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キズあり令嬢の結婚 〜旦那様は前世で私を殺したそうです〜  作者: 針沢ハリー


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第四十二話 エピローグ



 クレアがエリオットと恋人関係になってから、二人は互いに忙しい仕事の合間を縫っていろいろな場所に出掛けた。


 一緒にカレドアル伯爵家の馬車で劇場に芝居を見に行き、エリオットが招かれた夜会にもクレアは彼に誘われて一緒に参加する。

 そんな二人は、どこへ行っても注目の的になった。

 初めは二人がかつて結婚していたことを知らなかった人たちも、やがて噂を聞いて二人の奇妙な関係に怪訝な目を向ける。


 ある夜会では、エリオットの今の上司の一人だという方から、二人の関係に非難の小言が飛んできたけれど、エリオットは平然とした顔で、クレアを恋人と呼んだ。


 エリオットはもともと人に何と思われようと気にするような人ではなかったし、クレアも、かつてあった傷跡のせいで、人から奇異なものを見る目で見られるのには慣れていた。

 それに、今はその視線を受け止めるのは自分だけではないので、いつもと変わらない様子のエリオットと何気ない会話を楽しんでいればいい。



 エリオットは毎日とはいかないけれど、早く仕事が終わる日には彼女の家にやってきて一緒に食事をする。

 彼はもともと口数が多い方ではない。クレアも自分から立て続けに話をしたりはしないから、彼と過ごしている時にはしばしば沈黙の時間が訪れる。

 でも、クレアが彼の顔を見ると、彼は優しい笑顔でこちらを見てくれていて、気恥ずかしいけれど、それが何だかとても嬉しい。


 彼は、結婚をしていた時もそうだったけれど、あまり表情を変えずに、クレアの顔を赤らめさせるようなことをする。

 二人でソファに並んで腰掛けている時にクレアを引き寄せたり、口づけたりするのだ。


「あの、エリオット様」

「エリオットでいいと何度も言っているのだが」

「あ、ごめんなさい、エリオット。いえ、呼び方を変えるのは良いのですけれど、こういった行為は、以前は婚約中でもしていなかったのではなくて?」


 二人は恋人同士になってから、夫婦であった頃は当然だった男女の営みとは無縁の日々を送っている。

 この国の慣習では、婚姻を結んで初めて互いの体に触れることが許される。

 二人は一度は夫婦になった間柄だったから少し事情は違うけれど、だからといってクレアは慣習を破る気は無かった。

 しかし、エリオットはまた平然と「これ以上のこともしたのに?」などと言ってくる。


「あの時は夫婦でしたから」

「私はいつでも夫婦に戻っても良いと思っている」

「私は、まだ……」

「私を愛しているか分からない?」


 クレアはエリオットに自分の本音を隠さなかった。

 エリオットはクレアにとっては特別な人だった。彼との出会いによってクレアは人の温かさを知ることが出来た。

 でも、例えばエリオットの前世であるシェラードが女王だと思い込みながらもローザを愛したような気持ちを、彼に持っているのかと自問自答すると、やはりよく分からなくなってしまう。


「では、待とう。あなたが納得するまで。いつまででも」


 エリオットはそう言ってくれる。クレアはそれがとても嬉しかった。

 しかし、名門伯爵家の嫡男であるエリオットの結婚は、そう引き延ばせるものではないはずだ。

 クレアは「ですが、早く跡継ぎをと言われるでしょう?」と、彼の心を試すようなことを言ってしまうけれど、彼は「養子のあてはある。私は気にしていない」と歯牙にもかけない。


