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インフィニット・メモリーズ  作者: 葛西獨逸
第1章 第6節 12月編
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12月編 第4話 急変

「風子さん、大丈夫か!?」


 俺の問いかけに風子は応じず、ただ荒く息を吐き出しているだけだ。


「遼子さんを呼んできます!」


 玲衣は慌ててナースステーションに走って行った。


「大丈夫だからな、絶対に助かるから……だから頑張ってくれ!」


 しかし、風子は目を閉じ、俺の声かけにも応じることはなかった。


「風子さん!」


 遼子がストレッチャーを引いてやって来る。付き添いのナース数名で風子を乗せ、廊下を走って行った。


「頼む、無事でいてくれ……」


 俺たちも遼子についていくも、手術室の手前で医師に止められてしまった。


「お二人はここでお待ちください」


 今俺ができることはここまでだ。あとはただ、無事に手術が終わるのを待つのみだ。


 手術中の赤いランプが点灯し、慌ただしく看護師たちが手術室の中に入っていく。


 俺たちは手術室の近くにある椅子に座り込んだ。


「風子さん……せっかく仲良くなれたのに、こんなのってないよ──」


 顔を押さえて泣いている玲衣を俺は背中をさすってあげた。


「俺も嫌だよ。同じ仲間がいなくなるなんて……だから今は風子が元気になって戻って来るのを信じて待つんだ。たとえ最悪の結果になってしまったとしても、俺たちが泣いていたら風子さんも悲しいと思う」


「どうして洋一くんはそんなに強いの?」


 急な質問に戸惑うも、今は玲衣の気を落ち着かせるのが最優先だ。


「強くなんかない、俺は弱い人間だよ。玲衣に出会う前なんて何度挫折したことか……」


「うん、知ってる。だけど今のこの状況でどうして落ち着いていられるの?」


 俺だって本当は今すぐにでも叫びたい。だが、俺までそんな状態になってしまってはさらに混乱を招くだけだ。


「泣きたい時ほど我慢する。それが俺の特性……みたいなものなのかな。父さんを亡くした時から強くなろうって決意したような気がするんだ。だから大変な時ほど落ち着こうって……強い自分であろう、そう考えているんだ」


「本当は泣きたいの?」


 玲衣の質問に黙ってこくりと頷く。


 玲衣は目を擦り、涙を拭き取ると、何かを決意したような目で俺を見た。


「私、泣かないよ。笑顔で風子さんを迎えるよ」


 ニコリと笑う。この眩しい笑顔こそが、玲衣らしさというものだ。


 今まで俺は玲衣の笑顔に救われてきた。辛い時も彼女の笑顔を見たらどんなことだってやれるような気がしたのだ。


「ああ、俺も泣かない。笑顔で風子を迎えよう」


「うん」


 玲衣の眩しい笑顔がさらに輝きを増した。


 そして待つことおよそ2時間。ついに手術中のランプが消灯した。


 看護師たちに押されて出てきたストレッチャーには、目を閉じて静かに眠る風子がいた。


「先生!」


 俺たちは真っ先に風子のもとに駆け寄るも、医師や看護師に静止されてしまった。


「風子さんは……」


 医師に詰め寄る。下を向きながら説明を始めた。


「油断はできません。ここまで症状が進んでしまった以上、病室への復帰は望みが薄いです。ICUへと移します」


 そう言い残し、ストレッチャーに乗せられた風子は老子をガラガラと音を立ててICUへと向かって行った。  


 最悪の状況は回避できたらしい。しかし、今の風子にとってまだ山が超えていられていないらしく、いつ山登りを断念して引き返してしまうのではないかという状態らしい。


 遼子が手術室から出てきた。俺たちの顔を見てかぶりを振る。


「洋一さん、玲衣さん、残念ながらもう……」


 遼子の暗い表情に俺たちはその全てを察した。


「それでもまだ望みはあるんですよね?」


「はい、ですが──」


 遼子が言ったことに俺たちは泣きそうになったが、耐えた。今泣いてしまっては諦めていることと同じだ。


「お二人には辛いかと思いますが、これも神様が与えた試練なのかもしれません」


「……ならっ」


 神様はその人にできない試練は与えない。ならば、今回だって必ず乗り越えられるはずだ。


「今の風子さんには会えるんですか?」


 玲衣の質問に無言でかぶりを振る。


「まだ麻酔から目を覚ましていないんです……いえ、もう目を覚まさないかもしれないんです。運よく目を覚ましたとしても、私たちのことを認識できるのかどうかも……」


 《メモリーイーター》の脅威が今になって牙をむいたのだ。病気が進行してしまえば、記憶のほとんどを失い、やがて自身の体さえも病気によって蝕まれてしまう。


「風子さんの吐血はその最終段階なんです」


 一つ疑問に思った。俺は何度か倒れているが、その時に吐血をしている。ならば俺も最終段階に進んでいるのではないだろうか。


「俺の時の吐血とはまた何か違うんですか?」


 遼子は頷くと、タブレット端末を取り出し、とある画面を俺たちに見せた。


 そこには風間風子という名前と、血液検査結果報告書と書かれている。


「最終段階に進んでしまうと、吐き出された血液にとある成分が検出されるんです」


 遼子が指差したせいぶんのなまえは、何度も血液検査をしている俺たちにも聞いたことのない成分の名前だった。


 《イートミン》という成分だ。


「この《イートミン》が検出されるのは《メモリーイーター》の最終段階に進んだ人だけです。そのため最近まで名前すらなかった新種の成分です。そして、一説には患者さんの記憶そのものなのではと言われています」


 この成分が患者の記憶そのもの。それはつまり、もう風子に吐き出された記憶は戻らないと言っているようなものなのだ。


「奇跡でも起こらない限り、お二人のことを覚えている可能性はゼロに近いです」


 それは、風子の中から俺たちの記憶が抹消され、仮に目を覚ましたとしても、赤の他人として接されてしまうということだ。


 今はその奇跡を起こすしかないのだ。

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