34.独白
天海さんの拳銃密輸について知ったのは先月のことでした。貿易業という仕事柄、同業のそういう話は結構よく耳に入ってくるんです。
盗んだ動機はお金です。天海さんが取引した海外グループは、高額なものの良質な銃を扱っていることで有名なところでした。ですから、それなりのルートへ売り捌けばかなりのお金になると思ったんです。
それにここだけの話、わたしの会社は最近天海さんの会社が大きくなっていく陰で、少しづつ規模が縮小していました。だから、その……仕返し、っていう側面もあったのは事実です。幼稚な話ですけれど。
一週間前に誕生日のパーティへ招待されて、チャンスだと思いました。急いで盗聴器を用意して、それから練習を始めたんです。盗聴器をコンセント裏に手早く仕掛ける練習や、歩いたり座ってもイヤホンが見えないように工夫する練習を。
そうしてパーティの前日、わたしは彼の部屋に盗聴器を仕掛けました。練習よりも遥かに簡単に取り付けられて、拍子抜けしたくらいです。本物のサプライズプレゼントであるネックレスを本棚の奥に隠して、それで車に戻ってから盗聴器の様子を確かめました。駐車場から館まではそれなりに離れていましたが、それでも音質は充分なものでした。
パーティ当日は、ずっと盗聴器に耳を傾けていました。想像以上に天海さんが部屋から出ようとしなかったので、正直焦りもしましたが……結局、10時半頃に煙草を吸いに外へ出たタイミングでわたしは部屋へと入りました。煙草を吸いに行く様子は部屋の外からでも明らかだったので、結果からいえば盗聴器はさほど意味を成しませんでしたね。
拳銃の位置は前日にチェック済みでしたから、袋に入れて持ち出すだけです。拳銃のケースは仕切りになっており、何故か一つ抜けているようでしたが、その時はさほど気にしませんでした。趣味で入手したのですから、一丁だけどこかに持ち出してもおかしくはありませんし。
それで、本当はその際に盗聴器まで回収したかったのですが、出ていった天海さんが果たしてどのくらいで帰ってくるかも分からなかったので、それよりも時間を優先しました。また後日、何かしら理由をつけて回収すれば良いと考えたので。持ち出した拳銃は11丁でしたが、それでも袋にまとめて持ち運ぶと中々の重さでした。
拳銃はとりあえず直ぐに駐車場の車の中へと持っていきました。部屋の中に置いておくのは怖かったので。罪悪感もありましたが、それ以上にやり終えた達成感が強かったですね。
でも、やっぱりバレてしまったらどうしようという思いもありました。だから盗んだ後も、わたしはずっとイヤホンを外さないようにしていたんです。笑ってしまいそうなくらい臆病な話ですけれど、目の前に天海さんがいる時でさえわたしは盗聴器の音ばかり集中していました。
それから、食事会が終わって。紗栄子さんにパッチワークを誘っていただきましたが、その時ですらもわたしは片側のイヤホンを残して盗聴器に耳を傾けていました。
程なくして。天海さんは、部屋で誰かと話しているようでした。天海さんは落ち着いたような……というよりも何だか冷たいような口調でしたが、相手の方はどんどんヒートアップしていって。それで、最後に一言大きく怒鳴ったんです。
『――いい加減にしやがれ、天海!!』
その声は、紛れもなく島村さんのものでした。
けれど、その後すぐに静かになって。今度は島村さんの慌てふためいた声が聞こえました。殺してしまった、という声も。それから乱暴に扉が閉まる音がして……確か、鍵の音もしたと思います。
背筋が凍りつきました。詳しいことはわかりませんでしたが、殺してしまったという言葉が聞き間違いでないのなら、必ず警察がここを訪れます。そうなれば盗聴器が見つかるかもしれません。わたしが銃を盗み出したことだって、知られてしまうかもしれない。天海さんの遺体が見つかって、メイドさんが通報して、警察や探偵さんが捜査をしている間、わたしはずっとその事だけを考えていました。
けれど、幸運なことに盗聴器は警察に見つかることなく。というより、警察がそこまで捜査を進める前に探偵さんが謎を解いてしまいました。ただ……何故か、島村さんではなく櫻木さんを連れて。
