33.告白
「……そんな事言われても、わたしにはなんの事だか分かりません」
ややあって、森本美樹は力強く首を振った。
しかしその表情は蒼白であり、誰がどう見ても『なんの事だか分からない』人間の態度では無い。俺は畳み掛けるように続けた。
「よく、推理小説なんかでもあるでしょう? 犯人は目深にフードを被っていたせいで、顔が見えなかったって展開。今回の俺は、まさにそれだった」
「……」
「でもね。よくよく考えてみれば、その状況が成立し得るのは犯人が自分の身長と同じか、下でないとダメなんですよ。30センチも見上げるような身長差じゃ、被ったフードの下から余裕で顔が覗けてしまう」
「……」
どうやら、少しやり過ぎてしまったらしい。彼女はふいと顔だけを背け、そして完全に無視の姿勢へと入ってしまう。
このままでは俺が悪者になりかねないと踏んだのだろう。俺と彼女、お互いにとっての助け舟として探偵が脇から反論した。
「しかし、あの場は暗かったでしょう。実際には顔が露出していたけれど、単純に光の加減で見えなかったということは?」
「いや、流石にそこまでは暗くなかったと思うけど……まぁ、その可能性だって確かに無いわけじゃない」
「なら……」
「それでも。彼女を疑うきっかけとしては充分だ」
探偵の異論を待たずに俺は重ねる。彼は一瞬不満げな態度を見せたが、結局それを胸に押しとどめるように腕を組み、静観する姿勢へと戻った。
「――で。もし、彼女が拳銃窃盗の犯人だったと仮定したら。パーティ前日の彼女の行動が、俺には俄然怪しく見えてくるんだよ」
「前日の行動って、なに?」
アクリル板越しに、桜木がやたら大きな声で反復する。机の上に頬杖をついた姿勢の彼は随分と退屈そうであったが、しかし決して今の推理に興味が無いという訳ではないらしかった。
「あぁ、知らない人も何人か居るか……彼女は誕生日パーティの前日、サプライズを仕掛けるためと言って天海の部屋を単独で訪れているんですよ。夫人に頼んで、天海本人を外に連れ出してもらった上で、ね」
「待つザマス。確かに彼女はパーティの前日夜に部屋を訪れているザマスが、前にも言った通り、手には小箱とドライバー以外何も持っていなかったし、その小箱だって部屋から出てくる際にはもう持っていなかったザマス。森本さんが何も部屋から持ち出していないのは明らかザマス」
横から口を挟んできたのは天海夫人である。しかしまぁ、横槍であるとはいえ確かに彼女の主張は正しい。更に言うならば当時の森本は真夏ということもあってかポケットひとつ無いワンピースに身を包んでおり、確かに何かを隠して持ち出すというのは難しいだろう。
――しかしそれは、あくまで何かを『持ち出す』場合に限ったならばの話だ。
「でも、部屋の中へ何かを持ち込むことは、その状況でも可能でしたよね?」
「……どういう意味ザマス」
「小箱の中に翌日の窃盗を手助けする為の道具が入っていたと、そう言っているのですよ……勿論、口実となるサプライズ用のプレゼントも入っていたでしょうがね」
「馬鹿らしい。話を聞く限り、聡太さんの拳銃は一丁二丁なんてものじゃなく、それなりの数があったはずザマス。小箱サイズのもので手助けなんて、何が出来るザマス」
仲の良い人間を犯人扱いされたことにより、夫人は怒りを露わにして反論する。まとめられて居た髪は、彼女が首を激しく振ったことによりすっかり乱れてしまっていた。
「そうですね。確かに台車のような、拳銃の運搬を円滑化するものはどれも小箱に入るサイズではない。けれど、窃盗そのものを手助けするアイテムならどうでしょう? 手のひらサイズでも心当たりがありませんか?」
その問いと共に、夫人の顔には一筋の影が差した。視線を落として沈黙する彼女の代わりに、背後で友の声が聞こえる。
「――盗聴器か」
「そ。ドライバーを持ち込んでいたって言ってたから、隠し場所にもある程度の見当は付いてた……お陰で見付けましたよ、コンセントの裏のコイツを」
言いつつ、俺はポッケに突っ込んでいた手をゆっくりと掲げる。そこには白色のハンカチに包まれ、黒い小さな物体が顔を覗かせていた。
