#108 次なる目標 (カグヤ視点)
程無くして、フェンデリン家の領主城にリッツカート家の面々が招かれた。
「またお目に掛かれて光栄です。それも、まさかこんなに早くその時が来るとは……」
ほんの数時間振りの再会に、アンドレ・リッツカートが顔を綻ばせる。
「そうですね。御縁があるのかも知れません」
共に来た彼の妻と息子、娘にも微笑んで挨拶する。
「先達て相談した通り、君たちにはこの方の魔導衣を仕立てて貰いたい。それも『最高の品』をな」
語気を強めてモルジェオが命じる。
「君たちも実際に体験して知っているだろうが、彼女は並外れた力の持ち主で、今後はその力をある重大な使命のために用いていくこととなる。その助けと、そしてこの街のために尽力して頂いたことへの感謝として、君たちが仕立てる魔導衣をお贈りしたいと考えたのだ」
「アンドレよ。私が今着ているこれは君と、今は亡き君の父が仕立ててくれた品だ。魔力増幅と防御性、耐久性に優れる見事な逸品で愛用している。これ以上の物をお願いしたい」
身に纏う魔導衣を見せ付けて、オズガルドが依頼する。
「然様でございますか。しかしオズガルド様がお召しのその魔導衣が、確か三千万マドルはしたはず。それ以上の物をご所望となれば、費用の方も相応の値になりますが……」
「費用はフェンデリン家が全額負担する。いくら掛かっても構わない。彼女にはそれだけの投資価値がある」
フェンデリン家にとっても決して安い買い物ではないはずだが、モルジェオにもカルステッドにも惜しむ様子は全く無い。
「それから、納品は可能な限り早く頼む。具体的には二ヶ月以内に」
「二ヶ月……!? オズガルド様のその品に掛かった期間は三ヶ月でした。品質は以前より上げろ、しかし期間は短く、とはなかなかの無理難題ですな」
ハードワークを想像したアンドレの顔が引き攣っていた。
「難しいか? ならば帝都の職人にでも頼むが……」
そんな彼を見てモルジェオがわざとらしくそう呟くと、
「ご冗談を仰いますな、モルジェオ閣下。普通なら無理だと言ってお断りするか、条件を曲げて頂く所ですが……」
アンドレの視線がチラリと私へ移る。
「そちらの方のお陰で、我々は絶望の淵から救われたのです。その恩人様が我々の腕を必要とされているのであれば、ご期待に応えない訳にはいきません。重大な使命とやらが何かは存じませんが……恐らくそれは我々のような者たちを救うことに繋がるのでしょう」
リッツカート一家は私が瘴気を吸収できることなど知らないため、破壊された物や負傷者を元通りにしていくことが使命だと思い込んでいる。
「その通りだ。彼女こそ希望の体現者、闇夜に呑まれし者達を導く月明かりだ」
「ならばこのアンドレ、一世一代の仕事をして御覧に入れましょう。出し惜しみせず、培かった技術の粋を注ぎ込み、家宝の布も存分に使いましょう。生涯最高の、渾身の逸品を献上致します」
「流石は帝国屈指の魔導衣職人。力強い言葉だ」
「帝国屈指? またまたご冗談を。我らリッツカートこそが帝国随一です」
勿論モルジェオはアンドレの性格を把握した上で、発破を掛けたのだ。
「それから、分かっているとは思うが……」
「この仕事やブライト様のことは内密に、ですね? 心得ておりますとも。我々は一介の魔導衣職人、小難しい話など聞かされても集中が乱れるだけですから」
リッツカート一家が一流の魔導衣職人としてフェンデリン家から信頼されているのは、単に仕立ての技術が優れているからだけではないようだ。
「では、早速仕事に執り掛かりましょう。まずは採寸と、あなたの魔力の鑑定をさせて頂きたいのですが……」
アンドレの妻が鑑定水晶を取り出す。
「分かりました。その前に一旦場所を移しましょう」
「場所を? 鑑定はすぐに終わるため、ここでも出来ますが……」
闇の極大魔力『望月』は暗所でなければ解放されず、鑑定水晶にも検出されない。
力を使う上では不便でしかないこの制約が無ければ、私の運命は随分と──今よりは確実に悪い方へ転がっていただろう。
「それも秘密なのですが、とにかく別室でお願いします」
「……? 畏まりました」
窓の無い部屋に移った、そのすぐ後。
「うわ……ッ、な、何だ……!?」
