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#100 絶望を祓う月 その4 (ベリオ視点)

「さて、どうやって息の根を止めてやるか。魚のように三枚に(おろ)すか、鶏のように絞め上げるか……」

「蟻のように踏み潰すっていうのはどうかな?」

「良い考えだ。そうしよう」



 軽い口調で出されたジェフの提案を採用、一度は立ち上がらせたヌンヴィス司教を再び地べたに叩き付け、側頭部を踏み付ける。

 風の如く駆け抜け、頑強な魔法障壁でさえ一撃で破壊する脚力に掛かれば、人間の頭など生卵も同然。

 殻と黄身の代わりに砕け散るのは、頭蓋骨と脳漿(のうしょう)だ。



「や、やめてくれェ……! い、命ばかりは……!」

「なら街中の反徒に命じなよ。すぐに武装を解除し、戦闘や破壊をやめろとね」



 倒れ伏す司教の顔前に、ジェフが拡声魔導具を放り落とす。



「わ、分かった……言う! 言うッ!」



 最初からヌンヴィス司教に命令を発させて反徒たちを止めるために、謎の剣士とジェフは踏み潰すなどと脅しを掛けたのだ。



〈し、司教、ヌンヴィスが命じる……! 全員、た、直ちに停戦せよ! 武装も解除せよ! これは絶対である! これ以上の戦闘や破壊は許可しない! 従わぬ者は我が命に於いて破門とする……ッ!!〉



 必死の呼び掛けがルーンベイル中に響き渡る。



〈繰り返す……! 直ちに停戦して武装を解除するのだ! 従わぬ者は破門する……!!〉



 サウル教に於いて『破門』とは「神から地獄行きを命じられる」ことに他ならず、ある意味では死よりも重い罰だ。

 家族や世間から見放されて後ろ指を差されるだけでなく、破門された者に対して暴力や侮辱、窃盗、強姦、殺害など、通常であれば犯罪に該当する行為を働いても一切罪には問われない──つまりは人間扱いされなくなるのだ。



「どうだジェフ、奴らは大人しくなったか?」

「流石に全員とはいかないけど、大部分の反徒は従ってるよ。ひとまず危機は去ったと言っていいね」



 使役した鳥の視覚を共有すれば、ジェフには地上の様子が俯瞰で分かる。



「上出来だ。さて……これでもうお前を生かしておく必要は無くなったな」



 氷のように冷え切ったその言葉に、ヌンヴィス司教がハッと耳を疑った。



「な……そ、そんな……話が違うぞ。命までは取らないと……」

「悪いな。俺はもう二度と、栄耀教会と交わした約束など守らないと決めていたんだ」

「それに考えてもみなよ。これだけのことをしでかしたんだ、僕らが見逃したとしても父上が見逃すはずが無い」



 栄耀教会の聖職者たちは保身と利権のためならば、あの手この手で約定を覆すような連中なのだから、そんな風に殺されようと文句を言う資格は無い。



「り、理解しておるのか……? 我らを討つということは、栄耀教会と完全に敵対するということ! そうなれば『聖女』様がこの地を訪れることは未来永劫無くなる! 民は『邪神の息吹』によってこの先も延々と苦しむのだぞ! それでも良いのか……!?」



『邪神の息吹』に抵抗できる唯一の人物である『聖女』と、それを担ぎ上げる栄耀教会に公然と敵対してしまえば、もうその土地の瘴気は浄化して貰えず、あと五十年ほどは厄災に苦しめられる時代が続くのは間違い無い。



 苦し紛れの笑みを浮かべ、勝ち誇ったように言い放つヌンヴィス司教だったが、しかし謎の剣士は眉一つ動かさず、



「そうやって多くの者を黙らせ、言い成りにしてきたんだろうが……それは大間違いだ。『聖女』は既にこの街を救いにやって来た。貴様が始めたこの愚かな反乱に対しても、大いに心を痛めていたぞ」

「な、何を馬鹿なことを……『聖女』様は遠い曙光島に居られるのだぞ。私は何も聞いておらん。この地に来ているなど絶対に有り得ん……!」



 領主モルジェオが『聖女』の訪問を拒絶したことがこの反乱の契機となったのだから、それがまだ収束しない内に『聖女』が来るなど理屈として不自然で、かつ時間的にも有り得ない。

 第一、反栄耀教会派の筆頭とも言うべきフェンデリン家に『聖女』が救いの手を差し伸べるなど、フェンデリン家が屈服しない限り、栄耀教会が認めるはずが無い。



「理解する必要は無い。お前が今理解すべきなのは、自分の死と苦痛、そして絶望だけだ」



 ヌンヴィス司教の側頭部に乗った足が、万力の如くゆっくりと体重を掛けていく。

 圧力を加えられた頭蓋骨がメキメキ、ミシミシという痛々しい軋み音を奏で始める。



「うぎぃいえええええええええええ……ッ、た、頼む、こ、殺さないでェ……!! か、金ならいくらでも払おうではないか……! ひゃ、百──い、いや、五百万払おう……ッ! それで手を打ってくれッ!!」

