14.現場の職場にお邪魔します!
"KEEP OUT"と並ぶ文字が刻まれたテープを超えて進むと、中はいつも通りの景色であった。
てっきり血溜まりとご対面する羽目になるかと思っていたが、どうやらそれは無いようで。代わりにテレビでよく見る白い人型のテープと、その脇に置かれた数字の書かれている小さな板があるのみであった。
「俺って、クビなのかね?」
その光景を見てようやく俺は職場が襲われたことを理解し、そしてくだらない感想が口から漏れ出た。
「さぁ。ま、捕まればどうせ出勤は出来ませんけれど」
「捕まる予定がねぇから心配してんだよ……」
言いながら俺は中へと進む。ほとんどのものは既に警察によって持ち出されたらしく、視界には白い柱が数本映るのみであった。
しかし、来てみたら来てみたで何をすれば良いかも分からないものである。ここへ向かう途中に探偵に訊いたところ事件当時は昼休憩で皆コンビニや弁当屋へと出払っており、丁度残っていたのが殺された五人のみという話であった。つまり本件の目撃者は彼ら以外に居ないことになる。
……かと言って、イタコの真似事をする訳にも行かない。俺は僅かな可能性を胸に、探偵にもう一度訊いた。
「銃声を聞いた奴とか居ないのかよ。もっと言うなら、その直後にビルから出てきた怪しい人間の姿とか見た奴は」
「残念なことに、当日も人通りこそ多かったのですが誰も。天海はコレクション目的で銃を密輸していたそうですから、サイレンサーも合わせて持っていたのでしょうね」
「……じゃあ、高級車をこの辺で見たって奴は」
「あぁ、それなら沢山目撃証言がありますよ」
ようやく希望のある回答が帰ってくる。しかし俺が食いつくと、探偵はその続きを極めて皮肉げに語った。
「どれだ、そいつらはどの車を見たんだ」
「ありとあらゆる車ですよ。ベンツもポルシェもボルボもハチロクもデミオも、全部。もちろん、スーパーカブだってありました」
「……あぁ、そうか。渋谷だもんな」
「渋谷ですから」
ぐしゃぐしゃと頭を掻きながら俺は、投げやりに相槌を打つ。何よりも強盗事件に近い場所のはずなのに、手に入る情報は皆無と言って良いほどであった。
せめて防犯カメラの一つでもつけといてくれたなら。恨むぞ、この野郎。
社長のいた辺りを睨めつけるも、彼はそこにはもう居ない。いつものように机の上で眠ってなんか居ない。千の風になっているかまでは知らないが、とにかく彼は既に死んでいるのである。
ふと、俺はその睨んだ先の壁に一つの穴を認めた。それを指しつつ、俺はそばの探偵に問う。
「……あそこの壁の穴は弾の跡か?」
「ええ、八発のうちの一発です。犯人は社内を歩き回って被害者の至近距離で発射しています。なんだか、最初から全員殺害するつもりだったようにも見えますねぇ」
「あぁ、まるで金はフェイクのためのオマケみたいだな」
推理小説なんかではよくある展開だ。殺害後に金を盗んで物盗りの犯行に見せかけることで、動機の線から捜査されるのを防ぐというもの。シンプルだが、それだけでも充分に撹乱にはなりうる。
「……会社に怨恨を持っていた人物となると、ますます貴方が怪しくなりますねぇ」
「それもそうか。じゃあ忘れてくれ」
「貴方、無茶苦茶ですよ……」
流石に探偵も呆れたようだ。俺の視界の隅で、彼はヤレヤレと頭を振る。そんな探偵を放って、俺は腕組みしながら思考を巡らせた。
しかし、怨恨以外で殺害が必要条件となり得ることが他にあるだろうか。
……目撃者?
たとえば、外見に分かりやすい特徴を持っていたケース、なんていうのはどうだ。館の人間で言うならば、田辺の外見なんかは充分それに該当するだろう。
――もっとも、あくまでこれは予測である。
単純に犯人が捕まる可能性を減らすためには殺人もやむを得ないと考える完璧主義者だったとか、手に入れた拳銃で一人でも多く殺したいと考える殺人衝動に駆られていたとかなら、こんな推理はタダの時間の無駄である。
うろうろと俺は現場を歩き回るも、他にめぼしい物が特に見つかる気配もない。仮にあったとしても、おそらく警察が押収した後なのだろう。やがて歩き疲れた俺は、壁際で座り込みながら探偵に言った。
「改めて見ると、広いなこの会社。キャビネットとか持ってかれて視界が開けたのもあるんだろうが」
「銃弾がめり込んだものはもちろん、その他の物も捜査にあたってほぼすべて警察の手に渡りましたからね。もともと面積も百坪ほどありますし、何も無ければかなりだだっ広く感じるでしょう」
「そうそう。衝立とかあって、他所の部署とか顔ほとんど合わせなかったからな。百坪つっても、俺の行動範囲はこの辺しか無かったわけだし。そりゃあ広くも感じるか」
このへんこのへん、と俺は腕をぐるぐる回してアピールするが探偵はさして興味を示す様子もない。代わりに分厚いコートからこれまた分厚い紙束を取り出すと、それを暇そうに眺め始めた。
「なんだそれ、捜査資料か?」
「社員名簿ですよ。殺された五人が先頭で、あとは部署別です」
「ふぅん」
探偵の向かいから覗き込み、逆さ文字を読むもすぐに俺はギブアップの姿勢を見せる。顔写真も何も無い、ただ氏名が書かれた書類を見せられた所でその十パーセントも思い出せる気がしなかった。元より他人の名前を覚えるのは苦手である。
「警察の捜査資料なんかは、流石に見せて貰えねぇよな」
「厳しいでしょうね。普段の私ですら、必要な際に警部からこっそり見せて頂くくらいですから……おっと、これは秘密ですよ」
探偵は気障ったらしくシーッと人差し指を口に当てる。まぁ俺には警察の知り合いなぞ居ないし、それを分かった上で彼も俺に秘密を伝えたのだろうが。
参ったな、と俺は再度変わり果てた職場を見回しつつ、ため息を吐く。
「――ほんと、何もねぇな」
「――何もありませんねぇ」
俺達二人の声は、その何も無い部屋によく響いた。