「鑑定水晶が、爆発した……ッ!?」
いつぞやのように鑑定水晶を粉々に砕け散らせ、リッツカート一家を大いに困惑させてしまったことは言うまでも無い。
そんな軽いハプニングも経験して、必要な作業が済んでリッツカート一家が帰った後、私は再び応接室で、モルジェオとカルステッドから相談を受けていた。
「カグヤ殿、あなたのお陰で我が領の『邪神の息吹』は鎮められた訳だが、今後は他領の『邪神の息吹』を鎮めていく、ということで間違い無いだろうか?」
「はい。と言っても、次の行き先をどこにするかは未定なのですが……」
フェンデリン一族以外に関わりのある家を持たない私には、どこへ行けばいいのかが分からない。
「でしたら、是非我々の希望を聞き届けては頂けないでしょうか?」
迫るようなカルステッドの態度に、彼らの希望に見当が付いた。
「それは、もしかしてシュナイン家のことでしょうか?」
「おや、何故それを?」
「先程ミレーヌさんにお会いして、輿入れの話を聞きました。フェンデリン家とは長い付き合いだとも」
良き友人にして姻戚の間柄にもなる相手を救おうと考えるのは自然な道理だ。
「話が早くて何よりです。あちらはこの我が領以上に瘴気の源泉が多く、『邪神の息吹』の被害も深刻と聞きます。当然、領民の不満も溜まっており、いつここのような反乱が起きないとも限りません」
「それにもう一つ、シュナイン領に行って頂きたい理由がある」
そう言ってモルジェオが見遣った相手、ベリオが言葉を引き継いだ。
「シュナイン家のお膝元のフェテログリムには、俺たち『黄昏の牙』の本拠があるんだ。大将もそこに居る」
「『黄昏の牙』が……?」
世間では、サウル教を邪教扱いして皇族と国家の転覆を目論む非道なテロ組織、と思われがちだが、それは栄耀教会が流布したイメージに過ぎないのだという。
彼らはあくまでも栄耀教会という教団に敵対する組織であって、サウル教や現在の政治体制を否定している訳ではなく、欲望と保身のために民衆を苦しめる栄耀教会を倒すことこそ、サウル神の御意思に適った正当な信仰であり正義、というのが彼らの主張だとベリオが教えてくれた。
「シュナイン家も我らフェンデリン家と同じく反教団派だ。表立って『黄昏の牙』を認めてはいないが、彼らの摘発や妨害はせず、フェテログリムに本拠があることにも知らぬ振りをしている」
自領を蝕む『邪神の息吹』に対抗するためには栄耀教会の力を借りなければならないが、彼らの専横と増長を許す訳にもいかない、という二律背反にどこの領主も頭を悩ませ、苦しい決断を迫られている。
「そこへ私が赴いて、『邪神の息吹』を鎮めてシュナイン家と『黄昏の牙』に力を知らしめる、ということですね?」
このルーンベイルでもそうする予定だったが、先に反乱が起きてしまったために順序が変わってしまった。
「そうだ。リーダーには俺が繋ぐ」
「領主にも私から紹介状を書いておこう」
ベリオとモルジェオが働き掛けてくれれば、話はスムーズに進むだろう。
「『黄昏の牙』のリーダーがカグヤの力を認めれば、それは各地の構成員にも伝わり、栄耀教会を打倒する動きが活発化するだろう」
エレノアもオズガルドに同調して、
「反教団派の地域ならば猶更でしょう。そうなれば皇室や評議会も、ここぞとばかりに改革に乗り出すに違いありません。ヌンヴィス司教のような悪徳聖職者は次々に摘発されていくでしょう」
「承りました。早速今夜、シュナイン領に向かいます」
元の世界でも十六世紀前半のヨーロッパに於いて、腐敗したローマカトリック教会に対して宗教改革が始まり、プロテスタント教会が分離、誕生するという歴史があった。
私の活動が実を結べば、栄耀教会が大打撃を受けて教団の体制に変化が生じるのは間違い無いが、それによって栄耀教会がどのような結果を迎えるのかまでは予測が付かない。
プロテスタント教会のような分離が起きるのか、それとも──私を苦しめたあの教団のように崩壊の末路を辿るのか。
何にせよ、改革によって人々に良き未来が訪れることを願うばかりだ。
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