2-1-2 虚偽表示 ~紙の上の嘘~
虚偽表示のポイント
【虚偽表示は当事者間では無効】
【虚偽表示では、善意の第三者は保護される】
= 過失があっても、登記がなくても、保護される
(虚偽表示)
民法94条 相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。
2 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。
※第三者に過失があっても、登記がなくても、第三者が保護されます。善意でさえあればいい。
94条2項の第三者とは、判例では「虚偽の意思表示の当事者またはその一般承継人以外の者であって、その表示の目的につき法律上利害関係を有するに至った者」(最裁昭42.6.29)で、虚偽表示の目的物(土地等)について、虚偽表示の後に、新たに、土地に関して権利を取得した者が「第三者」。
その書類にサインをしたとき、坂本隆一はそれが何を意味するのか、正確には理解していなかった。いや、理解しようとしなかったと言うべきかもしれない。
大手不動産会社の営業部に勤めて十年。坂本は数々の契約をまとめ、多くの顧客を相手にしてきた。会社に貢献してきたという自負もある。だが、最近のノルマは厳しく、上司の圧力は日増しに強くなっていた。
「この案件、どうしても今月中に決めてくれ」
部長の言葉は、命令だった。
問題の契約は、都心の再開発地区に建つ新築マンションの販売だった。売れ行きは好調で、ほとんどの部屋が埋まっていたが、どうしても最後の一部屋が売れ残っていた。販売価格は八千万円。買い手はいたが、銀行のローン審査が通らない。年収や職歴の問題で、金融機関は融資に難色を示していた。
「何とかして通せ」
部長はそう言い、坂本にある指示を出した。
「年収の欄を少し修正するんだ。顧客も了承している。問題ない」
少し修正——その言葉の意味は明白だった。顧客の年収を実際よりも多く記載し、審査を通すということだ。いわゆる「虚偽記載」。
坂本は迷った。しかし、現実問題として、会社の売上、チームの成績、自分の評価……すべてがこの契約にかかっている。
「こんなの、みんなやってることだ」
坂本は自分にそう言い聞かせ、書類にペンを走らせた。年収の欄に、一桁多い数字を書き込む。それは、ほんのわずかな改変だったが、結果として銀行の審査は通り、契約は無事成立した。坂本は安堵した。
しかし、すべてが順調に進むわけではなかった。
契約から半年後、坂本のもとに一本の電話が入った。
「ローンの支払いが滞っています」
銀行の担当者からの連絡だった。虚偽の年収を記載していたため、当然ながら顧客の支払い能力は見合っていなかった。マンションのローンは重荷となり、滞納が始まったのだ。
「何かの間違いでは……?」
坂本はそう言いながらも、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。銀行が調査を進めれば、すぐに虚偽記載が発覚する。
案の定、一週間後、会社に金融機関からの問い合わせが入った。問題の契約について、不審な点があるというのだ。
「坂本、お前、何かやったのか?」
部長の声が鋭く響いた。
「いや、私は……」
何もやっていないと言いかけたが、それが無意味な言葉だと悟った。事実は消せない。契約書は動かぬ証拠として残っている。
「何とかします……」
坂本はそう言うしかなかった。
だが、問題は予想以上に深刻だった。銀行は本格的な調査を開始し、坂本が書類の改ざんに関与していたことが明るみに出た。さらに、同様の手口が他にも複数件あることが発覚し、会社全体に波紋が広がった。
そして、決定的な知らせが届いたのは、それから数日後のことだった。
「坂本、お前、クビだ」
会社は責任を回避するため、坂本を切り捨てることに決めたのだ。
「そんな……」
虚偽記載は、確かに坂本が行った。しかし、それは自分だけの判断ではなかった。会社のため、上司の命令に従った結果だった。それなのに、すべての責任を負わされるのは自分一人。
納得できるはずもなかった。