「私と別れたいのか」

 そう彼に眉を寄せながら聞かれると、それは嫌だとクレアは思う。


 エリオットが夜会で他の女性に笑いかけるのが嫌だった。

 絶対に他の女性のものにはなって欲しくない。

 だから、愛していると断言もできないのに、エリオットが許してくれるのをいいことに「いいえ。それは違うの」と、別れたいわけではないと答えてしまう。


 そんな自分の勝手さが、クレアはだんだん嫌になってきていた。



 ◆



 エリオットの妹であるラティスが結婚をしたのは、クレアがそんな日々を送っている最中(さなか)のことだった。


 出会った時はまだ十四歳の少女だったラティスは、十七歳になった頃に婚約し、半年の婚約期間を経て侯爵家に嫁いだ。彼女の嫁ぎ先は、先代が宰相を務めたほどの名家だ。

 クレアは、自分とエリオットの離婚がラティスの縁談に悪い影響を与えなかったようでとても安心した。


 ところが、クレアはカレドアル伯爵家の縁戚のランネル男爵家の当主だからという理由で、エリオットにラティスの結婚式に出席させられそうになって、それを拒否した。

 それはラティスにとって迷惑にしかならないと思ったのだ。


 しかし、エリオットにその意思を伝えたすぐ後に、ラティスからも「結婚式への出席を願う」という手紙が届いてしまった。

 そうまで言ってもらって断るのは失礼だけれど、今の自分の立場では行くべきではないと思ったクレアは、ラティスに手紙で言葉を尽くして詫びて、何とか結婚式への出席は回避した。



 しかし、それによほど怒っていたらしいラティスがクレアを直接訪ねて来た。

 彼女の結婚式が終わってからひと月も経たない、清々しく晴れ渡った日のことだった。


 クレアはお茶の用意をさせながら、彼女へ結婚の祝いと、式に参加出来なかったことを改めて詫びた。

 彼女のためを思ってそうしたのだったけれど、ラティスは頬を膨らませて横を向いてしまっている。


 ラティスのそんな表情は、クレアがカレドアル伯爵家の本邸で一緒に暮らしていた時に、彼女が気難しい家庭教師への文句を言っている時に見たきりだった。

 すっかり立派な侯爵夫人になったのだと思っていたけれど、出会った頃の彼女を思い出してクレアはついつい微笑んでしまった。

 そして、それをラティスに見咎められる。


「そもそも、クレアお姉様が早くお兄様と再婚なさっていれば、何の問題もなく式に出席していただけたのに」


 クレアは困ってしまって曖昧に笑うことしか出来なかった。そんなクレアにラティスが言った。


「クレアお姉様は以前、お兄様を愛していないとおっしゃっていましたわよね。ですから、私はお兄様との別居も、離婚も、仕方のない事だと納得いたしました。でも、今の状況には納得できません。中途半端に恋人同士でいるなんて」


 中途半端なことをしているのは事実なので、クレアはラティスの言葉を認めた。しかし、ラティスはその後に、クレアを混乱させることを言った。


「お兄様とクレアお姉様は恋人同士でいらっしゃるのよね?」

「ええ。そうね」

「お姉様は以前、人を愛したことどころか、恋もしたことが無いとおっしゃっていたわ」

「……ええ……」

「恋をされたと認めたから、恋人になられたのですよね? では、お兄様がクレアお姉様の初恋の相手だということになりますわね」


 クレアはそれを聞いて絶句した。

 愛しているかどうかということは気にしていたけれど、そんなことは考えたこともなかった。


 恋というものが何なのか、クレアにはさっぱり分からない。昔、ほんの少し恋愛小説で読んだことがあるかもしれないけれど、覚えていない。

 情けないと思いながら、クレアはラティスに聞いた。

「あの、恋とはどういうもののことを言うのかしら」


 彼女は呆れ返った顔でクレアを見た。


「お兄様とご一緒に居られるときは楽しいと思っていらっしゃる?」

「ええ……」

「お兄様が他の女性とお話ししていると、嫌な気持がなさったことはあります?」

「……あるわ」

「お兄様を見ていると胸が苦しくなることはおありですか? 嫌な気持ではなくて、胸がぎゅっとなるような」

「……それがあったら、どういうことになるのかしら……」


 ラティスは大きなため息をつく。

 彼女の言うだろうことが分かり始めていたクレアは、耳をふさごうかと思うほど恥ずかしかったけれど、あまりに情けないのでそれは耐えた。


「クレアお姉様は、お兄様に、かつての夫に恋をしておられます」


 クレアは確かにそうかもしれないと思った。

 でも、結婚をするしないは別の問題だと思う。クレアはエリオットを愛しているか確信が持てないでいる。


「でも、恋と愛は違うものだと本には書いてあったわ。だから……」

「それはどちらでもよいのではありませんか? お姉様は以前私に、貴族の結婚とは後から二人で関係を作って行くものだとおっしゃっていたように思うのですけれど。私も今夫とはそういう段階にあると思っております。

