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20.変わらぬ逆境と、変わらぬ探偵達

 ――終わった。


 静寂のみが有る部屋の中。サスペンスのラストシーンの如く、がくりと俺は項垂れた。


 否、如くでは無い。事実として、間違いなく俺が真犯人であるのだから。


「……」

 警部は絶句している。手を伸ばせば俺の体に届く距離であったが、しかし何も言わず立ち尽くしたままであった。


 終わった。

 改めて再確認し、俺はただ大人しく目を伏せる。秘密を吐露してしまったことで一周回って精神が落ち着き払い、果たして懲役はどのくらいかなんて呑気なことまで考えていた。


 静かに、沈黙だけが流れる。

 三者が三様に、俺の告白の意味を噛み締めていた。



「……少し」

 だがその永久に続くかとも思われた沈黙を破ったのは、警部でも俺でもない。



「少し、お聞きしても?」

 他ならぬ、探偵の声であった。


「……あぁ。なんでもいいが」

 当惑気味に俺も答える。こちらにもう隠すものなどない以上、聞かれたものにはなんだって答えてやるつもりであった。


 しかし直後、俺は探偵によって気付かされる。


「――天海館の、密室はどのようにして作ったのです?」


 あの事件が、偶然の連続によって起きたものであることに。


「それは……」

 思わず言葉に詰まる。だが、今俺には真実を告げる道しか残されていなかった。


「アレだ、ドアを強く閉めたら勝手に鍵が掛かって」

「……」

 苦い顔でボソボソと述べられた俺の説明に、空気が一変する。明らかに二人は俺の言葉を信じていない様子であった。


「ならば、一時間も館の時計がズレていたのは?」

「……たまたま?」

「外に捨てられていた、櫻木の指紋付きのハンガーは」

「あれは単純に櫻木が壊して……」

「……」

「……無理がありますかね」

 俺の自信なさげな質問に、二人は顔を合わせて首を振る。その光景は、あまりにも絶望的なものであった。


 事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものだ。どこまで、どこまで運命とやらは俺に嫌がらせをすれば気が済むのか。


