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#98 絶望を祓う月 その2 (モルジェオ&ベリオ視点)

「お、おい、こいつら、一体どうなったんだ……? いきなりぶっ倒れたかと思ったら、ガキみてーにギャーギャー喚き始めたぞ……?」

「さっぱり分からないが、とにかく首の皮一枚繋がったみたいだ。今の内に武装を取り上げて拘束しよう……!」



 我が方の兵には全く影響が無いらしく、自分たちを際どい所まで追い詰めていた反徒たちが、何の前触れも無くこのような有様になったことに、安堵と戸惑いを感じながらも対処していた。



「こんな魔法も使えるとは……流石はお爺様です……!」



 カルステッドが感激の言葉を口にするが、それを聞いたオズガルドは少し呆れた様子で、



「よく確かめよ、カルステッド。今の私から魔力の波動を僅かでも感じるか?」

「え……? そ、そう言えば……」



 魔法を使えば必ずその術者から魔力が発散されて感じ取れるのだが、目の前の父オズガルドからも母エレノアからも魔力の波動は一切伝わって来ない。



 つまり、この『無明の極致ダーケスト・イグノランス』とやらの術者は二人ではない。



「父上でも母上でもなければ、一体何者が……?」

「我々が連れて来た助っ人だ。後で紹介する」



 そう言われて真っ先に思い浮かぶのは宮廷魔術師だが、しかし目の前の両親以外でこれほどの魔法を使える者に心当たりが全く無い。



「しかし、反徒たちを無力化しても、扇動者である司教を倒さないことには根本的な解決にはなりません。奴は何度でも反乱を企てるでしょう」



無明の極致ダーケスト・イグノランス』を受けた反徒は城に攻め込んで来た者たちのみで、ルーンベイル中の反徒に及んだ訳ではなく、ヌンヴィス司教を始めとした栄耀教会の連中も健在だ。



 城の安全は確保されたが、都市全体では未だ暴力が行使されており、今度はそちらに対処する必要がある。



「安心なさい。既にそちらにも別の助っ人が向かっています。私たちは城のことに専念しましょう」




  ◆◆◆




「神に反逆せし愚か者に、死の制裁をッ!」



 不遜な雄叫びを上げて、聖騎士が襲い来る。

 燃える家屋の焔光に照らされて、磨かれた聖水剣がギラギラに輝いていた。



「しゃらくせえッ!」



 上段からの振り下ろしを鎚で防御するが、タイミングを合わせて後ろから更に二人の聖騎士が斬り掛かってきた。

 馬の如きバックキックで二人目の聖騎士を退場させ、三人目には素早く魔法を叩き込む。



「『火の飛球(ファイヤー・ボール)』! そしてお前もくたばりなッ!」

「ぐは……ッ」



 三人目が爆炎で吹き飛んだのを見届けてから、一人目の聖騎士の首を短剣で突き刺して仕留める。



「『逐電する蛍火(ライトニング・フライ)』」



 後ろから聖魔術師が電撃魔法を撃って来たが、それも予想済みだ。



「おっと」



 その場でくるりと一回転、首を刺した聖騎士を電撃の生贄に差し出す。



「ぐあばばばばばばばばばばばばばッ!?」



 聖騎士を盾にして防いだまでは良かったが、直後にポキンという音と、短剣の重みが失われる嫌な感覚が同時に伝わった。



「流石は聖騎士団と言うべきか。組織が腐敗していても、腕の方までは腐っちゃいねえな……」



 体力と魔力はいよいよ底を突きかけている。

 周りは聖騎士団に包囲されて退路は無く、今の聖騎士たちを含めて十五人以上は葬ったものの、敵の戦意は全く落ちていない。



「たった一人で我が精鋭をここまで相手取るとは、敵ながら天晴(あっぱれ)と褒めて進ぜよう。どれ、反逆者よ。口が利ける内に、せめて名くらいは聞いてやるぞ」



 魔法で浮かぶ輿の上から、余裕に満ちた態度でヌンヴィス司教が言う。



「……ランベリオット・マルズ・ファーツだ」



 こんな連中に誇りある我が名を教えるのは不本意だが、今は会話を長引かせて少しでも呼吸を整えたい。



「ファーツ……ああ、かつて皇帝陛下への反逆を企てて滅びた、罪深き愚かな一族か」

「ああそうさ。テメーらに濡れ衣を着せられて、ファーツ家は滅んだ。だからこそ、何があろうとテメーらに屈する訳にはいかねえ。必ずぶっ潰してやると誓ったんだ」



 同じような目に遭った被害者たちによって結成されたのが『黄昏の牙』であり、一族の再興や家族の復讐、帝国社会が牛耳られることへの危機感や正義を胸に秘めて、横暴なる栄耀教会を打倒せんと戦っている。