 お兄様は再びの結婚を強く望んでおられるとか。いったいクレアお姉様は何をそんなに考え込んでいらっしゃるのですか?」


 クレアは、以前結婚していた時とは違うエリオットとの関係が成立しなければ、彼とは一緒にいてはいけないような気がしていた。

 クレアは前世の自分がしたことを、まだ引きずっていることに気づいた。そして、過去に囚われて、いまだにエリオット自身を見ていなかったのかもしれないと思った。

 では、今の自分は、今のエリオットをどう思っているのだろうかと考えて、彼女はある結論に達した。


 そして、クレアは両手で顔を覆ってしまった。

 顔に熱が集まって、恥ずかしくて、とてもラティスの顔を見ることが出来なかった。


 部屋の隅に控えていた、ラティスとも顔見知りのメイドのナーラが、この家でクレアとエリオットがどのように過ごしているかとか、結婚していた時とは比べものにならないほど夫婦らしく見えるだとか、実に楽しそうに話しているのが聞こえてきて、クレアはついに耳をふさいだ。


「クレアお姉様。そろそろ観念なさいませ」


 クレアは顔を隠す手をおろして、とてもにこやかに彼女を見つめるラティスとナーラを、火照(ほて)った顔のまま見返したのだった。



 ◆



 エリオットは、クレアにろくに触れることも出来ない日々を耐えていた。

 もう彼女の意思を無視するような真似はしないと心に決めていたからだ。なかなかの忍耐力だと彼は自分でも思っていた。



 そんなエリオットとクレアだったが、ある日、再婚をしてもいいとクレアが言い出した。

 いったいどんな心境の変化があったのか、エリオットは彼女に当然確認したのだが、彼女は顔を赤らめてうつむいてしまい、教えてはくれなかった。

 しかし、それでも全く構わなかった。おいおい聞き出せばいいだけのことだ。


 そして、エリオットは彼女の気が変わらないうちにと、同じ相手との再婚であるという理由から、婚約式などの全ての手順をすっ飛ばして、とっとと結婚をしてしまうことにした。



 実のところ両親はエリオットとクレアとの再婚には難色を示した。再び同じ結果になるのではないかと案じているようだった。

 クレアが体調を崩し、別居にまで至ったことは使用人たちから報告が上がっているのはずだから当然の心配だろう。だからこそ、両親は彼らの離婚にも反対をしなかったのだから。


 社交シーズンの真っ只中であるため、議会に席を持つ父親は現在王都に滞在している。直接話せるうちに両親の説得をすべく、エリオットは、また仕事の最中に邪魔をしに来た王弟に助力を求めることにした。


 エリオットの父親はかつて副宰相を務めていたほどの人物で、その職を辞した後も、王国議会議員として強い影響力を持っている。

 その日は王宮の議場でいくつかの議題についての話し合いが持たれていた。

 それが終わると、議員たちは、それぞれの格式に見合った控え室に戻る。

 

 エリオットの父親がいるのは最も格式の高い部屋だった。そこには控え室に立ち寄らずに帰ってしまった者を除いても、ある程度の数の高位貴族の当主たちがいた。

 そこに王弟が顔を出すのは不自然なことではない。そして、そこにいる者たちと気軽に言葉を交わすのも、この王弟ならば、いつも通りの行動と言えた。

 

 王弟は付き合いの長いエリオットの父親を捕まえると、彼を部屋の隅の方に誘った。

 それだけでも部屋の中の視線が集まっていたと、王弟は後にエリオットに語った。


 王弟は詳細は伏せたまま、エリオットの父であるカレドアル伯爵に、「ご子息と元奥方との間には大きな行き違いがあって、あのような結果になっただけで、今はその問題は解消されている」とやや声量を落とした声で言った。

 声を落としたとはいえ、何を話しているのか気になって耳をそばだてていた者には聞こえていただろう。


 わざわざ王弟にまで足を運ばせてしまったとあっては、内心はともかく、エリオットの父は王弟の顔に泥を塗らないためにも、エリオットとクレアの再婚を認めるしかない。

 そして、他の貴族たちも、エリオットと彼の元妻の噂は聞いていただろうから、そこで耳にした話を頼まなくても広めてくれるはずである。

 夜会でいちいち探るように聞かれるのは面倒であるため、エリオットは王弟にわざわざそこに足を運んでもらったのだった。



 そうして、やや強引に、エリオットは再びクレアの夫になれることになった。


 その時クレアは二十三歳、エリオットは二十八歳になっていた。初めて出会ってから実に四年の月日が流れている。

 それは濃密で、互いの人生が激変するような日々だったとエリオットは思った。


 彼は本当の意味で人を愛するということを知らなかった。

 その感情はあくまでも前世で騎士シェラードを通して得た経験に基づいたもので、エリオットのものではなかったのだと、彼はクレアと結婚してから少しずつ気づいていったように思う。