「で、でも本当なんだ。信じてくれ」

「では、仮に貴方が天海殺しの犯人だったとして。春日商事の方は誰が襲ったとお考えで?」

「んなもん分かんねぇよ。そのためにこの二日捜査してたんだし……アリバイが無いって意味なら田辺だけど」

「だけど?」

 俺の歯切れの悪さに、探偵は妙な関心を見せる。だがそこまでその語尾に深い意味を持たせたつもりは無かったため、俺は思わず思ったままの言葉を口にしてしまった。


「動機も手段も謎だし……他にも櫻木だって怪しいと思う」

「櫻木? 何故?」

「なんでって言われても。ただの勘だよ」

 先程櫻木を疑った時に感じた、まさしく直感としか言えないあの奇妙な感覚を思い出す。

 そうして絞り出すように言った言葉に、探偵は軽く頷いて目を伏せる。何か言ったような気もしたが、それは聞き取ることができなかった。


 同時に、苛立った様子の警部が覗く。


「島村。お前、堕ちる所まで堕ちたな」

「……え?」

「捕まりたくないからって別の犯罪に名乗りを上げて、挙句の果てに友人を身代わりにするつもりか? ふざけるのも大概にしとけよ」

 緩やかな怒気。

 凄まじい剣幕でこそ無いが、警部の威圧感は見る者を震え上がらせる程であった。


 ガシリ、と俺は右手首を掴まれる。手錠では無く警部の巨大な手であった。それに持ち上げられ、引っ張られた先には今度こそ手錠が待ち構えているのが見える。


「ま、待て……」

「いいや。今度こそ逮捕だ」

「――警部、待ってください」

 警部の怒りが動であるならば、それはまさに静であった。

 明鏡止水、そんな言葉が似合いそうな程。全くもって静かに、爆発せんとする警部の怒りを一瞬で困惑へと変えた。


「……三日だ」

「え?」

「島村へは警部、貴方は三日の猶予を与えたはずです。まだ一日以上残っている」

「しかし、しかしだな探偵……」

 予想外の角度からの援護射撃に、警部どころか俺までも困惑する。しかし彼の表情は真剣そのものであった。


「男に二言はないでしょう」

「……」

「決まりです。島村さん、貴方はあと一日、貴方の言う真犯人とやらを探しなさい」

 その言葉は、真に俺の言葉を信じている風では無い。彼が一体何の目的でそんなことを言っているのかも、俺にはさっぱり理解出来なかった。


 ただ、今この瞬間だけは。

 探偵の姿は慈悲深い聖母の姿にすら見えて。




 そして次の瞬間、元を辿ればこの窮地は探偵によるものだと気付いたことで、その幻影は打ち消えた。


 **


「で、またここですか」

「ここだな」

 喫茶プレリュード。俺達は、三回目にしてようやくその屋内席に座って居た。


「おや、今は神原さんもいらっしゃるようですね。葬式が終わってそのまま来たのでしょうか」

「さぁな。てか、随分よく働くんだな……金に困ってんのか?」

 おっさん独特の謎の勘繰りである。当の神原流華は、俺達の方を先程から何度も怯えるようにチラチラと見ていた。


「ま、そんなことより……これは礼だ。何でも食っていいぞ」

「はぁ」

 そもそもこいつの持ち込んだ災難であるのだからマッチポンプもいい所であるのだが、それはそうと俺が彼に救われたのは事実である。この調子でご機嫌を取れば、更に三日くらい期限を延長するよう警部に計らってくれるかもしれない、なんて下心もあった。


 メニューをざっと一瞥した探偵は神原を凝視しつつ、手を挙げる。一瞬彼女はゴキブリでも見たような表情を見せたが、それもバイトにあるまじきプロ根性で一瞬の元に笑顔へと戻した。


「……おかえりくださいませぇ、ご主人様ぁ」

「そういう店じゃねぇし、セリフ違うし」

「ご注文をお伺いいたしまぁす」

 無視である。

 失敬な。どうやら俺達がまた暴れるのではないか、と警戒しているらしかった。


「例のパフェとメロンと、あとケーキとコーヒー……貴方は?」

「コーヒー」

 奢るとは言ったものの、財布のダメージはできるだけ軽微に抑えたい。病院代を始めとして、ここのところ想定外の出費が多すぎるのである。


「……なぁ、奢るついでにひとつ聞きたいんだが」

「なんです」

「なんでお前、そもそも俺を助けたんだ?」

 折れるストローでお冷を飲む探偵に、俺は尋ねる。あの状況で探偵が俺の主張を信じたとは思えない。ならば何故、警部に楯突いてまで俺を助けようとしたのだろうか。


「あぁ、それなら単純なことです」

 ズズ、と探偵のお冷は音を立てる。どうやらこの一瞬の間で、彼は飲み干してしまったらしかった。


 探偵はそのままストローを操り、コップの中の氷をクルクル回す。


「ただ、()()()()だったから。それだけです」

「……面白そう?」

「貴方のあの、土壇場での主張……私の推理した犯人が、それぞれ入れ替わっているという主張。その信憑性はともかくとして、私には非常に面白く見えた。だから支持した。それだけの事ですよ」

 飄々(ひょうひょう)と、彼は言う。知的好奇心の塊のような行動理念であったが、この場においてはそれが良い目に転んだということだ。


 そうして何故か少しドヤ顔を見せる探偵に、俺は声を戦慄(わなな)かせながら、口を開く。


「探偵。お、お前ってやつは……」

「なに、礼には及びませんよ。私はただ私の興味に従ったのみ――」

「――あの状況で面白がってたのかよ!!」

「いたたたたたたた。ギブ、ギブです島村さん」

「お客さぁん、暴れないでくださぁい!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] よく考えたら、確かにあの事件の言い分を事実そのまま言ったところで信じてもらえるわけないですよね……。 自白しちゃった櫻木、今はどうしてるんだろう……。
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