#107 魔導衣 (カグヤ視点)
「でもこうなると、ミレーヌの輿入れも少し延期せざるを得ないな」
困ったように呟き、ジェフがパンを千切る。
「輿入れ、ですか……? ミレーヌさんの?」
「はい、シュナイン家に」
「シュナイン家、とは?」
「フェンデリン家とは長く親密な間柄の貴族でね。同じレーゲン地方に領地を持ってるんだ」
親の都合で故郷と家族から引き離され、好きでもない相手と結婚させられる訳だから、現代日本の感覚で見ると、やはりネガティヴな印象を拭えない。
親の都合で結婚相手を決められそうになった過去を持つ私には、特にそれが強く感じられてしまう。
物心付いた頃からかくあるべしと教え込まれ、貴族令嬢の宿命として受け入れる覚悟もできていたミレーヌならば、私が想像するほどの抵抗感は無いと思われるが──
「その……お相手の男性は、どのような方なのでしょうか?」
何気無くそんな質問をすると、
「えっ、ヴェセル様のことですかッ!? ヴェセル様のことが知りたいのですね!? ではお話ししましょう!」
よくぞ訊いてくれたとばかりに、ミレーヌの瞳が強烈に輝き出した。
「ヴェセル・ルヴェイ・シュナイン様はシュナイン家の次男で御歳は私より一つ上の十七歳、身長は一七五センチで体重は六十キロ利き腕は右で首元にホクロがあって甘い物好きでおまけに頭も良くて剣や魔法の扱いも上手で皇立学術院の魔法科への入学も決まっていて、将来は宮廷魔術団入りも確実と言われるだけでなく魔法を使う時の佇まいや横顔もキリッとしていて優しさと勇敢さを兼ね備えた素晴らしい方で、この前届いたお手紙には『ミレーヌが来る日が待ち遠しい』と書かれるほど私のことをいつも想って下さっているのです!」
前言撤回、抵抗感どころか一刻も早く嫁ぎたくて仕方無い様子だった。
「は、はぁ……」
マシンガンの連射を想わせる婚約者の魅力紹介に、私はただ圧倒されるばかりだった。
「ヴェセル君なら僕も何度か会ったけど、才覚も人柄も申し分無かったよ。彼の方もミレーヌを凄く気に入ってたし、まさにお似合いの二人だね」
何度か会って顔も人柄も把握している上、家同士の関係も本人たちの相性も良好で納得しているのであれば、この上無く理想的な縁談と言っていいだろう。
「それはそうとジェフさん、気になっていたのですが……その壺は何でしょうか?」
先程から食事の片手間に、椅子の両脇に置かれた二つの壺の中へパンや肉などを落としているのがチラチラと見えていた。
微かだがモゾモゾという音も聞こえるため、中に何者かが入っているのは明らかだ。
「新しい友達の『レクイエム』と『カプリッチョ』だよ。今まではこの城で母上やミレーヌが面倒を見ててくれたんだけど、今後は色々と忙しくなりそうだからね。いざという時に備えて手元に置いておくことにしたんだ」
「あ~あ。レクイエムはともかく、カプリッチョを連れて行くんですか? クッションにして寝ると気持ち良かったのに……」
「ごめんよ、ミレーヌ」
私が知り得るジェフの使役生物は、黒猫セレナーデと黒梟ノクターン、以前若返らせた犬のプレリュード、後はトカゲや蟻、コウモリやネズミのような細かい生き物だ。
これまで見てきた生き物たちと、ミレーヌがクッションにしていたという話、あの壺に入る程度のサイズからして、凶暴な肉食獣などではないだろうが、
「……中を見ても?」
「どうぞ」
許可を得たので、二つの壺の中を恐る恐る覗き込んでみると──
「こ、これは……ッ!?」
中に居た生き物の姿を認識した途端、思わずギョッとして後退ってしまった。
「どうです? 可愛いでしょう?」
「良ければ触ってみる? 何、大人しいから心配要らないよ」
「……いえ、結構です」
こんな生き物を飼育して愛でている辺り、ジェフもミレーヌも相当な変わり者だ。
食事を終えると応接室へ招かれ、一仕事終えて城へ戻って来たモルジェオたちと再び会談する。
「さてカグヤ殿、あなたへの謝礼についての話だが……あれから何か思い付いただろうか?」
「すみません、まだ何も……」
今まで『邪神の息吹』によって領地が荒れ、フェンデリン家も財政的に余裕があるとは言えないだろうから、彼らの負担になるようなことは言いたくない。
またも困っていると、カルステッドから提案があった。
「我々もお爺様やお婆様と相談して考えたのですが……如何でしょう? カグヤ殿専用の魔導衣をオーダーメイドするというのは」
「魔導衣、ですか?」
「あなたもご存知でしょうが、魔導衣は魔法効果を付与した衣類。魔力増幅の機能がある物ならば、魔法をより効率的に使えます。カグヤ殿は今後、各地の『邪神の息吹』を鎮めていく訳ですから、必ずやその助けとなるでしょう」
「加えて、物によっては甲冑以上の防御効果も期待できる。いずれ栄耀教会もあなたの活動に気付き、今度こそ亡き者にしようと狙って来るのは間違い無い」
既に二度失敗している以上、次こそは周到な準備をした上で挑んで来るだろう。
私とダスクが本領を発揮できない日中は、特に気を付けなくてはならない。
「あなたの身に万一のことがあれば、この国は『聖女』テルサを擁する栄耀教会によって実質的に支配されてしまう。最悪の事態を避けるため、可能な限りの対策は講じておくべきだ。幸いにして、このルーンベイルには我が一族御用達の魔導衣職人が居る。彼らならば、あなたの力に相応しい逸品を仕立ててくれるだろう」
彼らが言うその魔導衣職人には心当たりがある。
「もしかして、リッツカート一家のことでしょうか?」
「然様。先頃訪ねた所、暴徒に焼かれた店を見知らぬ女性が瞬く間に元通りにしてくれて、名も告げず謝礼も受け取らずに去ってしまったと語っていた」
「あなたの魔導衣を作って貰うことになるかも知れないと相談すると、是非お引き受けしたいと言っていました。彼らもまた、あなたへ感謝と期待を寄せているのです」
そこまで言われてしまえば、断るのは野暮というもの。
「では、お言葉に甘えさせて頂きます」
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