流石に驚きました、というより困惑しました。けれどみんなそれに納得した様子でしたし、何よりわたしは島村さんが犯人であることは知っていても、密室のトリックもその証拠も知らないのです。だから、わたしはその様子をただ見守ることしか出来ませんでした。そうやって想定外は沢山起きましたけれど、結果だけ見ればわたしは首尾よく自分の犯行を終えたはずでした。
でも、その翌日。わたしの前に、探偵さんと島村さんはまた現れました。探偵さんが居るのは、まだ百歩譲って理解出来ましたが……島村さんがいる事実に、わたしは恐ろしくて仕方ありませんでした。島村さんが犯人であることを、わたしが知っていると悟られたら。その時どうなってしまうのか、わたしは気が気でありませんでした。
そして探偵さんに拳銃の扱いについて尋ねられた時、わたしはいよいよ頭がおかしくなりそうでした。聴取が終わってから田辺さんに聞いても、田辺さんは拳銃の話など何もされなかったと言います。それを聞いてわたしは確信したんです。彼らは、紛れもなくわたしの敵であると。
ほとんど、衝動的な犯行でした。
二人が襲われれば、きっともう館に彼らは近付かなくなると。浅はかにも程がある考えでした。でも、わたしは取り憑かれたようにそうとしか考えられなくなって、そうして人通りの少ない路地へ入ったタイミングで島村さんを襲いました。けれども探偵さんは何やら、人混みの多い場所で電話していて。だから、代わりに島村さんに警告とだけ示して、そうして逃げました。
――すべて、島村さんの推理通りです。本当にごめんなさい。
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長々と独白を終えた森本美樹は、それから静かに頭を下げた。その表情は反省の色で満たされていたが、と同時に肩の重みが取れてスッキリしているようにも見えた。
彼女の謝罪に続いて俺は、彼女よりも低く頭を垂れる。膝を付き、その次に掌を地に置いた。
「そういうわけで……紗栄子さん。天海を殺したのは、俺です。黙っててすみませんでした」
額を擦り付けた冷たい床が、針地獄にも、焼けた鉄板にも感じる。ゲロでも吐いてしまいそうな程に苦しい罪悪感が胸を襲ったが、今この場で泣き言が許されるのは俺ではない。歯を食いしばって、俺はただただ耐えていた。
「――帰るザマス」
「えっ」
驚いて聞き返したのは俺ではなく鷹崎である。夫人は呆気に取られる俺達を背に、留置所の出口へと早足で向かう。夫人を除いた俺達の間で妙な空気が一瞬流れ、それから代表して探偵が口を開いた。
「……紗栄子さん、いいのですか」
「いいわけないザマス」
即答であった。
振り返ることすらせず、重厚な扉に細腕を掛けたまま彼女は答える。声は、少しだけ震えている気がした。
「友人だと思っていた人間に裏切られ、夫を殺され、挙句その犯人は殺した後も私と平然と会話をしていた。それが簡単に許せるわけないザマス」
静かな口振りであったが、同時にその言葉はどこまでも重い。双肩が首を引き、俺は彼女へ向けていた目線をまたタイルへと落とした。
「私は今、怒っているザマス」
「……お気持ちは、お察ししま」
「あなたに察せるわけないでしょう」
ピシャリ、探偵に彼女は鋭く言い放つ。もはや例の語尾は残っていない。その言葉には、それまでに無い"凄み"があった。
「この憤りが、後悔が、あなた方に分かるわけないでしょう。今すぐにでも叫んで喚いて、詰ってやりたい思いを、必死に抑えているこの感情だって」
「……」
「けれど、そんな感情で彼らと言葉を交わしたところで、意味があるとは思えない……だから、私はもう帰るザマス」
最後に、彼女はまた語尾を取り戻す。今度こそ鷹崎は彼女に従って扉を開け、神原はその後について外へ出ていってしまった。
「……凄い、お方ですねぇ」
探偵の間抜けな感想が、残された俺達の間を通り抜ける。けれどその形容は、何よりも彼女を的確に表している気もした。
彼女は、どこまでも聡明であったのだ。自分の感情よりも天海家の人間としての矜持を、天海聡太の妻としての姿を彼女は選んだのである。
――ああ。全くお似合いだと思っていたら、天海にはもったいないくらいの嫁だったらしい。
忘れかけていた夏の蒸し暑さが、俺のシャツに模様を彩る。それでも森本も俺も、一分の動きすら出来ないでいた。
「……島村」
「はい」
沈黙の中、警部の野太い声が鈍色の部屋に響く。それは冷酷で、けれどもどこか憐れむような声であった。
「――お前を、傷害致死の容疑で逮捕する」