「事件後もたびたび館を訪れていたのは、これを回収する目的でもあったんでしょう。小箱の中も流石に手袋まで入る余裕は無かったでしょうから、もし指紋を調べられれば即座に貴方のモノと分かってしまう」
掲げたそれを腰まで下ろして、それから森本の前へと差し出す。対する彼女は震え、今にも倒れてしまいそうな様子であった。
「パーティの日、拳銃を盗み出し。そして昨日俺の頭を殴った犯人は森本美樹。アンタだろ?」
「……ごめんなさい」
それは、まるで鈴蘭のように。
森本はただ、静かに頭を垂れた。悪人であると知って尚、彼女を本物の鈴蘭にも錯覚してしまいそうなほどにそれは美しく、そして儚い姿であった。
けれど、それでもまだ、推理の幕は下りない。
俺は盗聴器を数度振ってまたポケットに突っ込み、それから彼女の肩へ触れる。森本は怯えるように体を大きく震わせ、今にも泣き出しそうな顔でこちらを見上げた。
「あの、ごめんなさい、殴ってしまって」
「あぁ、別に怒ってる訳じゃなくて……すみません。まだもうひとつ、貴方には答えて頂かなければならないことが残っています」
それだけ言って、俺は彼女の肩に手を残したまま桜木へ振り返る。
「なぁ、桜木。どうせまだ、足りねぇんだろ。さしずめ80点ってところか?」
「そのくらいだね。確かにこれで僕の嘘は暴かれ、彼女の誤解は解かれた。でもまだだ。僕と君のどちらが犯人であるか、それを決定的にする証拠は示されてない」
「言うと思ったよ……だからそれを、今から明らかにする」
ポン、と森本の肩を叩きつつ強調すると、彼女は逃げるように俺から一歩離れた。少し馴れ馴れしかったかもしれない、と俺は内心で反省しつつ続けた。
「盗聴器を仕掛けたってことは、だ。当然ながら彼女はパーティ当日、盗聴した音声を聞いてたってことになる。多分、ロングヘアと服の下から体に沿わせてイヤホンを通してたんだろう。それなら歩こうが座ろうが、パッチワークしてようが誰にもバレねぇだろうからな」
「……島村。お前、まさか」
「言ったよな? 俺とお前、二人だけが容疑者である現状では――俺が犯人じゃないって証明も、お前が犯人であるという証拠になるって」
笑う俺に反して、桜木は驚愕したと言わんばかりに目を見開く。彼だけではない。警部と探偵もまた、思い当たる節があると言いたげな表情を見せていた。
各々の感情と裏腹に静まり返った部屋の中、それでも桜木は言う。
「……いや、でも待て。天海が殺されたのは強盗事件と同じ十二時だ。君の推理通りなら彼女が拳銃を盗んだのは強盗犯より前なのだから、自動的に正午より前ということになる。なら――」
「その頃には拳銃を盗み終えて盗聴の必要性が薄れている以上、事件当時は盗聴していなかった可能性がある、ってか?」
先回りした俺の確認に、彼は頷く。しかしそんな彼に、百も承知と俺は同様に頷いてみせた。
「そうだよ、これは賭けだ。盗聴していたかもしれないし、してなかったかもしれない。でもよ、もう俺にはお前に突き付けられる証拠がこれしか思い付かないんだよ。これに頼るしか、ねぇんだ」
文字通り、正真正銘、最後の切り札である。
もしも本当に、桜木が指摘するように彼女が事件当時の部屋の様子を聞いていなかったならば、今度こそもう俺には何の手立ても残されてはいないのだ。
――しかし、俺は口で賭けと言いつつも、同時に確信していた。
彼女はきっと、真実を知っていると。
「森本さん。もしあの時、聞いてたなら教えてください」
――思えば、ほぼ初対面である事情聴取から彼女はやけに俺を警戒していた様子であった。今思えばそれは、俺の正体を彼女が知っていたが故の行動では無いだろうか。
――事情聴取の内容だってそうだ。彼女は事件発生の少し後、館を出入りした人間は居ないと、当時共にパッチワークに興じていた夫人とは違った証言をした。あれは、ただ忘れていたのではなく。
それどころでは無かったから、気付かなかったのだとしたら。
「……天海を殺した犯人は、桜木圭人ですか?」
そうだ。
探偵が桜木を捕まえたあの時、冤罪を知っていたのは。
――俺だけではなかったのだ。
「いいえ」
震える声で、彼女は答える。
「天海さんを殺したのは、島村幸次郎さん。貴方です」





