表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

109/126

#106 来たる天明 (カグヤ視点)

「やっと終わったね」



 空間転移で城壁の上に戻って来た頃には、東の空が少し白んでいた。



「我が領の天明(てんめい)か……」



 フェンデリン領に点在していた瘴気の源泉は全て枯渇、今や僅かな瘴気も滲出(しんしゅつ)しておらず、付近に居た変異魔物やアンデッドの処理も完了した。



 まだ人々は知らないが、遠くない内に気付く。

 およそ五十年間この地を蝕み続けていた『邪神の息吹』は、この夜を以て収束したという事実に。



「カグヤ殿」



 モルジェオに呼ばれて振り返る。



「ルーンベイルの危機を救って頂いたばかりでなく、領内の瘴気をも吸収して頂き、最早感謝の言葉も見つからない」

「あなたのお陰で、我が一族と領民は真の救済を得ました」



 フェンデリン家を代表して、モルジェオとカルステッドが胸に手を当て、丁寧に一礼する。



「お役に立てたようで何よりです」

「就いては、あなたに謝礼をお支払いしたい。何か望むものがあれば遠慮無く言って頂きたい」



 リッツカート家の時も同じことを言われたが、私は見返り欲しさに救っていた訳ではない。

 見返りを受け取ることが悪いと考えている訳ではないが、仮に金銭を貰ったとしても、栄耀教会に追われる身では呑気にショッピングなどしてはいられないし、生活の面倒はフェンデリン家が見てくれているため、これと言った使い道が思い付かない。



「この世界に来てから、私はフェンデリン家の皆様に大変お世話になりました。安全の保証だけでなく、この世界の知識や魔法も学ばせて頂きました。今回の件はその返礼のつもりで行っていたのですが……」



 そうした支援が無ければ、私は『望月』が持つ瘴気吸収の可能性にも気付けなかっただろう。



「それらを考慮しても尚、あなたの功績は余りある。これは我々の誠意なのだ」

「と、仰られましても……」



 困惑する私を見かねたジェフが、



「父上、カグヤも色々あって疲れているみたいですから、今は休ませてあげるべきでは? 話ならその後でもできますよ」

「それもそうか。失礼した。すぐに部屋を用意させるので、ゆっくりお休み頂きたい」

「お心遣い感謝します」



 周囲が暗くなければ解放されないという『望月』の特性上、私の生活は基本的に昼夜逆転だ。

 朝方に床に就き、目覚めるのは昼が過ぎてからになる。



 皆が城内へ向けて歩き出す中、



「……ダスクさん?」



 ただ一人、ダスクだけは余所を向いたままその場から動かない。



「どうかしましたか?」



 私の呼び掛けに気付いていない訳ではないだろうが、彼の視線は眼下の城下の街に向けられたまま動かない。



「何か見えるのですか?」



 隣に立って同じ景色を見下ろす。



「街を眺めていた。何せ久し振りなものでな」



 反乱の鎮圧や後始末に追われて、落ち着いてルーンベイルの街を眺める時間が無かった。



「すぐそこにある大通りの肉屋が見えるか?」



 ダスクが街の一角を指差す。



「はい。あのお店が何か?」

「あそこには武具屋が建っていて、俺たちが使っていた武具の改造やメンテナンスを依頼していた。頑固な職人だったが腕は確かだった。その親父の娘とグレックスが良い仲で、デートしていたのをこっそり尾行していた。あいつ魔物相手には勇敢だった癖に、女のことになると途端に奥手になってたんだよな……」



 グレックスというのはカルディス親衛隊のリーダーの名だったと記憶している。



「その三軒隣の食器店の場所には、大きい酒場があった。任務を終えて帰って来た後、仲間たちと飲んでいたよ。酔っ払った勢いで魔法を暴発させて、後でカルディス殿下から雷を落とされたな」

「そんなことが……ふふっ」

「それから、あそこの赤い看板の本屋は薬屋だった。レヴランと一緒に材料を買って、自作の薬を作ったりもした。ある時は笑い薬を作って、グロームとビファスの食事にこっそり混ぜて効果を確かめようとしたら……」

