15.ムー〇ィー・ブルース
「――島村さん」
探偵は唐突に言った。
「せっかくですから、現場再現をしましょう」
「あぁ?」
何も無い部屋を眺めるのも飽き、煙草を取り出して外へ一服しに出ようとしていた俺は彼の言葉に振り向く。探偵は紙束をコートの中に戻すと、両手を広げて言った。
「私が犯人、貴方が被害者。当日の彼らの動きをなぞってみるのですよ」
「ほぉ、ちょっと面白そうだな」
「そうでしょう。社員の貴方ならばある程度物の配置も覚えているでしょうし、私は現場のどこに発砲されたかを覚えている。幸いなことに死体の位置は今も白テープで示されていますから、中々良い再現が出来ると思いますよ」
俺が笑み混じりに乗ると、探偵は饒舌になって語った。そうして、探偵は俺を追い抜く形で入口へと駆ける。
そうして彼はそこで振り返り、右手をピストルの形にしながら俺へ向けた。
「では始めますよ。まず、犯人は入口から現れました。拳銃を持ってね」
「えぇと……そこから一番近い死体はこれか」
言いつつ、俺は一つのテープの前に立つ。探偵は入口からこちらにまっすぐ進むと、数メートル手前でストップした。
「第一の被害者は入口すぐに居た、企画部の四十二歳の女性です……おら、手を挙げろー」
「ひぃぃぃ、命だけはお助けを! 私には愛する夫と娘がいるんです!」
探偵が棒読みのセリフを述べたのに反応して、俺はめいっぱい迫真の演技を見せる。土下座なのに両手だけは掲げるというなんとも珍妙な姿勢の俺に、探偵はやや感心といった様子で俺を見下ろす。
「貴方、妙に演技上手いですね。まるで実物を見たようだ。もっとも彼女は独身だったらしいですが……バーン」
「ありがとよ……ぐふっ、この恨み末代まで祟ってくれる……」
指先一本までに力を入れて俺はテープの上でのたうち、そして最期に力尽きる。探偵はその演技には目もくれず、次の死体の位置へと歩き出した。
「犯人を取り抑えようとしたのでしょう。第二の被害者はすぐ近くに倒れていた総務部の三十五歳男性です……くそ、変なマネしやがって」
探偵がまたも棒読みと共に虚空に向け銃を構える。俺は慌てて起き上がり、そこに回り込んだ。
「被害者の接近に焦ったのか、犯人は一発を外します。その一発は男性の背後のキャビネットに刺さっていました。バーン」
「ふんっ」
俺は銃声と共に後ろへ仰け反り、マトリックスよろしく架空の弾道を躱す。しかしその隙に、探偵の指は俺の土手っ腹にあてがわれた。
「しかし男性は間近で発砲され、流石に怯んだのでしょう。その隙に即座に犯人は二発目を男性の腹に命中させます。バーン」
「ごふぅ……この俺が死んでも、第二第三の俺がお前を……」
「どうしてさっきから被害者の貴方が悪役チックなのですか。まぁいいですが」
俺が白テープの形通りのポーズでくたばったのを確認し、探偵はずかずかと奥へ踏み切っていく。それからいきなり右へ曲がると、今度はやや下向きにピストルを構えた。
「二人が殺され、隠れていたのでしょう。三人目の被害者は机の陰で発見された、これまた総務部の二十三歳の女性でした。おら、右手を上げろ」
「きゃあ、助けて!」
探偵に追い付いて高い声でセリフを言いながら、何故か右手だけを指示されたので仕方なく俺はそれに従う。探偵はそんな俺に発砲することなく、続けざまに命令した。
「右手下げて」
「はい」
「左手上げて」
「はい」
「左手下げないで右手上げない」
「はっ……はい」
「右手下げないで左手上げないで右手上げる」
「はいはいっ……やべミスった」
「バーン」
「ぐはぁっ」
唐突に始まった旗揚げゲームの終わりは、探偵の無慈悲な発砲で告げられる。彼のおふざけも相まってだんだんテンションの上がってきた俺は、大袈裟に吹き飛んでその死を演出した。
「四人目。営業部の五十三歳の男性は、隙をついて逃げようとしたのでしょう。背中へ一発」
「ワシは、無事に帰ったら娘の結婚式を見るんじゃあ――」
「バキューン」
「ぐおぉ……すまん、紅葉。幸せにな……」
「お子さん、キラキラネームなんですね……」
悪ノリは加速していく。不謹慎もいい所である。
探偵の銃声を合図に俺が膝から崩れ落ちてゆくのを確認し、探偵は一番奥へと向き直る。そして、扉を開けて社長室へと押し入ると拳銃を両手でしっかりと構えた。
「天道社長は呆然としていたのでしょうか。最後に殺害されたにも関わらず、彼は社長室の椅子の上で死んでいます」
「いくらだ。いくら欲しい? ……金ならやる、助けてくれ」
遅れて社長室へ入り探偵の前に立つと、俺は中腰の姿勢になって探偵に震え声で命乞いを見せる。探偵は冷たい声で言った。
「……テメェ、よくもマーケティング部の二十七歳男性である俺をこき使ってくれたな。給料だって未払いだったくせに何が金だ、死ね――という感じで二発、犯人は社長に撃ち込んでいます」
「おいそれ俺のことじゃねぇか」
「バーンバーン」
「ぐはっぐおっ……遺言だ。俺が死んだら全財産をマーケティング部の二十七歳ヒラ社員男性に遺産として渡してくれ……がくっ」
開き直って俺もそれに乗っかり、力尽きる。それから探偵は当時脇にあったであろう金庫を弄るフリをすると、コートを翻えして入口へと歩いた。
「さて、ここまで発砲された数は七発。多分逃げる際に戻ってきた人間と鉢合わせになったことを考え、犯人は一発残しておいたのでしょうね」
探偵の語りを、死んだ姿勢のまま俺は聞く。つかつかと入口まで歩いた探偵は、そして最後にまた拳銃を構えるポーズでこちらを向いた。
「しかし、お互いにとって幸いなことに犯人が出口へ辿り着くまで誰も戻ってくることは無かった。そうして、まさに勝利のガッツポーズと言わんばかりに犯人は手近な壁へ向け一発」
バン、探偵は呟き、そして去っていく。
場には倒れた俺だけが残るのみである。
ふと、いきなり眩しく感じた俺が顔を上げると、ちょうど雲の切れ間からは燦々と輝く太陽が顔を出していた。その空を映し出す窓には、同時に大の字に倒れた俺の姿もまた反射して映っている。
――何やってんだろうな、俺。
そこでようやく、俺は我に返って少し恥ずかしくなった。





