ならぬ事情があるのは間違い無い。



「お久し振りですな、エレノア殿。こうして顔を合わせるのは何年振りか」

「十年振りかと。お元気そうで何よりです」



 エレノアはクレオーズと面識があるようで、口調もどこか親し気だ。



「して、そちらの二人はどこかで見た顔じゃな。そう……確か栄耀教会がばら撒いた手配書に描かれた男女が似た顔だったような……」



 私とダスクは、サウレス=サンジョーレ曙光島に侵入した『黄昏の牙』の構成員、という形で手配書が出回っている。



「カグヤです」

「ダスクだ」



 簡潔に名乗る。



「うむ。……してベリオよ、ルーンベイルではとんだ災難に巻き込まれたそうじゃな。あの小男めが決起したと聞いた時は、もう其方は帰って来ぬものと諦めておったぞ」

「ああ、俺も死を覚悟したよ。だが思わぬ助けが入ったお陰で、こうして戻って来ることができた」

「フェンデリン家は如何にして反乱を鎮めた? 一足先に戻って来た同志が申すには、城に押し寄せた反徒たちが突然倒れ出し、破壊された街並みも立ち所に元通りになったとか、(にわ)かには信じられぬことが起きたそうじゃが……そこの二人が関わっておるのか?」



 このタイミングでベリオが連れて来た客が重要な意味を持っていると、クレオーズは察している。



「まあな。それを話すが……信じられないようなことだが、取り敢えず最後まで聞いてくれ──」 不快感を抱えたまま、私たちはベリオの案内に従って倉庫街へ歩を進める。



 辺りはまるで廃墟の如くしんと静まり返っており、人影はちらほら見えるが、浮浪者だろうか、みすぼらしい身なりの者ばかりで、隙あらば襲って身包(みぐる)み剥いでやる、と言わんばかりの視線を私たちに向けていた。

 彼らも、栄耀教会の悪事の被害者なのだろうか。



 やがて先導していたベリオが、小さな倉庫の扉の前で立ち止まった。

 トントン、トン、トトン、と彼が合図のノックをすると、扉に付いた窓が開き、『黄昏の牙』の構成員と思われる男性が眼元を覗かせた。



「西の虚空でハーピィの姫が舞い踊る時──」



 構成員がそう唱えると、



「東の大海にセイレーンの女王の歌声が響く」



 ベリオも応じて合言葉を返した。



「ジェシー婆さんは畑に種を撒いたか?」

「ああ。石殻芋(せきかくいも)が三つ収穫できたので、お裾分けをポール爺さんに届けに来た」



 来客が三人、という符丁(ふちょう)を理解した構成員が解錠、私たちを招き入れる。

 中には木製の巨大コンテナがズラリと立ち並び、その中の一つが隠し階段への入口となっていた。



 階段を下った先は、古いがしっかりした作りの地下通路。

 随所から水が滴っていてひんやりと涼しく、左右にはいくつもの部屋が並んでいる。



 擦れ違った構成員たちは、部外者である私たちに疑わし気な視線を送ってきたものの、ベリオが居るお陰で特に何か言ってくるようなことは無かった。



「ここはどういった場所なのですか?」

「元は食糧貯蔵庫だったそうだ。地下水路にも続いていて、街中を密かに移動できる。俺たちは表向きには、老朽化した水路の清掃や補修、点検を行う管理人って身分で活動してるんだ」



 この街を統治するシュナイン家がそのように便宜を図ってくれたのだろう。



「今はここに居るみたいだな」



 ノックの後、ベリオが扉を開けて私たちを通す。



「真っ暗ですね……」



 扉を閉めれば、室内は全くの無明。

 しかし、次の瞬間にはボッボッと音がして、左右の床にびっしりと並んだ蝋燭全てに火が灯り、部屋全体の様子が浮かび上がった。



 少人数用の礼拝堂──礼拝室、とでも言おうか、部屋の奥には小さな祭壇が置かれ、見るも大きな背中の人物が一人、どっかりと胡坐(あぐら)を掻いてその前に身を置いていた。

 私たちの入室に気付いているのかいないのか、ずっとブツブツと小声で何か唱えている。



「ベリオだ。大将、来客を連れて来たぜ」



 彼が声を掛けると、部屋の主がピタリと黙る。



「──こんな暗く不潔な地下へようこそ、お客人」



 胡坐のまま、その人物がぐるりとこちらへ向き直る。



 西洋版、武蔵坊弁慶。



 そんな表現が似合う彼は、年齢は五、六十代で、輝きを放つのはつるりとした禿頭。

 鬚の強面とギョロ眼は子供が見たらそれだけで泣き出しそうなインパクトを持ち、格闘技世界チャンピオンを想わせる筋肉質の巨躯を法衣と甲冑で包み、サウル教の聖職者たちと同じ太陽を模した数珠を首から下げていた。



「儂が『黄昏の牙』の頭目、クレオーズ・ベルム・ズンダルクである」



 牙を剥き出しにした鬼か猛獣のように、武装僧侶がにいっと笑む。

 その表情が怖かったのか、抱えていたセレナーデがシャーッと威嚇の鳴き声を上げ、私もまた気圧されてしまったが、それ以上に驚くことがあった。



「ズンダルク、だと……!? ラモン教皇やヌンヴィス司教と同じ……!?」



『聖なる一族』の筆頭とも謳われるズンダルク家の人間が、栄耀教会に歯向かうレジスタンスのリーダーを務めているという意外な事実に、ダスクも私も驚きを禁じ得なかった。



「いいえ。確かにクレオーズ殿はその二人と同じズンダルク家の出身ですが、二十年以上前に破門され、一族からも絶縁、追放されたのです。警戒の必要はありません」



 と、落ち着いた様子でエレノアが説明してくれた。



『黄昏の牙』に属する者たちが栄耀教会に抵抗するのは、信仰心や正義感もあるだろうが、それ以上に自分達が陥れられたことへの復讐や報復、帝国社会に於ける居場所を得るためだ。

 クレオーズにも、何か只ならぬ事情があるのは間違い無い。



「お久し振りですな、エレノア殿。こうして顔を合わせるのは何年振りか」

「十年振りかと。お元気そうで何よりです」



 エレノアはクレオーズと面識があるようで、口調もどこか親し気だ。



「して、そちらの二人はどこかで見た顔じゃな。そう……確か栄耀教会がばら撒いた手配書に描かれた男女が似た顔だったような……」



 私とダスクは、サウレス=サンジョーレ曙光島に侵入した『黄昏の牙』の構成員、という形で手配書が出回っている。



「カグヤです」

「ダスクだ」



 簡潔に名乗る。



「うむ。……してベリオよ、ルーンベイルではとんだ災難に巻き込まれたそうじゃな。あの小男めが決起したと聞いた時は、もう其方は帰って来ぬものと諦めておったぞ」

「ああ、俺も死を覚悟したよ。だが思わぬ助けが入ったお陰で、こうして戻って来ることができた」

「フェンデリン家は如何にして反乱を鎮めた? 一足先に戻って来た同志が申すには、城に押し寄せた反徒たちが突然倒れ出し、破壊された街並みも立ち所に元通りになったとか、(にわ)かには信じられぬことが起きたそうじゃが……そこの二人が関わっておるのか?」



 このタイミングでベリオが連れて来た客が重要な意味を持っていると、クレオーズは察している。



「まあな。それを話すが……信じられないようなことだが、取り敢えず最後まで聞いてくれ──」

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