 特に、彼女がいなくなった孤独感を懸命に誤魔化そうと足掻いていた、彼女と別居していた間に。そして、傷ついた彼女が初めて彼に激情を露わにしてくれた時に、彼のその想いは確かなものになった。


 彼は(はや)る気持ちを抑えきれず、再び自分の花嫁となるクレアに似合うドレスを仕立てさせるために、仕立て屋を呼ぶように執事に命じたのだった。



 ◆



 クレアはエリオットから贈られた、年齢に相応しい落ち着きはあるものの、とても凝った刺繍の施された、美しいドレスに身を包んでいた。


 再婚をするにあたって、また式をする必要があると知ったクレアは、以前着たドレスをまた着ればいいと思っていた。

 式はするけれど、宴のようなものはせず、ごくわずかな招待客をもてなす為の昼餐会だけが行われることになっていたから、それで構わないだろうと思っていた。

 しかし、エリオットがいつの間にか花嫁衣装に相応しい豪華なドレスを作らせてしまっていたのだ。



 式を挙げる場所は以前と同じだった。

 カレドアル伯爵家の王都屋敷にある祈り堂には久しぶりに足を踏み入れたけれど、相変わらず美しい建物だった。


 祈り堂の中にはカレドアル伯爵夫妻と、王弟夫妻、そして何処からか駆けつけてくれたルギア、そして義妹のラティスとその夫だけが入った。

 初めてこの場所に来た時にはいた自分の両親がそこに居ないことに、クレアはほんの少しの寂しさを感じたけれど、それと同時にほっとしてもいた。



 クレアはエリオットに手を引かれるまま、一番奥に位置する祭壇の前に立った。以前と変わらない、色とりどりのガラスがはめられた天窓から降り注ぐ光に照らされる。

 エリオットが決まった口上を発すると、それでこの場ですべきことは終わったはずだった。

 

 しかし、エリオットはその場でクレアの方を向いて、少し腰をかがめた。そして、クレアの耳元で囁いた。


「愛している。これからもずっとあなただけを」


 クレアは鼓動が早くなるのを感じながら、その言葉を噛み締めた。


 あんなに感情を押さえ込むことが得意だったはずなのに、祭壇から降りて外に出るために歩きながら、クレアの目から涙が溢れ出す。


 後ろから皆がついて出てくる。


 クレアは自分のとめどなく溢れる涙を皆に見られたくなくて、エリオットの手を引いて、もう片方の手でドレスを捌きながら、急いで建物の陰に駆け込んだ。


 何も言わずに手を引かれるままついて来てくれたエリオットが、クレアの頬に触れて顔を上げさせる。


「クレア。私を見てくれ」

 

 クレアは、傷跡がもたらした寂しい子ども時代から、ずっと欲しかったものを手に入れていた。

 そして、それを与えてくれたエリオットは、クレアが納得するまでその気持ちを持ち続けてくれた。

 だから、クレアは彼に言わなくてはいけなかった。彼と共に生きていくために。どんな困難が待ち受けていたとしても、それを二人で乗り越えていけるように。


「私も愛していました。たぶん、もっとずっと前から」


 エリオットは微笑んだかと思うとクレアに口づけて、力強い腕で抱きしめてくれる。

 そこはとても安心できて、温かい。

 二人はしばらくそうして抱きしめ合っていた。




 二人から離れた場所で、それぞれ違う感情で二人を見ているであろう四人が話をしていた。


 ラティスは呆れ顔で「こうなるのならば、ずっと一緒に()られたら良かったのに」と言い、「離れてみなければ分からないこともあったのでしょう」とシュリアーが朗らかに微笑む。