それでも、現実は変えられない。坂本は職を失い、金融機関からの追及を受けることになった。最悪の場合、法的責任を問われる可能性すらあった。
「これが……現実か」
虚偽記載をしたとき、坂本はそれが単なる数字の操作にすぎないと思っていた。しかし、その「小さな嘘」が、人生を狂わせるほどの大きな波紋を広げた。
机の上に置かれた解雇通知を見つめながら、坂本は静かに息を吐いた。
ペン一本で書き換えた数字。それが、自分の人生も書き換えてしまうとは——あのときの自分は、想像すらしていなかった。
虚偽表示の問題
■問1
Aは債権者の差押えを免れるため、Bと通謀してA所有地をBに仮装譲渡する契約をした。 BがAから所有権移転登記を受けていた場合でも、Aは、Bに対して、AB間の契約の無効を主張することができる。 (2000年問4-1)
答え:正しい
虚偽表示とは「謀り(はかり)ごとをして、嘘を言うこと」です。そして、虚偽表示は「通謀虚偽表示(つうぼう虚偽表示)」とも言います。
虚偽表示の成立要件は次の2つです。
1 虚偽の意思表示があること
2 相手方と通謀していること
(相手方も巻き込んでいる)
肝は「通謀虚偽表示では、当事者間では無効となります。」 の概念です。AとBは当事者間の関係なので、所有権の移転があろうがなかろうが関係なく無効です。
■問2
Aは債権者の差押えを免れるため、Bと通謀してA所有地をBに仮装譲渡する契約をした。 DがAからこの土地の譲渡を受けた場合には、所有権移転登記を受けていないときでも、Dは、Bに対して、その所有権を主張することができる。 (2000年問4-3)
答え:正しい
この設問も肝は「通謀虚偽表示では、当事者間では無効となります。」 です。したがって、AB間の契約は無効です。(Bは無権利者) そして、AD間の売却は有効に行われているので、DはBに対して登記なくしてBに対抗できます。 ちなみ、Dは第三者にはなりません。
■問3
AB間の売買契約が、AとBとで意を通じた仮装のものであったとしても、Aの売買契約の動機が債権者からの差押えを逃れるというものであることをBが知っていた場合には、AB間の売買契約は有効に成立する。 (2007年問3-2)
答え:誤り
この設問もポイントは繰り返しとなりますが「虚偽表示による当事者間(AB間)の意思表示(仮装で譲渡)は、無効です。」 です。相手方Bが登記を備えたとしても無効です。 したがってBが知っていた場合、AB間の売買契約は無効です。
■問4
A所有の土地につき、AとBとの間で売買契約を締結した場合について、Aが、強制執行を逃れるために、A所有の甲土地を実際に売り渡す意思はないのにBと通謀して売買契約の締結をしたかのように装った場合、売買契約は無効である。 (2004年問2-2)
答え:正しい
「AはBと通謀して」と書いてあるので、虚偽表示の問題ということが分かります。 この単元はこの概念「虚偽表示は当事者間(AB間)の意思表示は、無効です。」 ですね。債権者が善意であろうが、悪意であろうが、過失があろうがなかろうが関係ありません。
■問5
Aは、自己所有の甲地をBに売却し引き渡したが、Bはまだ所有権移転登記を行っていない。AとFが、通謀して甲地をAからFに仮装譲渡し、所有権移転登記を得た場合、Bは登記がなくとも、Fに対して甲地の所有権を主張することができる。 (2003年問3-4)
答え:正しい
AはFに仮装譲渡をしています。 「通謀虚偽表示」による譲渡を「仮装譲渡」ともいうのですが、ウソの売買契約なので、AF間の売買契約は無効です。 したがって、Fは無権利者です。 したがって、Bは登記がなくてもFに所有権を主張できます。
■問6
Aは債権者の差押えを免れるため、Bと通謀してA所有地をBに仮装譲渡する契約をした。 Cが、AB間の契約の事情につき善意無過失で,Bからこの土地の譲渡を受けた場合は,所有権移転登記を受けていないときでも,Cは,Aに対して,その所有権を主張することができる。 (2000年問4-2)
答え:正しい
通謀虚偽表示の無効は、善意の第三者に対抗できません。 (善意の第三者が勝ちます。) 今回、Cは善意無過失なので、Cが勝ち、CはAに対して所有権を主張できます。
問7