「下々の者には殉死の素晴らしさを説いて命を懸けさせておきながら、自分が殺されそうになると必死の命乞いか。信仰を貫いて死んだ者は、神の待つ天国へ行けるんだろう? 本望だと言って喜べよ」



 哀願する司教を睥睨(へいげい)する眼には、醜い害虫でも見るような嫌悪と軽蔑の色が浮かんでいた。



「や……やめでぐりぃいええええええ……ッ!! つ、つぶれるゥ~……!」



 何とも無慈悲な光景だが、憐れみは全く湧かない。

 民衆を虫ケラのように利用してきた男なのだから、むしろ似合いの最後と言える。



 決定的な圧力が掛けられようとしたその時、謎の剣士の顔の前を、小さな光が通過した。



「……ッ!?」



 光の正体は、最下級の攻撃魔法『爪先の銃火(ネイル・ショット)』。

 そしてそれを放ったのは──



「モルジェオ閣下……!」



 ジェフの父親、このルーンベイルの領主モルジェオが、配下の騎士を連れて立っていた。

 今の『爪先の銃火(ネイル・ショット)』に敵意は一切無く、あの剣士の気を逸らして止めるためにわざと外して撃たれたものだった。



「無事で何よりだ、ベリオ君。それからジェフも」

「しばらく振りです、父上。城の方はいいんですか?」

「一旦カルステッドたちに任せてきた。扇動者が倒されたのか、この眼で確認しておきたかったからな」



 モルジェオの様子からして、フェンデリン一族の誰かが討ち取られたりはしていないようだ。

 誰がどうやって城側の反徒たちを鎮圧したのかは知らないが、とにかく戦いは勝利に終わった。



「君が父上たちが言っていた、ダスクだな?」

「そうだが……何故邪魔をする?」



 名を呼ばれた剣士が眼を細める。



「そんな売僧(まいす)でも、栄耀教会から正式に派遣されてきた者。後々の面倒を避けるためにも、法に(そく)した裁きこそ相応しい。私に身柄を引き渡しては貰えないだろうか?」

「ま、待って下さいよモルジェオ閣下! 法に則した裁きだって? そんなモンがこいつに通じるとはとても思えねえ。栄耀教会には皇室や評議会の権限が及ばず歯止めが掛けられなかったからこそ、ここまでの増長を許しちまったってことはよく知ってるはずだ」



 牢にぶち込んだ所で、同じズンダルク家のラモン教皇が手を回して釈放させる可能性は大いにあり、そうなればヌンヴィス司教は性懲りも無くまた反乱を企てるだろう。

 ここで確実に息の根を止めて、後顧の憂いをきちんと絶っておくことこそが最善だと、賢明なモルジェオが理解できていないはずが無いのだが、



「私もそう思うのだが……父上には何かお考えがあるようだ。取り敢えず牢に入れておき、然る後に処分を検討すべきだと」

「栄耀教会との交渉材料に、こいつを使うかも知れないってことですか?」



 同じズンダルク家の人間となれば、ラモン教皇も簡単には見捨てられないだろう。



「かも知れんな。これ以上はもっと詳しい話を聞かないことには決められない。連れて来た『スペシャルゲスト』とやらにもまだ会っていないのでな」



 オズガルドが何を考えているのかは分からないが、このルーンベイルの領主が決定したことであれば、領民ですらない俺がそれ以上口を挿むことはできない。



「……良かったな。天国行きはお預けだとよ」



 掴み上げた司教の体を、ダスクがゴミ袋も同然にモルジェオの前に放り投げる。

 抵抗する体力も気力も失せた扇動者の両腕を掴んで、騎士二人がズルズルと引き摺って行った。



「しかし、勝つには勝ったが……酷い荒れ様だな。街中の建物が滅茶苦茶だし、死傷者も大勢居る。後始末は難儀しそうだぜ」

「そうだな。重傷者は城に運び込んで治癒魔法を掛けていくが、この復旧には多大な時と費用が掛かる。また民衆の不満を高めてしまうことになるだろう。結局は奴らの思い通りか……」



 関わってしまった以上はできる限り手伝うつもりだが、俺にも『黄昏の牙』としての仕事があり、そちらをこそ優先しなくてはならない。



「死人はどうにもなりませんが……負傷者や建物の損壊ならすぐに解決しますよ。だよね、ダスク?」

「ああ。今頃は彼女が元通りにしてくれているはずだ」



 ジェフとダスクの態度は、何の心配も要らないと言わんばかりだった。



「彼女……? そりゃ誰のことだ?」



 オズガルドの妻エレノアだろうかとも思ったが、口振りからして恐らく違う。

 ひょっとすると、モルジェオが言っていた「スペシャルゲスト」とやらだろうか。



「さっきも言っただろう。この街に来ている『聖女』だよ」

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