 あの城が陥落すれば恩義あるフェンデリン家も同じ末路を辿り、そうなれば帝都のフェンデリン邸に身を寄せている妹サリーも危うくなる。

 そんな最悪の未来を回避するには、今ここで俺がヌンヴィス司教を討ち取り、一刻も早くこの反乱を鎮めなくてはならない。



「威勢が良いな。しかし貴様が孤軍奮闘しようと、あの城は程無く落ちる。あの目障りなフェンデリン家は滅び、このルーンベイルは我ら栄耀教会によって解放される。さすれば『聖女』様がこの地の瘴気を浄化して下さり、厄災に苦しんできた民は晴れて救済を迎えるであろう。神の加護と正義がどちらにあるかなど(わらべ)でも理解できようというのに、度し難き愚かさよ」



 司教の言葉に、周りの連中もゲラゲラと下卑た笑い声を上げる。



「解放? 救済? 笑いたいのは俺の方だ。例え『邪神の息吹』が終わったとしても、売僧(まいす)が好き放題する世の中になっちまえば、民衆は金も命も搾り取られる奴隷に堕ちる。俺に言わせりゃテメーら栄耀教会も『邪神の息吹』と何ら変わらねえ、不幸と悲劇を撒き散らす悪災だ」



 正義だの信仰だの救済だのと美辞麗句を並べながら、結局は自分たちの保身と利益しか考えていない。



 この世に本当に神が居るのだとしたら、何故こんな強欲な連中に再び『聖女』を授けてしまったのかと、心底呪わずにはいられない。

 神の教えを振り(かざ)して弱者を食い物にする連中にこそ天誅を下し、地獄の責め苦を味わわせるべきだと言うのに。



 沸々と煮え滾る怒りを糧にして、身構えて戦意を示す。

 その時だった。



「……ッ!? これは……!?」



 ゾワッ、という魔力の気配が全身を襲った。

 どうやらヌンヴィス司教や聖騎士たちも勘付いたようで、全員の視線が向こうの城へ向く。



「何だ? 城の方が急に静かになったな……」



 轟いていた声や音が、何故かピタリと止んでいた。

 ただし何も聞こえて来ない訳ではなく、代わりに無数の呻き声や悲鳴が焦げ臭い風に乗って微かに感じ取れる。



「な、何なのだ、あれは……一体何が起きたと言うのだ……ッ!?」



 俺からは城側で何が起きたのか見えないが、望遠鏡を覗き込むヌンヴィス司教の動揺からして、城へ殺到していた反徒たちが何か想定外の事態に見舞われ、攻めの手が止まったことは確かなようだ。



「ど、どうしたと言うのです! 同胞よ、すぐに立ち上がるのです! 立ち上がらねば神の待つ楽園へは行けず、永遠の地獄に堕ちるのですよ! 直ちに正気を取り戻し、神に仇為す悪魔共を討ち取るのです……!」



 拡声魔導具を使ってお決まりの文句を発するも、もう城側からは反徒たちの勇ましい声も、城を攻め立てる猛々しい音も返って来ない。



「くっ……所詮は下民共か。肝心な所で役に立たんとは……」



 民を使い捨ての駒としか思っていない、ヌンヴィス司教の口から本音が吐き出された。

 領主モルジェオとフェンデリン一族の討伐にしても、反徒たちには殺させず捕縛させた上で、処刑は自分たちの手で行うことで、功績を独り占めするつもりだったのだろう。

 汚れ仕事や面倒な作業は下々の者に押し付け、美味しい所は自分たちで独占するのが栄耀教会のやり口だと、『黄昏の牙』の面々はよく知っている。



「司教猊下、如何致しましょうか?」

「下っ端共が使い物にならぬ以上、我らが直々に出向いてモルジェオの首を取る他あるまい。何が起きたかは知らぬが、城が陥落寸前であることには変わり無い。あと一押しで決着は付き、このルーンベイルは我らのものとなるのだ」



 俺にも事態が呑み込めないが、これが最初で最後のチャンスのようだ。



「……行かせると思うのか? テメーらを」



 ヌンヴィス司教の言う通り、城側が受けたダメージは大きく、立て直しにはまだ時間が掛かる。

 しかし、ここで足止めして時間を稼ぎ、城に居るモルジェオが態勢の立て直しに成功すれば、ヌンヴィス司教を制圧すべく反転攻勢を掛けるに違い無い。

 城が陥落するまでの軽い余興のつもりで、今までは手を抜いていた聖騎士団だったが、反徒に代わって城へ攻め掛からなくてはならなくなった以上、全力で俺を潰しに来る。



「……来いよ。最後まで相手してやる」



 間近に迫った死を実感しながらも、闘志は微塵も萎えない。

 命尽きるその時まで抗うと、家族も名誉も奪われたあの日に誓ったのだから。

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