Aは債権者の差押えを免れるため、Bと通謀してA所有地をBに仮装譲渡する契約をした。 Eが,AB間の契約の事情につき善意無過失で,Bからこの土地の譲渡を受け,所有権移転登記を受けていない場合で,Aがこの土地をFに譲渡したとき,Eは,Fに対して,その所有権を主張することができる。 (2000年問4-4)
答え:誤り
今回、問題文を図にすると下記の通りです。
A→B→E
↘
F
AはEとFの両方に譲渡した形になります。つまり、EとFは二重譲渡の関係です。設問の趣旨が「虚偽表示」から「 二重譲渡」に変わってるのですが、二重譲渡では先に登記をした方が勝ちます。(=所有権を主張できる) 本問はFについては登記の有無の記載は無いもののEは所有権移転登記を受けていません。 したがって、この二重譲渡の状況でEはFに所有権を主張できるとまではいえないので誤りです。
■問8
Aは、その所有する甲土地を譲渡する意思がないのに、Bと通謀して、Aを売主、Bを買主とする甲土地の仮装の売買契約を締結した。善意のCがBから甲土地を買い受けた場合、Cがいまだ登記を備えていなくても、AはAB間の売買契約の無効をCに主張することができない。 (2015年問2-1)
答え:正しい
虚偽表示では、善意の第三者は、当事者(AおよびB)に対抗できます。 今回Cは善意なので、Cは善意でありさえすれば、Aに所有権を主張できます。 本問は「善意のC」と書いてあるので、所有権の登記を備えていなくてもAに勝ちます。 「Cがいまだ登記を備えていなくても」は惑わし文言で「虚偽表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。」の概念の復習です。
■問9
Aは、その所有する甲土地を譲渡する意思がないのに、Bと通謀して、Aを売主、Bを買主とする甲土地の仮装の売買契約を締結した。善意のCが、Bとの間で、Bが甲土地上に建てた乙建物の賃貸借契約(貸主B、借主C)を締結した場合、AはAB間の売買契約の無効をCに主張することができない。 (2015年問2-2)
答え:誤り
新しい立場の登場人物が出現したのですが、土地が仮装譲渡された場合、「土地上の建物」の賃借人は、虚偽表示の第三者に該当しません。 したがって、Cは第三者に該当しないので、Cは保護されないです。 したがって、Cは所有権を主張できません。 言い換えればAはCに対しても無効を主張することができるわけです。 したがって、 「AはAB間の売買契約の無効をCに主張することができる」ので、本問は誤りです。
■問10
Aは、その所有する甲土地を譲渡する意思がないのに、Bと通謀して、Aを売主、Bを買主とする甲土地の仮装の売買契約を締結した。甲土地がBから悪意のCへ、Cから善意のDへと譲渡された場合、AはAB間の売買契約の無効をDに主張することができない。(2015年問2-4)
答え:正しい
問題文の状況を図にすると
A→B→C(悪意)→D(善意)
転得者DもC同様、第三者として考えます。 転得者Dが善意であれば、転得者Dは保護されます。 言い換えれば、善意のDは所有権を主張できるので、 AはAB間の売買契約の無効をDに主張することができないです。
■問11
民法第94条第2項は、相手方と通じてした虚偽の意思表示の無効は「善意の第三者に対抗することができない。」と定めている。Aが所有する甲土地につき、AとBが通謀の上で売買契約を仮装し、AからBに所有権移転登記がなされた場合に、B名義の甲土地を差し押さえたBの債権者Cは「第三者」に該当する。 (2012年問1-1)
答え:正しい
「差押え権者」は、虚偽表示における法律上の「第三者」です。 したがって、差押権者Cは「第三者」に該当する旨の記述は正しいです。
■問12
民法第94条第2項は、相手方と通じてした虚偽の意思表示の無効は「善意の第三者に対抗することができない。」と定めている。Aが所有する甲土地につき、AとBの間には債権債務関係がないにもかかわらず、両者が通謀の上でBのために抵当権を設定し、その旨の登記がなされた場合に、Bに対する貸付債権を担保するためにBから転抵当権の設定を受けた債権者Cは「第三者」に該当する。 (2012年問1-2)