 笑顔の王弟と、いつも通りの面白くなさそうな顔のルギアは、やや殺伐とした雰囲気で向かい合っていた。


「クレアには随分と熱心にしてやっていると思っていたが、わざわざ来たのだな」

「魔術への興味ですよ。本当に消えたか確かめないと」

「やはり特別に熱心だな」

「ええ。たまにはね。でもあれを見て、契約魔法の力の強さに驚きましたよ。あんなに強く人間同士を結びつけてしまうものだなんて、恐ろしい術です」

「それだけではなかろう。二人で築き上げた関係だ」

「そういうものは、私には理解できませんので」



 少しだけ待った四人は、いつまでも二人の世界から出てこようとしないクレアとエリオットは放っておくことにした。

 二人を待っていたら、せっかくの料理が冷めてしまいそうだったからだ。

 四人はカレドアル伯爵夫妻とラティスの夫と共に、昼餐が用意されているはずの食堂に向けて歩き出したのだった。



 ◆



 クレアは日課である、子どもたちへの本の読み聞かせを終えると、灯りを消そうとした。

 ところが、二人にまだ話を聞き足りないとベッドに引き戻される。両側からもっともっととねだられて、彼女はどんな話をしようかと考えた。


 クレアは、二人の子どもを授かった。六歳と五歳になる、元気すぎる男の子たちだ。


 この日はお客様が来ていたので疲れただろうと思って早めに子どもたちをベッドに入らせたのに、二人はまだ眠くないらしい。

 客というのは、義妹であるラティスと彼女の三人の子どもたちだった。彼女は男の子一人と女の子二人を授かっていて、現在は四人目を懐妊中だ。


 子どもたちに聞かせるお話を思いつかなかったクレアは、一緒に遊んでいた三人のいとこたちとはどんな話をしたのか二人に聞いてみた。

 二人は口々に話し出し、そしてやはり疲れていたのか、やがて眠ってしまった。



 二人が寝静まって、クレアがそっと子ども部屋を出ると、エリオットが扉の前で彼女を待っていた。


「お仕事は終わられたのですか?」

「急いで終わらせたのだが、もうあの子たちが眠りそうだったから、入れなかった」

「少し遅かったですわね」


 クレアは差し出されたエリオットの手を握った。彼に引き寄せられながらクレアは歩き出す。


「三日後に休みを取った。出掛けないか?」

「あら、私の予定が入っていない日をお調べになったの?」

「全て把握している。何処に行きたい?」


 相変わらずクレアの行動の監視を怠らないエリオットに少し笑ってしまいながら、彼女は彼を見上げた。

 柔らかく微笑む彼がクレアを見下ろしていた。


「では、いつもの本屋と、楽器店に参りませんか。それから、今日ラティスに良いお店を聞きました。今からで席が取れるか分かりませんけれど」

「明日ベニルに伝えておいてくれ。なんとかしよう」


 二人は自分たちの寝室に辿り着いた。

 

 中に入ると、クレアは彼に手を引かれて彼の腕の中に閉じ込められる。

 彼女はそうされるのが好きだった。いつも彼の腕はクレアに安心感を与えてくれる。


 クレアが彼を抱きしめ返すと、彼も嬉しそうに微笑んでくれる。

 たったそれだけのことなのに、クレアは幸せで仕方なくなる。

 愛されているのだと感じられる。


「クレア。どうしてそんな風に微笑む?」

「嬉しいので」

「私はいつも仕事ばかりなのに、怒っていないのか?」

「それは前からです」


 以前の結婚生活のことを思い出して、二人は微笑み合った。



 ただ、こうして当然のように、誰からも後ろ指を差されずに彼と一緒にいられるのが嬉しいと思うのは、もしかしたら彼女の前世であるローザの感情の影響があるのかもしれないとクレアは思う。

 ローザは自分の真実の姿をシェラードに見せられなかった。


「夢が叶いました」


 クレアがそう言うのに、エリオットが不思議そうに首を傾げた。


「私自身が、あなたを愛せているので」

「それは私も同じだ」


 エリオットはクレアに軽く口づけて、「愛している」と言ってくれる。


 クレアは、その時初めて頭に浮かんだことをそのまま言葉にした。


「あなたと出会えてよかった」


 エリオットは少し驚いた顔をして、そして彼女をきつく抱きしめた。


 



 エリオット・カレドアルはその後、王国の歴史に名を残した。

 彼は国王の崩御と若き新国王の即位を、新国王の叔父であるリュードガーと共に強力に後押しし、混乱しかけた王国の平穏を保つために尽力した。

 

 その十年余り後、彼は国王から宰相に指名され、カレドアル家の爵位は侯爵へと陞爵(しょうしゃく)された。

 彼が残した功績は多々あるが、その中には新たな歴史書の編纂も数えられる。


 愛妻家であった彼は、一人の才気あふれる女性と添い遂げたとも伝えられている。



                終



最後までお読みいただき、ありがとうございました!


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