「したら?」

「セレナ様に気付かれて、皿を入れ替えられてな。お陰で俺とレヴランがしばらく笑い転げる羽目になった」

「ダスクさんって、昔はとてもやんちゃさんだったんですね。ふふふ……」



 今の彼からは想像も付かない愉快なエピソードの数々に、私も笑わずにはいられなかった。



「三百年経って色々と変わってしまったが、街の区画や道の幅、空気の匂い、この城の外観は変わっていない。遠くに見える山々や川もそのままだ。眺めているとあの頃のことが次々に甦る。本当に懐かしい……」



 遠い過去の思い出に浸るダスクを、私は羨ましく思った。

 再び故郷の景色を眺める機会も、親しくしていた者も、懐かしむような良き思い出も、私には無いのだから。



「あの夜に君が止めてくれなければ、この景色を見ることも、思い出を振り返ることも無く、皇帝を殺めた邪悪な怪物として二度目の死を迎えていただろうな」

「そのような結末はあなたに相応しくありませんから。懐かしい思い出の中で生き続ける方々も、きっと今のあなたを誇りに思っているはずです」



 非業の死を遂げた彼らも恨みは消えないだろうが、それでもダスクが受け継いだ意志、選んだ道を認め、草葉の陰から見守ってくれているはずだ。



「まだ俺からは言っていなかったな。──ありがとう、このルーンベイルを救ってくれて」

「どう致しまして。ダスクさんからそう言って頂けるのが、一番嬉しく感じられます」



 にっこりとした笑みと共に返すと、



「…………そうか」



 嬉しいような困ったような、そんな表情を一瞬だけ浮かべて、彼は顔を背けてしまった。



 次第に明るくなっていく東の空に背を向けて、私たちは城の中に入った。



 空間転移魔法『夜陰を急ぐ密行者シークレット・エクスプレス』で、帝都のフェンデリン邸に戻ってサリーに世話して貰って休むこともできたが、せっかくなのでモルジェオが用意してくれた城内の客室で眠った。



 城の使用人たちにはモルジェオが話を通していたようで、浴場も使わせてくれて身も心も綺麗にリフレッシュ、食事の支度も出来ているということで、使用人に案内されて食堂に向かうと、



「お早う、カグ──ミス・ブライト」



 腰掛けるジェフと、もう一人。



「あなたがお父様たちが言っていた、ブライト様ですね?」



 モルジェオとカルステッド以外の者に私の素性と能力を知られるのは都合が悪いため、そのような仮名を使っている。



「はい。……あなたは?」

「初めまして。ミレーヌと申します」



 そう言えば、正式な貴族令嬢──サリーは元令嬢──と会うのはこれが初めてだ。

 年の頃は十代半ばと言った所だろうか、アンティークドールのようなとても可愛らしい顔立ちとドレスで、仕草や言葉遣いからも育ちの良さが窺える。



 財産にも家柄にも家族愛にも恵まれた、輝ける青春。

 欲と欺瞞に満ちた信仰によって充実した日常を奪われた私とは、真逆の人生。



「あの、どうかしましたか?」

「……いいえ、何でもありません」



 羨ましいとは思うが、別に嫉妬と言うほどのものではない。

 他人の幸福を妬み、憎むようになってしまったら人間としてお終いだ。



「モルジェオ様たちはいらっしゃらないのですか?」

「父上たちは街に出ているよ。君のお陰で被害は大きく減らせたとは言え、まだ軽い混乱が起きているし、不安がっている人も多い。栄耀教会の残党もまだ聖堂に立て籠もって抵抗を続けているから、それも何とかしなくちゃならない」



 日中は私とダスクでは何も手伝えない。

 のんびり休息を取らせて貰う。

毎度ご愛読ありがとうございます。お楽しみ頂けたのなら、評価や感想、ブックマーク、レビューして頂けると創作の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