答え:正しい
新しい用語「転抵当権者」について、判例では「仮装した抵当権設定登記」がされた後の「転抵当権者」は「虚偽表示の第三者」に該当します。
問題を時系列にすると
① 虚偽表示でBがA所有の甲土地の抵当権者となる
② CがBにお金を貸す
③ CがBの抵当権の転抵当権者となる。
(①の抵当権に抵当権を設定する=転抵当)
Bを抵当権者とする仮装した抵当権設定登記がされたのち、善意のCを権利者とする「転抵当権設定登記」がされた場合、 転抵当権者Cは虚偽表示における第三者として保護されます。
■問13
民法第94条第2項は、相手方と通じてした虚偽の意思表示の無効は「善意の第三者に対抗することができない。」と定めている。Aが所有する甲土地につき、AとBが通謀の上で売買契約を仮装し、AからBに所有権移転登記がなされた場合に、Bが甲土地の所有権を有しているものと信じてBに対して金銭を貸し付けたCは「第三者」に該当する。 (2012年問1-3)
答え:誤り
単なる債権者は、虚偽表示の第三者に該当しません。
問題を時系列にすると
① 虚偽表示でAがBに甲土地の所有権を移転
② Bにお金を貸したC
CはBにお金を貸しただけで、甲土地の抵当権を取得したり、差し押さえたりしていません。
Cが抵当権を設定したり、差押えをするまでCは単なる債権者(法律上の利害関係人とまでは言えない)ので、第三者に該当しません。
■問14
民法第94条第2項は、相手方と通じてした虚偽の意思表示の無効は「善意の第三者に対抗することができない。」と定めている。AとBが通謀の上で、Aを貸主、Bを借主とする金銭消費貸借契約を仮装した場合に、当該仮装債権をAから譲り受けたCは「第三者」に該当する。 (2012年問1-4)
答え:正しい
虚偽表示による契約から生じた仮装債権の譲受人は第三者に該当します。
① 虚偽表示でAはBにお金を貸したことにする。
(Aは債権者)
② Aがもつ貸金債権をCが譲り受ける
(Cは虚偽表示による契約から生じた
仮装債権の譲受人)
Cが有する貸金債権は虚偽表示の目的物ともいえます。
今回、Cは、虚偽表示による契約から生じた仮装債権なので、上記判例により「第三者」に該当します。
■問15
AがBから甲土地を購入したところ、甲土地の所有者を名のるCがAに対して連絡してきた。Cは債権者の追及を逃れるために売買契約の実態はないのに登記だけBに移し、Bがそれに乗じてAとの間で売買契約を締結した場合には、CB間の売買契約が存在しない以上、Aは所有権を主張することができない。 (2010年問4-4)
答え:誤り
問題文の状況を図にすると
C→B→A
通謀虚偽表示(ウソの契約)を行うと、当事者間(BC間)の契約は無効です。 したがって、CはBに対して甲土地を返すよう主張できます。 ただし、本問は、さらにBがCに甲地を売却しています。第三者Aが善意であれば(虚偽表示の事実をしらなければ)、第三者Aは所有権を主張できます。 したがって、 「Aは所有権を主張することができない。 」という記述は誤りです。
■問16
A所有の甲土地をAとBが通じてした仮装の売買契約をした。そして、Bに所有権移転登記を行った後、CはBとの間で売買契約を締結した。この場合、CがAB間の売買契約が仮装であることを知らず、知らないことに無過失であっても、Cが所有権移転登記を備えていなければ、Aは所有者であることをCに対して主張できる。 (2008年問2-2)
答え:誤り
「仮装」という言葉があるので、虚偽表示の問題ということが分かります。 そして、第三者Cは善意(仮装であることを知らず)・無過失です。 虚偽表示では、「本人Aは善意の第三者Cに対抗できません。」つまり、本人Aは善意のCに所有者であることを主張できません。
この単元はただ「通謀虚偽表示では、当事者間では無効となります。」 「虚偽表示では、善意の第三者は保護される」の2つ概念だけなので、登記、二重譲渡、賃貸者、債権者など第三者のようで、第三者でない人達が出て来て惑わせますが、逆に言うとそれらをちゃんと識別出来ればシンプルな単元かなと思います。